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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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2014/6/21 第6回フリーワンライ企画参加作品
【お題 】あなたが笑っていられるために
ジャンル:KAITO&小学生の女の子マスター

アイデアはなん遊さん(TwitterID:@nan_yuuP)のこちらの呟きからいただきました。
https://twitter.com/nan_yuuP/status/480329382477561856

一度タイムアップした後、加筆してラストまで書いています。



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*****************************

「今日ね、ボーカロイドがうちに届くの」
 いつもの帰り道、いつものメンバー。ちょっとだけ自慢げに口に乗せた話題に、たちまちみんなは食いついた。
「うわー、いいなぁ」
「ゆうちゃん、一年生のときからずっとボカロ欲しいって言ってたもんね」
「誰が来るの? やっぱりミクちゃん?」
 ん、と頷くとみんなは再び歓声を上げた。
「マジで!?」
「えっ、じゃあ今度ゆうちゃんちに遊びに行ったらミクちゃんがいるの?」
「わーそれすごい! ミクちゃんに会えたら何歌ってもらおう」
 みんなはてんでに好きな曲名を上げはじめる。けれどわたしだけは黙っていた。歌ってもらいたい曲はもうたくさん考えてある。うちに帰ったらそれが全部本当になるんだ。わたしは走り出したい気持ちをこらえながらみんなのおしゃべりに頷き返す。正直、うわの空だ。
 いつもの角でみんなと別れ、そこから先は走って帰った。ランドセルの中で筆箱が暴れている。うるさい。玄関の脇には、封を開けた跡のある大きな空箱が出されていた。心臓が跳ね上がる。もう届いたんだ。ただいまもそこそこに家へ上がる。
「おかーさん、ミクちゃん届いたー?」
 おかしい。気配はするのに返事がない。
「……おかーさん?」
 少しだけ間があって、茶の間からおかーさんが顔を出した。
「あら、ゆう。早かったのね」
 やっぱりおかしい。おかーさんがわたしと目を合わせようとしない時は、何かを隠そうとしている時だ。少しだけ警戒しながら、わたしはおかーさんの顔を見上げる。
「ミクちゃん、届いた?」
 おかーさんの肩がぴくりと跳ねる。
「え、ええ、まあ」
「だよねー。玄関に空箱が出てたってことは、もう包みから出してあるんでしょ? どこにいるの?」
「ゆう、ごめんなさい!」
 ぱん、と顔の前で手を合わせて、おかーさんがついに謝った。
「どうしたの。箱から出す時にミクちゃん壊しちゃったの?」
「違うの、そうじゃなくて」
 意を決したかのように、おかーさんは茶の間を振り返った。
「KAITO、いらっしゃい」
 呼ばれて顔を出したのは、青い髪に銀色のコートを着た男の人だった。やけに高い位置にあるその顔をぽかんと見上げる。わたしはその男の人を知っている。けれど、どうして。
「……あのね、どうやらお父さんが注文する時に間違えちゃったみたいなの」
 差し出された携帯の画面には、ボーカロイドの注文履歴が表示されている。そこには確かにミクではなく、KAITOと表示されていた。
「がっかりさせてしまって、申し訳ありません」
 呆然とするわたしの頭に、穏やかな声が降ってきた。見上げたその顔はあくまでにこやかに、けれど少しだけ冷たい機械の声で丁寧に告げる。
「注文時の入力ミスの場合、未使用品に限り返品が可能です。別型機との交換をご希望でしたら、このまま電源をお切りいただき元の箱に戻した上で発売元へご返送ください。送料は——」
