書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
”山の民”特有の頑朴な弓は、無骨な外見に似合わず高く澄んだ弦音を響かせる。強く剛く張られた弦は、もとより音を奏でるためのものではない。ゆえに音律も揃わず、速度もばらばら。だが百を超える奏で手が一斉に弦を爪弾くと、不思議と統一された旋律として耳に響いてくる。
皇帝の即位の際、必ず奏でられる”山の民”の破魔の弓鳴り。前回の演奏、つまり父帝の即位はアサザが生まれるよりずっと前のこと。話に聞いたことはあっても、実際に耳にするのは初めてだ。
——どんな音なんだろうね。聴いてみたい、と思うのはやっぱり不敬になるのかな。
記憶の中の幼い兄が悪戯っぽい微笑みを零す。音の響きのみで一瞬にして場の空気を塗り替える力を持つ韻律。これが。
——兄上、聴こえていますか。
空へと一つ息を吐き、アサザは正面に向き直る。自分のために弓が鳴る日が来るなど、あの頃は想像もしていなかった。
しかし今、林立する鋼色の鎧の中心にアサザはいる。
潮が引くように弓鳴りの音が収まった。
相対した皇帝軍の隊列の前に陣取った”山の民”の一団から、小さな影がそっと押し出されてきた。村長である父の手を離れ、進み出てきたのはカタバミだ。今日は帽子をかぶっていない。いつもより上等な藍色の鮮やかな服を着て、お下げ髪にも”山の民”の娘らしく彩豊かな紐を編み込んでいる。
母と同じ髪紐。朧な記憶が胸の奥を掠める。
腕に抱えているのは先日見せてもらった冠だ。重みはないがかさばるそれを抱えると、途端にカタバミの足取りはあやしくなる。途中で転ばないか見守る者をひやひやさせつつ、なんとか無事にカタバミはアサザの前に辿り着いた。頬を上気させ、カタバミは得意げにアサザを見上げてくる。
「ほれ。ちゃんと転ばんで来れたべ?」
「……そうだな」
張りつめた空気が和らいだ。しかし当のカタバミは唇を尖らせたまま、何やら不満げな様子だ。
「頭」
「ん?」
「下げてくれんと、届かんべや」
言って、カタバミは冠を捧げ持ったまま背伸びをした。おそらく限界まで伸び上がっているのだろうが、冠の先端はアサザの胸元にようやく届くかどうかというところで震えている。
「ああ、悪い」
かがみ込んで、そのまま冠ごとカタバミの身体を抱え上げる。
「やっ、ちゃうべ、おめさが頭さ下げるんだべや」
幼い抗議は意に介さず、アサザはカタバミの手から冠を取り上げた。一呼吸だけ、手の中の冠を見つめる。
意外なほど軽い。山岳地帯で採れる蔓性の植物を乾かして編み上げた、皇帝と”山の民”の友好の証。
「ごめんな。これが気に入らないわけじゃないんだが」
取り返そうとする小さな両手をかいくぐって、アサザはカタバミの頭に冠をかぶせた。
きょとんと、カタバミがまん丸な目で見上げてくる。オダマキはじめ”山の民”たちの驚愕した表情、兵士たちのどよめき、クルミの意外そうな顔。それらをひとしきり見回して、アサザはゆっくりと口を開いた。
「皇帝とは、何だ」
凛と響く声に、打たれたようにざわめきが鎮まっていく。それは問いかけの形ではあっても、明らかに誰かの答えを求める言葉ではなかった。問いかけの、その先。続きを促すように人々は自然とアサザへ視線を向ける。
「冠を戴いた者が皇帝か。ならば今、この瞬間に即位したのはこのちんちくりんということになる」
皆の視線を一身に受けながら、アサザは腕の中の少女を示す。
「おめ、ちんちくりんって」
「違うというなら、皇帝に成るための条件とは何だ。この国を統べる者と成るために必要なものとは何だ」
胸元から上がる抗議を無視して、アサザは言葉を継ぐ。
「皇帝の血を引く者か。この冠をかぶせられた者か。違う」
ふいに父の顔が胸に浮かんだ。兄の、弟の、母の、そして——夢で見た、黒鎧の戦士の面影も。
