書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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それは雨が多い季節の、わずかな晴れ間の出来事だった。
「子連れの女ぁ?」
屋敷を訪ねてきたという来客の特徴を聞いて、グースフットは盛大に肩を落とした。
「ったく、またかよ。俺ぁこれから出かけるんだけどな」
「どうせ大将とのサシ呑みでしょう。いいんじゃないんですか、たまには待たせても」
昔なじみの部下は、今や島を統べる領主の片翼となった藜に対しても遠慮がない。古株ならではのぞんざいさで、直属の上役であるグースフットにも容赦なく意見を述べる。
「だいたい日頃からグースさんは遊びすぎなんですよ。自分で蒔いた種くらいちゃんと自分で刈ってもらわないと」
「なーんかその言い方、引っかかるなー。誰かさんを思い出すのは気のせいか?」
「キヌアさんの突っ込みは自分の理想ですから」
軍師の名前を出す時にだけびしっと背筋を伸ばす部下に、グースフットは盛大な溜息をついた。
「あんな奴見習ったってロクなことにはならんぞ。ああまったく、仕方ないから会ってやるよ。ご婦人はどこだ」
『魔王』との戦が終結してから間もなく半年。今でも瞼の裏に、あの日凍てついた草原で繰り広げられた光景がふいに甦ることがある。
思い出話として片付けるには、あまりにも生々しい記憶。もちろんグースフット自身にも思うところは多々あった。しかしそれを口に出したことはない。これからも多分ないだろう。誰よりも己の無力を思い知らされているのは他でもなく、今はこの島の領主となったあの二人であると知っているからだ。
同様の思いを抱えていたのだろう。キヌアもあの和睦の日以来、藜には何も言わなかった。
働き者の軍師は戦後必要な残務を終えるとすぐ表舞台から身を引いた。最後の仕事とばかりに自分自身で藜と梓の婚儀の一切を準備して、桜吹雪の婚礼を見ることなく旅立った胸中など、グースフットには推し量ることしかできない。向かった先は”山の民”の村だと聞いている。藜が再三にわたって呼び戻す使者を送っているらしいが、返事は梨のつぶてだった。梓が去った山の中で、あの辛辣な軍師は今頃一体何を思っているのだろうか。
戦の間あんなにも一緒に過ごしたことがまるで嘘のように、何もかもが変わってしまった。半年という月日が長いのか短いのかすら、グースフットには分からない。
「……みんな意外と、不器用なもんだな」
「なーにを浸っているんですか。あなた一人が器用なわけでもあるまいに」
部下の言葉に一気に現実に引き戻される。無闇に広いこの屋敷は、藜からこれまでの働きの報酬として渡されたもののひとつだった。新しくて立派な普請だが、寒々と人気がない容れ物は狭い天幕暮らしに慣れた身には居心地が悪いだけだ。
あまりにも所在なくて、最初は庭に自分で天幕を張ってみたりもしたが、部下にみっともないと言われ三日であえなく撤去された。ならばと娼館に避難したら、飛ぶ鳥落とす勢いの『戦士』の猛将を逃がさぬとばかりに群がった夜の蝶たちがてんでに領有権を主張し始めたため、ほうほうの体で逃げ出した。屈辱の撤退だった。
「あー、自力でモテてたあの頃が懐かしい」
「戯言並べている暇があったらとっとと厄介事を片付けて来て下さい。大将には使いを出しておきますから」
「へいへい、お世話をかけて申し訳ない」
示された扉をグースフットは重い気持ちで開く。湿気混じりの空気が満ちる閑散とした客間で待ち受けていたのは、赤子を抱いた女だった。ぐっすり眠った赤子は起きる気配もなく、女は何やら思いつめた眼差しでグースフットを見据えている。