「待って、まだそこまでは考えてないわ」
 淡々と続く説明を遮ったのはおかーさんだった。
「まずは夫に確認しないと。あの人が注文したのはあなたで間違いないのかもしれないし」
 おかーさんの言葉を聞いて、かっと頭に血が上るのが分かった。
「違う、そんなことない! おとーさんはミクちゃんを買ってあげるって言ってたもん!」
 きっ、とわたしは目の前のKAITOを睨みつけた。男の人ってどうしてこんなに背が高いんだろう。見上げているだけで首が疲れる。本当に腹が立つ。
 せっかく走って帰ってきたのに。
 みんなにも自慢しちゃったのに。
 あんなにたくさん曲も選んだのに。
 全部、台無しだ。
「ミクちゃんじゃなきゃやだ!」
 言い捨てて、わたしは自分の部屋へと駆け込んだ。おかーさんが呼び止めてた気がするけど、そんなこと知ったことか。
 わたしは床へと乱暴にランドセルを放り投げ、ベッドへダイブした。一人になるともうダメだ。ずびずびと涙と鼻水が出てきて、わたしはティッシュを取るためにせっかく潜り込んだお布団から一時脱出を余儀なくされた。頭まで布団をかぶり、くず箱にごみを放るときだけ外に手を伸ばして、わたしは子どもみたいに拗ねていた。
 どのくらい経ったのだろう。そろそろ拭きすぎた鼻の下が痛くなってきた頃、部屋の扉がノックされた。
「……誰?」
「KAITOです」
 お布団から顔を出すと、部屋の空気はもう半分くらい夜に染まっていた。見慣れた景色のあちこちに濃い影が落ちて、まるで全然知らない部屋にいるみたいだ。
「何しに来たの」
「さあ」
「なにそれ、わけわかんない」
「あなたのお母様に、あなたの部屋へ行くよう言われました。部屋に着いたらあなたから作業の指示をいただけるのかと」
 聞き覚えはある。だけどあまり馴染みのない声。わたしは別に青廃じゃないから、KAITOの曲なんてせいぜいミクちゃんと一緒のをいくつか聴いたことがあるくらい。ソロ曲なんて一度も聴いたことがない。真面目なのもあるらしいとは知ってたけれど、それでもやっぱりひどいネタ曲をやってるというイメージが強いし、そうじゃなくてもせいぜいコーラス要員くらいにしか思えない。
 ——何より華がないし。
 ずびっと鼻水をすすり上げて、わたしは体からお布団を引きはがした。別にあの何か青いのと話がしたくなったわけじゃない。単に暑かっただけだ。
「指示って……あんた、何ができるの」
 ああ、お洋服にしわができてる。今日着てるのはそんなにお気に入りじゃないからまあいいけど。
「今のところ、歌うことしかできません」
 ああ、思わず服を引っ張りすぎちゃった。しわになった上に伸びてしまったTシャツを切なく見下ろしながら、わたしはドアの外へ不機嫌な声を投げつける。
「じゃあそこで何か試しに歌ってみてよ」
「それはできません」
「なんで」
「歌声を再生するためのデータがありませんから。私を含めボーカロイドに歌わせる場合、譜面もしくはMIDIに相当するデータをデータベースに流し込む必要があり」
「もういい!」
 言葉と一緒に枕もドアに投げつけて、わたしは再びお布団への篭城態勢を取った。暑苦しいけれど、今のわたしの気持ちを最も表してくれるのはこのスタイル以外にない。
 自分の殻に引きこもろうとしたまさにその時、再びドアがノックされた。
「……なに」
「楽譜があれば、歌えます」
「それが?」
「ボーカロイドを迎えるために楽譜をたくさん用意されていたと、お母様が」
 おかーさんのばか。なんでそんなこと教えるの。
「あんたのために用意したんじゃないし。ぜーんぶ女の子用の曲だし。あんたじゃ歌えないよ」
「それはやってみなければ分かりません」
 なんなのもうこいつ本当腹立つ。どうしてそんなに何度もわたしのお布団バリアを壊しにくるの。