「冠を戴いたから皇帝に成るのではない。皆に戴かれて初めて、俺は皇帝に成れるんだ」
父がいて、兄がいた。数年前の自分に今日この日が来ると告げたところで、まったく信じはしなかっただろう。自分はアカネやブドウと共に皇帝を支える立場だと。それ以上を望むつもりなどないと。
「俺は多分、いい皇帝にはなれない。皇帝なんてものになりたいなんて思ったことは一度もないし、こんな冠をかぶる自分を想像したことさえなかった。だが」
今度浮かんだのはレンギョウの顔。夢の中の銀髪の少女の面影が記憶を掠めて、破魔刀に宿った化生に塗り替えられていく。その勝ち誇ったような笑みへ向けて、アサザは言う。
「俺はこの国を変えたい。生まれた場所が違うだけで皇帝だ、国王だと憎み合い殺し合う。こんな現在を変えたいんだ」
ようやく形を成した願いを握りしめ、目の前の兵たちに視線を向ける。全身に痛いほど感じる彼らの眼差し。
現在を変える。その一言で点した熱が、確かに伝わっていく。
「俺と一緒に現在を変えたいと思ってくれる者がいるなら、力を貸してほしい。この国の、未来のために」
次の瞬間に轟いた快哉は、紛うことなくアサザへの返答だった。空を揺らし、地に響く、アサザを新たな皇帝と認める声。
「皇帝陛下、万歳!」
よく通る声が耳に飛び込んできた。それをしおに意味を成さぬ喧噪は秩序を取り戻し、アサザを讃える声へと変化していく。
讃えられようが、崇められようが、望むことはただ一つ。
カタバミを抱えたまま、アサザは近くで控えていた近衛隊長へと歩み寄る。隊長は目の前の事態に完全に呑まれ、立ち竦んでいた。アサザの接近に気づいてびくりと顔を上げた彼の腕へ、すとんとカタバミの身体を落とす。
「勅命だ。この子を安全な場所で守り抜け」
編み込み髪の頭を冠ごとぽんと叩き、アサザは踵を返した。
「アサザ」
幼い呼びかけに小さく笑って応え、アサザは近くに控えた兵を一瞥する。目配せをきちんと汲み取った兵がすかさずキキョウを牽いてきた。手綱を受け取り、一息に鞍上へ飛び乗る。
「道を」
短い指示。それだけで充分に意味は通じた。国王軍と相対する南面の兵たちが、陣の真ん中から左右に分かれていく。移動中の鎧が触れ合う音。それが一呼吸だけ静まった後、鋭さを帯びた音色を奏でながら一斉に中央の通路へと向き直る。
出来上がった一本道は、突貫工事で作った例の吊り橋を経て国王軍に続いている。
この道の先は希望か、絶望か。
呼気と共に発した声を合図にキキョウは走り出す。迷いはなかった。どちらにせよ、既にもう前にしか道はないのだから。
鋼色の人垣を駆け抜ける途中、ふいに一人の兵の声が耳に飛び込んできた。
「無冠帝アサザ、万歳」
思わず苦笑が零れる。どうやら早くも綽名をつけられてしまったらしい。
「偉いんだか偉くないんだか」
揺れる視界の中、心は思いの外平静だった。前方には上気した顔のまま敬礼を向けてくる皇帝軍の兵たち。彼らの歓呼の声は瞬く間にすぐ後ろから響く鋼鉄の蹄音に取って代わり、儀式によって浮ついた雰囲気を本来の戦場の空気へと塗り替えていく。
鋼色の壁を抜ける頃、ふいに視界に影が落ちた。背中から吹き抜けてきた生ぬるい風で肩布が翻る。
——紫のまま。そういえば外す時機を逸したままキキョウを走らせてしまったのだった。
皇太子の身分を表す色。だがアサザがその色を選んだ理由こそ、きっとこの場ではふさわしい。
戦場では必ず、誰かが命を落とすのだから。
ふと見上げた空が雲に覆われていく。濃厚な雷の気配を纏った暗雲は瞬く間に頭上を覆い、厚く幾重にも重なっていく。
「……レン」
嫌でも目に入る聖王の明白な攻撃の意志。鈍色の空はどこまでも重く、わずかな希望さえ見出せないかに思える。だが。
『いつから私はお前の友人になったのだ?』