いつものヤツだ、とグースフットは腹を括る。街中に遊び人だと知れ渡ってから、この手の顔は山ほど見るようになった。
「やあ、お久しぶり? いつ以来だったかねぇ」
「……一年とちょっとかしら」
「そーかそーか。そんなに長い間放っておいて悪かったな」
とりあえず女の正面の椅子にどっかと座り込む。豪華な布張りの座面はいつ座っても居心地が悪い。
改めて見やった女の顔は見覚えがあるような、ないような。一夜限りの相手の顔をいちいち覚えているほどグースフットの脳味噌は暇ではない。
「元気そうな赤ん坊だな。男の子か」
「……ええ」
女が主張したいであろう話題にこちらから誘導してやる。その方が早く終わると、経験で知っていた。
「あなたの子よ」
ほら来た。
「ほーう。で、君的にそいつのどのへんが俺似だと思う」
「髪の色。ほら見て、茶色だし、肌の色だって少し浅黒いわ」
「ふむ」
席を立って、赤子の顔を覗き込む。間近で見上げてくる女の瞳には鬼気迫るものがあった。慣れないうちはいちいち戸惑っていたそんな目線も、場数を踏んだ今なら平然と受け流せる。母の真剣勝負など知ったことかとばかりに、赤子もまた毛ほども動じずにすやすやと眠っていた。
「確かに、胆の据わったところなんかは似てるな。俺の子かもしれん」
「そうよ。だから」
「ときに、そいつは何ヶ月だ。赤ん坊の歳はなかなか分かりづらくてな」
核心に触れる直前で切っ先をずらしてやる。駆け引きは実戦で習得済みだ。女はしぶしぶ答える。
「……六ヶ月よ。戦が終わってすぐに生まれたの」
「そーか」
年明け間もない、牡丹雪が舞い散る季節の生まれ。逆算すると女が主張するその時期は去年の早春。藜が蓮を拾ってきた、あの時期だ。その頃は草原を駆け回るのに忙しくて、街に戻ることなどなかったが。
「ふむ。まぁ母親たる君がそう主張するのなら何らかの根拠はあるんだろう。正直俺も、心当たりが多すぎて把握し切れていないし」
「でしょう」
「よし、俺の子だと認めよう」
あっさりとグースフットは頷いた。途端に女の顔が輝く。
「あ、あらそう? じゃあまずは」
「子供の養育費と生活費は俺が持つ。身分も保証しよう」
「ええ、ええ」
「将来は立派な『戦士』になれるよう、専門の教育を受けさせようか。家庭教師を雇って」
「そうね、それがいいわ」
「じゃあ、母親は要らないな」
「……え?」
それまで満面の笑みで頷いていた女の表情が凍りつく。
「だってそうだろう。家庭教師と乳母を雇って、俺は息子を立派な『戦士』に仕立て上げる。生活に何ら不都合はない。その面構えだ、きっと将来は堂々とした剣士になるぞ。で、強い男を育てるためには母親なんざ不要なんだよ。何かあった時逃げ込めるような、甘えられる場所があったら邪魔だ」
あえて淡々と突き放すように、しかし有無を言わせぬ強さも籠めて、グースフットは暴論とも取れる言葉を続ける。
「で、いい感じに強く逞しく育った俺の息子は、いざ戦となったらいの一番に駆り出されるわけだ。親父が斬り込み隊長なんかしてたばっかりに、こいつは俺と同じように常に先陣を切って戦場に突っ込まなきゃならん運命を背負わされる、と。お相手は今度こそ島の統一を目論む『魔王』様か、ひょっとしたらあちらさんの跡継ぎかもな? 確か姉と弟の双子だっていう話だよな。一人でも厄介なあれが二人、しかもこいつと同い年ってことはいやでも一生のお付き合いになるだろうな。我が息子ながら不憫な年回りだ」
見る間に母親の顔色が変わっていく。あと一押しかな、と思いながらグースフットはそうだ、と白々しい声を上げる。