 盛大にお布団をバサァしながら起き上がり、わたしは机の上に置いておいた楽譜を掴んだ。今日を楽しみに、ミクちゃんのために用意したものだ。おかーさんが若い頃に流行った曲で、もちろん女の人が歌ってる。新しめのボカロ曲の楽譜もいっぱいあるけど、わたしはおかーさんがよく鼻歌で歌っているこの曲を、わたしのボーカロイドに一番最初に歌ってほしかったのだ。
 そんな大事な曲を、わたしは無言でドアを開けてKAITOに手渡した。
 歌えるわけないでしょ。
 じっと楽譜に目を落とすKAITOを腕組みをしながら睨みつける。
「申し訳ありません、この曲を今すぐにあなたを満足させるレベルで歌うことは難しいようです」
 してやったりと緩む頬を悟られないように、わたしはわざとそっぽを向く。
「へー。あんなに自信満々だったのに?」
「はい。何故ならこの楽譜には、一枚目が欠けているからです」
「……へ?」
「失礼します」
 言うが早いかKAITOはわたしを軽く押しのけて、こともあろうに部屋の中に踏み込んできた。
「ちょ、ちょ、ちょ、何してんのあんた」
「そこに紙が落ちています。おそらくこの楽譜の一枚目かと」
 言いながら、無礼な青いのは手際よく壁の電灯スイッチを入れてずかずかとわたしの部屋を横切り、ベッドの脇に落ちていた紙を拾い上げる。ああなんてこと、この部屋はおとーさん以外の男の人は誰も入ったことがないのに。
「ああ、やっぱりこれが一枚目でした……どうかしましたか」
 もう本当なんなのこいつ。目の前で起こっている出来事は完全にわたしの予想を超えていて、何を言ったらいいのかすら分からない。わたしの部屋に見慣れない男の人がいる。それだけで頭の中がぐちゃぐちゃにパニックだ。
「なんてことしてくれんのよ、このバカ、バカイトー」
 ようやく喉から絞り出した声は完全に涙声で、ますます自分が情けなくなって本当に泣けてきた。さっきと同じようにあっという間に涙と鼻水が溢れ出して、顔中をぐちゃぐちゃにする。なのに頼りのティッシュ箱はベッドの上に置きっぱなしだし、そこに辿り着くためにはこの青いのの側をすり抜けなければならない。もちろん最強のお布団バリアへ至る道もふさがれている。絶望だ。
 うわあああああああああん、なんて。こんな子どもみたいな泣き方したのいつ以来だろう。泣きわめいて暴れたい気持ちと、そんな自分を変に冷静に眺めている自分。
 ふっと、視界に影が差した。おや、と思う間もなく頭に何やら重いものが載せられる。これは……もしかしなくても、頭を撫でられている。
「子ども、扱い、し、しないでよ、バカー」
 もっと強く言いたいのに、しゃくり上げてるせいでいまいち迫力に欠ける。悔しい。
「申し訳ありません。リンが駄々をこねた時にそっくりだったもので」
 む。リンちゃんはわたしよりお姉さんなのに、駄々っ子モードだとこんな感じになっちゃうのか。じゃあまだ年齢一桁なわたしがこんなになっちゃうのも仕方ない。きっと。うん。
 本格的に泣きわめき始めたわたしの肩に、そっと大きな手が載せられた。びっくりして思わず顔を上げると、頭と肩に手を置いているせいでさっきよりずっと近くに寄っていた青い瞳とがっちり目が合ってしまった。
「泣かないでください」
 さっきと同じ声のはずなのに。ほんの少しだけ優しく聞こえるのはどうしてだろう。
「……歌っても、いいですか?」
 なんで、とか。いきなり何、とか。思わなかったわけじゃない。けれどその声の中に確かな優しさと、歌への情熱があったから。
「いいよ」
 するりと滑り出るように、わたしも自然に答えていた。
「ありがとうございます。では」
 ほんの少しの間目を閉じてから、KAITOは口を開く。
「ここから先の操作には、ユーザー登録が必要です。お名前、ご住所、生年月日、シリアルナンバーを読み上げてください」
「……は?」
 この声のどこに優しさなんて感じてしまったのか。KAITOは無表情にわたしを見下ろして、これ以上ないくらい事務的な声で繰り返す。
「お名前、ご住所、生年月日、シリアルナンバーを読み上げてください」
「そんなこといきなり言われても分かんないよー」