甦ったのはかつてのレンギョウの声。その時自分がどんな答えを返したのかは覚えていない。けれど多分、今とそう変わりはしないだろう。
死にたくない。
死なせたくない。
——向こうも、そう思ってくれているだろうか。
ついに雷鳴が鳴り響いた。鎧を突き抜け、体中の組織を揺さぶるような、低く圧倒的な音圧の中で。
「来るな皇帝! おぬしを撃ちたくはない!」
聞こえるはずがない。この距離で、この雷で。それでも。
笑みが零れた。
まだ、信じてくれている。だから自分が死ぬのも、レンギョウが死ぬのも嫌だ。
戦わなければならない。聖王とではなく。国王軍とでもなく。
皇帝と国王を、アサザとレンギョウを、戦わせようとする意志と。この島国が辿ってきた歴史と。
——そのためになら、命を賭けても惜しくはない。
空気が変わった。生ぬるい風が頬を撫で、鎧越しの大気の帯電濃度が跳ね上がる。
一瞬の判断。だが間違いなく自分の意志でアサザは”茅”を抜き放った。ちりちりと細かく震える宙を裂いて、雷光を映す刃を上空に翳す。
出番だ、おばば。俺はもう、逃げない。
刹那、視界が白一色に塗りつぶされた。落ちた、と頭より先に身体が理解する。そして。
天が吼えた。それは音というより既にして衝撃で、鼓膜に届くより先に全身の皮膚に叩きつけてくる。聴覚はあっという間に存在理由を放棄した。長いようで短い、一時の沈黙。
静寂の余韻と共に世界に溢れた光は次第に薄れていく。自分の腕が、キキョウの頭が、徐々に輪郭と色を取り戻し、本来の形を取り戻していく。目に映るそれには雷に打たれた痕はおろか、瑕疵一つ見当たらない。
ただ一つ、”茅”の刀身だけが変化していた。吸い込まれるような鋼の刃、それが纏う燐光が零れるほどに強く煌びやかに瞬いている。否、光は”茅”自身から溢れていた。
周囲を見回す。予想に反してカヤの姿は見当たらない。代わりに目に入ったのは周囲にいる兵たちの姿。皆一様に頭を抱えて踞っているものの、倒れたり怪我をしている様子は見えない。音に敏感なはずの馬たちも、かつて遭遇したことのない雷鳴に度肝を抜かれたのか、嘶き一つ零さず立ち尽くしている。
”茅”はこれ以上ないほど完璧に役割を果たしていた。
軽く手綱を引かれて、アサザは目線を傾ける。大音響に驚いたのはキキョウとて同じはず、だが聡明な愛馬は次に為さねばならないことを予期しているかのようにまっすぐ首を上げて前方を見据えていた。
一本道は続いていた。草原を切り裂く大亀裂に渡された吊り橋、対岸の人の群。あれだけ大規模な魔法だ、橋のこちら側だけを雷で覆うなどという器用なことはできなかったはず。その証拠に国王の味方であるはずの自警団や近侍兵までも皇帝軍と同様に防御の姿勢を取って地面に伏せている。
顔を上げて立っているのは、ただ一人。
「レン」
風に流れる、見間違いようのない銀髪。華奢なのに不思議と大きく見える、凛とした立ち姿。この距離では顔かたちの委細など見えはしない。だがそこにあるのは間違いなく、アサザの記憶の中にある友人の姿だった。
過ぎ去った時間に重ねる久闊より、これから刃を交えるのだという悲愴より。
声を詰まらせたのは孤独だった。敵も味方もなく、圧倒的な魔力で総てを跪かせる聖王の姿。恐怖はなかった。ただただ痛ましくて、やり切れない感情だけがこみ上げてくる。
なんだよ。お前、味方にまで怖がられてるのかよ。そんな奴らに作法の師匠とやらから習った偉そうな言葉で命令してるのかよ。毎日、毎日。
——そんなの、寂しすぎるだろう。
広い草原を隔てて、顔を上げた領主たちの視線が交錯する。レンギョウが何か言いたげに腕を上げた、その時。
”茅”から溢れる燐光がふいに量を増した。瞬時に意味を悟ったところで、アサザはそれを止める術など持ってはいない。ただ見守るしかできない中空で光は縒り集まり、明確な意志で一つの姿を形作っていく。