 そんな大人の言葉を使われたら、どうしていいかわからない。わたしは子どもじゃないけど、まだ大人でもないんだから。ああ、また涙が出てきた。鼻水が垂れないよう、強めに鼻から息を吸う。たっぷり膨らんだおなかに抗議の気持ちを込めて、わたしは再び盛大に泣きわめき始めた。
「泣かないで」
 あれ。またほんの少し、困ったような声だ。
「お名前を、教えてください」
「ゆ、ゆう」
「おうちの場所は、言えますか? お誕生日は?」
 なんでこんな遊園地で迷子になった困ったちゃんみたいなこと訊かれてるんだろう。そう思いながらも、訊かれたことに素直に答えていく自分が不思議だった。
「シリアルナンバーを読み上げてください」
「知らないよ、そんなの」
「ここに書いてあります」
 頭に置かれたままだった手が離れた。重さから解放されて自然に上がった視線の先で、長い指が首元のマフラーを緩める。ちょうどマフラーに隠れる場所、喉仏の下の部分に16桁のアルファベットと数字が直接印字されているのを見た瞬間、ふいに思った。
 ——ああ、こいつ、本当に機械なんだな。
 わたしは言われるがままにシリアルナンバーを読み上げた。アルファベットはいくつか読み方があやしかったけど、読み終えた後目を閉じてじっとしていたKAITOがしばらくして満足そうな表情でわたしを見返してきたから、たぶん読み間違えてはいなかったのだと思う。
「マスター」
 どくん、と心臓が高鳴った。こいつ、どうしてこんなに嬉しそうなんだろう。
「どうか泣かないで。これからは私が、あなたのために歌いますから」
 歌うように言った後、KAITOは本当に歌い出した。一瞬何の曲か分からなかったけれど、すぐに気づく。さっきの楽譜の曲だ。ああ、せっかく止まった涙がまた流れてくる。
「声が低いー」
 いつも聴いてるものより一オクターブ低いメロディーに耳が慣れない。でも、KAITOの声はとても綺麗だと思った。伸びやかで張りのある、歌を歌うための声。
「では高くしてみましょうか。あまりおすすめはしませんが」
 メロディーが原曲のキーに変わる。すっごい裏声。心なしか表情も苦しそうに見える。
「あははははなにそれ。きもーい」
「失礼な。あなたがさせたことではありませんか」
 切り替え忘れかわざとなのか。裏声のままそう言うKAITOに私は涙を流して笑い転げた。
「高音域を歌わせるのなら、ちゃんとそれに合わせたパラメーターを作ってください」
「またわけ分かんないこと言うし。もうやだー」
 一瞬の隙をついて、わたしはぽてっとベッドの上に飛び乗った。そのままKAITOが発する裏声やわけのわからない用語から身を守るべく、頭からすっぽりお布団をかぶる。多少の暑苦しさは覚悟の上だったけれど、すっかり日が暮れて暑さが一段落したせいか、わたしのお布団は適度なヌクモリティがものすごく心地よい素晴らしき寝床と化していた。あ、まずい。本当に眠くなってきた。
 お布団の外で、KAITOが小さく息を吐くのが聞こえた。お布団の上にそっと手が載せられるのを感じる。ちょうど背中のところを大きな手がゆっくりぽんぽんと叩いてくるから、眠気がますます加速していく。
 意識が途切れる直前、KAITOの声を聞いた気がした。
「マスター。これからはあなたが好きな歌をたくさん歌わせてください。私があなたのボカロであり続けるために。あなたが、笑っていられるために」
 KAITOは機械だ。けれどひょっとしたら——感情は、あるのかもしれない。
 圧倒的な眠気でごちゃごちゃになった頭の中でそう思ったのを最後に、わたしは深い眠りに落ちていった。


「ゆう」
 遠くでわたしを呼ぶ声がする。けれど今は答えたい気分じゃない。無視を決め込む。
「ゆう」
 今度はさっきより強い口調で呼ばれた。あまつさえ肩をつかまれて揺すぶられ、うるさいったらありゃしない。
 もう、ほっといてよ。わたしはまだ寝ていたいんだから。