「……出たな、おばば」
せめてもの意趣を込めて呟くと、すかさず凍てつかんばかりの眼光が降ってきた。視線の温度は変えないまま、カヤは婉然たる微笑を唇に湛えて戦場を見回す。居合わせた者が皆ひれ伏す光景に昏い満足を口の端に散らして、破魔刀の化身は彼方の聖王をひたと見据えた。
『ようやく逢えたな、魔王の末裔よ』
これだけの距離を隔てていても、レンギョウが驚いているのが見て取れる。自分と生き写しの化生が現れたからというだけの理由ではあるまい。
——おぬしが見た夢。王も同じものを見ておるぞ。
あの日アサザが見た創国の幻を、本当にレンギョウも見ていたのだとしたら。
アサザとレンギョウそれぞれが同じ面影を脳裏に描いたのを見澄ましたように、カヤはふわりと空へと飛び立った。かつての魔王レンと同じ細くしなやかな両腕を広げ、夢の中の光景と同じように現在の戦場を見下ろす。
『再び戦場に顕現叶いしこと、心から嬉しく思う。我が名は破魔刀”茅”。魔法により創られ、魔法を破るために存在するもの』
あいつ、楽しんでやがる。アサザは苦々しくカヤの横顔を見上げる。
既に周囲の兵たちも顔を上げていた。茫然とカヤの姿を見上げ、その言葉に耳を澄ませている。おそらくまだ心が追いついていないのだろう。聖王の雷の直後に現れた光の化身。敵か味方かさえ判然とせず、だが明らかに己の手の届く存在ではないと理解できるもの。
『我の力を信じるも信じぬも自由。だが見ての通り雷の後も橋は健在だ。のう?』
ざわ、と国王軍が揺らいだ。
そう、吊り橋は落ちていない。こちらからあちらに繋がる道はまだ途切れてはいない。
『橋は我が守った。我の前で魔法は効かぬ』
どっと上がった鬨の声に驚いて振り返る。もう地べたに伏している者など誰一人いなかった。皆が立ち上がり、手にした得物を握り締めて”茅”の声に応えている。
放たれる寸前の矢のように。
カヤの登場による動揺の波が収まると、自分の役割が明確に形を成していた。
既に覚悟はしていた。最早止められぬ戦なら、一刻も早く終わらせるよう戦うだけ。アサザは手綱を握り直す。応えてキキョウの蹄が軽く地を掻いた。
『己の無力をとくと知るがいい、聖王よ』
違うぜ、おばば。俺たちは確かに非力だ。だが決して無力ではない。
アサザの合図と共にキキョウが走り出す。半瞬遅れて数騎が続き、さらに多くの蹄音が重なる。再開された突撃はそれぞれの隊が当初目標としていた橋へ向けて殺到を始めた。
誰よりも早く中央の橋を駆け抜けたのはアサザだった。それに追いすがる勢いで続く馬上に揺れているのは、若葉色の飾り紐。
「アサザ、この馬鹿ちょっと待て!」
「馬鹿ってなんだ、馬鹿って!」
久しぶりに聞く威勢のいいブドウの声に自然と笑みが零れる。張り合うように返した言葉に、もちろん怒りはない。
「ああ何度でも言ってやるさこの馬鹿。お前自ら突撃してどうする! ここは私に任せろ!」
ブドウの口調もいつも通り、アオイの宮で軽口を叩き合っていた頃のまま。だがその重みはまったく違っている。”茅”によって魔法での攻撃が封じられたとはいえ、国王軍の兵力そのものは健在なのだ。生きるか死ぬか。二人が駆けているのは、そんな危うい境界線上だった。
「今日のお前の仕事は無事に即位してみせて軍の士気を上げることだ。いの一番に突撃して無駄に危険を冒すことじゃない」
「しかし」
「いいから。戦場の先輩の言うことは素直に聞いておけって」
逡巡したのは相反する感情のせいだった。戦の実際はブドウをはじめとする部下へ任せ、後方で指揮を執るべきだと判ずる皇帝としての理性。国王への敵意しか持ち得ない皇帝軍の中で誰より早くレンギョウの元へと駆けつけて、俺の友人に刃を向けるなと言ってやりたい衝動。実現確率の打算など飛び越えて、二つの心が今なお鬩ぎ合っている。
迷った分、敏感なキキョウは脚を緩めていたらしい。横並びになったブドウが微かに笑いながら言った。
「なあアサザ、頼む。今度こそ、守らせてよ」
その言葉に勇ましさなど欠片もなかった。むしろ哀願に似た色調の声、その真意を悟ってようやくアサザは手綱を引いた。
ブドウが守りたかったもの。それは同時にアサザ自身の手からも零れ落ちていったものだった。
「……わかった。ただし」
追い抜いた背中に声を張り上げる。心からの祈りを込めて。これ以上誰も失いたくないと願いながら。
「ただしお前も、生きて帰ってきてくれ。必ずだぞ」
後ろ姿でもブドウが笑っているのが分かった。見間違いようのない深い頷きを残して、若葉色の飾り紐が遠ざかっていく。歩みを止めたキキョウを、ブドウの部下たちが次々と追い抜いていく。
大亀裂は越えた。魔法は来ない。目の前には浮き足立った大軍。
アカネを失った後も、国王軍そのものに意趣を返そうなどと考えたことはなかった。少なくとも意識の上では。けれど彼らを目前にした今、こみ上げてくるこの興奮の名は何だろう。復讐より甘く、名誉より昏く。思考の闇を刃の鞘払いで振り切って、ブドウは一気に国王軍へと突入した。
どんな時でも第一撃はそれなりの抵抗に遭う。ある程度の手応えを予期して振り下ろした剣は、予想に反して空を切るに留まった。
相手の技倆に阻まれて避けられたのではない。奇声を上げて座り込んだその兵は、自警団の鎧を震わせながら地べたに屈み込んだ。
「どうして。聖王様の魔法があれば、楽に勝てるんじゃなかったのか」
足元から聞こえる震え声が無性に神経を逆撫でた。
嗚呼。これだから。
楽に勝てると思われていた屈辱。理屈ではない魔法への恐怖。アカネの笑顔。
駆け抜ける激情と、どこまでも冷徹な思考。己の中の炎と氷をそのまま刃にして、兵へと振り下ろす。
既にして周囲は鮮血に染まっていた。ほとんど無抵抗の国王軍を、殺到する皇帝軍が刈り取るだけの場。国王軍がいかに聖王に、魔法に依存していたか。その事実を見せつけられるほどに、ブドウの中でやり場のない怒りが込み上げてくる。
あの銀髪の少年に、どれほどの多くのものを背負わせるつもりなのか。
アカネを守り切れなかった後悔を彼に押し付けたのは、他でもない己自身。あの日ブドウの感情を受け止めたように、他の者たちからの期待をも聖王は拒まず抱え込んだのだろうか。
——彼自身の感情を支える者はいるのだろうか。
ふ、と視界に銀色が掠めた。血なまぐさい最前線には不似合いな、高貴な煌めき。
まさかと思いながら顔を上げる。視線の先、鉄色の鎧に守られるように彼はいた。
「聖王……」
呼びかけた掠れ声が途中で詰まる。レンギョウの隣にいる男、それは忘れもしない——
「薙刀の男だ!」
それは自分の声か、それとも部下の声か。レンギョウに重ねた感傷は、それより強い濁流で瞬時に彼方へと押し流された。狙いをただ一人に定めたブドウの脳裏に、早鐘のように明滅する言葉。
アカネの、仇。
***************************************************************
<予告編>
繰り返される流血に、
新たな復讐の連鎖が繋がれる。
レンギョウが初めて目の当たりにする、戦いの姿。
「これが、戦だ」
白銀の鎧に散る飛沫、
零れ落ちていく生命、
その果てに見出した、穏やかな微笑。
『DOUBLE LORDS』結章4、
それぞれの心と願いは種子となり、
託された者へと根付いていく。
——私が選んだ道です。後悔はしていません。
PR
最新記事
(11/28)
(03/19)
(03/19)
(09/20)
(08/23)
カテゴリー
最新コメント
ブログ内検索
Staff Only