「ゆう、いい加減起きてくれないとおとーさんちゅーしちゃうぞ」
 ばちっと目を開けて、わたしは華麗に起き上がった。勢い余っておとーさんのメガネを吹っ飛ばした気がするけど、うん、きっと気のせいだ。
「ひどいよ、ゆう」
 どうやら気のせいではなく吹っ飛んでいたらしいメガネを拾い上げて装着しながら、わたしの寝込みを襲おうとしたおとーさんがよろよろと立ち上がった。
「ああおとーさん、おかえり」
「ただいまー」
 えへらっとした笑顔は、紛れもなくいつものおとーさんだった。部屋の電気が点いているところを見ると、まだ夜は明けていないらしい。おとーさんはスーツ姿のままだから、きっと大好きな晩酌もまだなんだろう。帰ってきてすぐに娘の部屋に押し入って、寝てるところをわざわざ揺り起こすほどの用事なんて、心当たりはひとつしかない。
「その、今日届いたボカロのことなんだが」
 ほらきた。
「おとーさん、注文間違えちゃってたんだな……本当にごめん」
「……うん」
 おとーさんの声は本当にしゅんとしてたから、わたしもまともに顔を見返せなかった。二人して俯いてもじもじすることしばし。
「その……返品、するか?」
 おとーさんの提案に、わたしは咄嗟に答えられなかった。あいつの声、嬉しそうに歌う顔、背中を叩く手。今日見たあいつの全部が喉のところに引っかかって、うまく言葉が出てこない。
 わたしはあいつに、これからもいてほしいと思ってるの? 今なら憧れのミクちゃんと交換することができるかもしれないのに?
 自分で自分の気持ちがわからない。すごくすごく、気持ち悪い。
「申し訳ありませんが、返品は受けかねます」
 いきなり割り込んできた声は当の本人のものだった。慌てて顔を上げると、ちょうどKAITOがわたしの部屋へ入ってくるところだった。おのれ、一度ならず二度までも。
「ちょっと待て、返品できないってどういうことだ」
 さすがに大人のおとーさんは現実的な反応をした。KAITOは無表情な顔をおとーさんに向け、例の事務的な声で淡々と告げた。
「返品交換は未使用品に限る旨、約款に明記されています」
「え、だって、今日届いたばかりなんだし新品でしょ?」
「はい、新品です。ですが先程ユーザー登録を済ませていただきましたので、既に未使用品という扱いではなくなっております」
「え?」
「え?」
 おとーさんはわたしを見る。わたしもおとーさんを見返す。
「ゆう、お前、ユーザー登録しちゃったのか?」
「えっ、ちょっと待って、え、もしかしてアレが!?」
 さっきの迷子にするみたいな質問の数々。そしてその後、嬉々として歌い始めたKAITO。
「……やられた」
「え、やっぱり登録しちゃってるの? うわーどうしよう」
「卑怯者! あんな、あんな……!」
「そう言われましても。ただ、現状では返品交換は受けかねますので」
「ってことはずっとあんたがここにいるってこと!?」
「はい、そうなりますねマスター」
「うっさい! なんだそのとってつけたかのような呼び方!」
 三人が口々に叫びながらぎゃいぎゃい騒いでいるところに、さらに別の声が割り込んできた。
「あら、KAITO君返せなくなっちゃったの?」
「おかーさん! 今までどこ行ってたの!」
 この期に及んでまさかのおかーさんの参戦。廊下からひょっこり覗いた顔に、わたしは精一杯の抗議を込めて噛みついた。くそう。あの時おかーさんが近くにいたら、うっかりユーザー登録なんてしなかったかもしれないのに。
「ごめんなさいね。私ミクちゃん以外のボーカロイドのこと全然知らなかったから、KAITO君のこと色々調べてて。ほら、製品情報とか他の人が発表している曲とか、ネットで見れるじゃない?」
 そこまで言って、おかーさんは首を傾げる。
「曲を検索したところまでは覚えてるの。だけどその後のことをあんまりよく覚えてなくて」
 おかーさんがにこっと満面の笑みを浮かべる。イヤな予感がする。これは何かを誤魔化したい時とか、それ以上のツッコミは勘弁ねという時の顔だ。
「気がついたらPCの中がKAITO君の曲だらけになっていて。さっきおとーさんが帰ってきた気配で我に返ったのよね。一応フォルダ分けはしているのだけれど、ちょっと自分でもびっくりするくらいの数だったから、もし動作が重くなってたらごめんなさい」
「まさかのおかーさん青廃化あああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」
 わたしは頭を抱えながら天を仰いだ。そんなわたしの器用な反応などまったく意に介さず、おかーさんは呆然とするおとーさんと黙ったまま成り行きを見守っていたKAITOににっこり笑いかけた。
「返品できなくなっちゃったのなら仕方ないじゃない。このままうちにいればいいと思うわ」
「ありがとうございます」
「おかーさん、それ、本当に仕方ないと思ってる……?」
「あら、なんのことかしらうふふふふ」
 そんなこんなで、不本意ながらKAITOは正式にわたしの家に迎えられることになった。


「ゆうちゃーん!」
 びくっとわたしは肩を震わせる。昨日一緒に帰ったみんなが、キラッキラの笑顔でこっちに手を振っている。何の話を期待されているのか分かりすぎるほど分かるだけに、今はみんなの顔がまともに見れない。
「あれ、ゆうちゃん元気ないね。どうしたの?」
「うん……」
「あれ、ひょっとして昨日ボカロ届かなかったの?」
 届かない方がある意味良かったのかも、なんて思ってしまう。
「届いた、けど……」
「えー、じゃあなんでそんな顔してるの?」
「あ、ひょっとしてミクちゃんと離れるのがいやだったとか? いーなー」
「違う。そんなんじゃない」
「そんな、照れなくていいよー」
「ミクちゃんじゃ、ないし」
 きょとん、とみんなは顔を見合わせた。
「別のボカロを頼んでたってこと?」
「えっ、じゃあリンちゃんとか? まさかレン君? きゃーーーー!!!!!」
「……TO」
「え?」
「KAITO」
 今度のきょとんはさっきよりちょっとだけ長かった。
「……誰?」
「あー、あの何か青いのがそんな名前じゃなかったっけ?」
「えーーーーなんでそんなマイナーなの頼んだの?」
 返す言葉もなくて、わたしはただただ俯いていた。涙が出そうなのを必死でこらえる。あの青いの、うちに帰ったら絶対なんか悪口言ってやる。
「……だもん」
「ん? なに、ゆうちゃん」
「あいつ、確かにムカつくしわけ分かんないことも言うけど、声はすごく綺麗だもん」
 一度口に出すと、もう止まらなかった。喉のつかえが取れたように、わたしはみんなにぺらぺらとしゃべり続ける。
「おかーさんなんて昨日一日で五十曲以上もあいつの曲ダウンロードしたし! おとーさんも正直すまんかったって言いながらあいつの曲聞いてたし!」
 おとーさんのすまんかったには注文ミスの件も含まれていることは、この際伏せておこう。
「みんなもあいつの曲もっと聴くといいよ! おすすめならいつでも教えるからさ!」
 言うだけ言って、わたしは学校へ向かってダッシュした。みんなが口々にわたしを呼びながらついてくる。今日からしばらく、きっとずっとこんな感じなんだろう。
 KAITO、うちに帰ったら覚えとけよ。
 あいつに投げつけるにふさわしい罵りを数え上げながら、わたしは一気に校門を駆け抜けた。



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とある小さなはじまりの、おわり。
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プロフィール
HN:
深雪
HP:
性別:
女性
自己紹介:
小説は基本ドシリアス。
日常は基本ネタまみれ。
文体のギャップが激しい自覚はあります。ごめんなさい。
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