「魔法は怖いからな。肝っ玉がより太くなるように今から鍛えておこうか。うーむ、雷はすぐには難しいな。じゃあまず炎に耐える訓練から始めよう。『魔王』の魔法は雷が一番有名だが、炎だって滅茶苦茶に強いんだ。去年の薪、余ってたっけか。探し出して早速今夜から特訓を始めよう」
「ちょっと待ってよ。こんな小さい子を火で炙るって言うの? 冗談はよして」
「冗談じゃないさ。魔法が落ちてくる先ではガキも女も関係ないからな」
「だからって……」
二の句が告げない女に、グースフットは不敵な笑みを投げる。
「これが我が家の教育方針だ。あ、それと俺の息子はいつどこで『魔王』の刺客に襲われるか分からんぞ。俺、完璧あいつに顔覚えられてるから。市井に放し飼いの隠し子なんて脅しの人質にするには最高のネタだからな。俺の子孫には波乱万丈な人生が約束されていることは間違いないが、母子共々平穏無事に暮らしたいなら俺との関わりなんてない方が幸せかもしれん」
正直あの『魔王』にきちんと顔を覚えられているかどうか、自信はない。勿論心中の呟きはおくびにも出さず、グースフットはあくまで紳士的な態度で女へと手を差し伸べた。
「というわけで、安全のためにも赤ん坊はこちらで預からせてもらう。丁度俺も女遊びから足を洗おうと思っていたところなんだ。嫁取りだ何だと、面倒な手順を飛ばして跡取りができるってんなら、こんなに喜ばしいことはない」
よろこばしいことはない。自分で言ってて吹き出しそうになった。危うく途中で舌を噛みかけて、慌てて威儀を正す。
差し出された手に、予想通り女が腕を伸ばすことはなかった。逆に赤子を守るように抱え上げ、グースフットを睨み上げる。切れ長の目はなかなかの迫力だ。
「この、人でなし」
「その人でなしが、そいつの父親なんだろう?」
肩を竦めるグースフットをもう一度睨みつけて、女は無言のまま部屋を出て行った。勿論腕には赤ん坊をしっかり抱きしめたままだ。乱暴に閉じられた扉の残響が耳に痛い。ややあって再び扉が開き、ひょこりと先程の部下が顔を出した。
「おやグースさん、もう決着ですか」
「ああ。連勝記録更新中ってな」
「嫌な記録ですね」
「うるせぇ」
すかさず部下に鹿毛の用意を命じ、グースフットは詰めていた襟を緩める。出世したらしたで、気苦労もどんどん増えていくものなのだ。
今日のところは母親が諦めてくれて良かった。グースフットの勇名を当てにして来てはみたが、自分には何の得もなく、肝心の赤子は取り上げられてしまうなど。そんな条件を呑む母親がいるはずがない。けれどこんなことを繰り返していると、いずれ本気で赤子を差し出す女が現れるのではないかと怖くなる。
己が欲得に与るためではなく、ただ純粋に赤子を立派に育て上げるためにこの屋敷に飛び込んでくる女。その出現が今、グースフットが直面している喫緊の課題だった。
「そろそろ俺も、身の固め時か?」
誰もいない広い家。逃げ出したいのはやまやまだが、ここより広くて空っぽの宮殿で埋めようのない孤独を抱えている顔を知っている手前、放り出すこともできはしない。
この場所で生きること。それが戦が終わった現在、グースフットの最大の仕事だった。
聞き慣れた鹿毛の嘶きが庭から聞こえてきた。よっこいせ、と声をかけてグースフットは腰を上げる。とりあえず今できることは、気軽に飲み歩くこともできなくなった戦友の晩酌に付き合ってやることくらいのものだった。
部下の見送りを受けて、グースフットは街の石畳へと愛馬を進める。空気は湿り気を帯びて粘っこい。また一雨来るのだろうか。夕焼けと雨雲が足早に混じり合う空を見上げ、ふと思いつく。
この時間ならまだ市場も開いているだろう。かつてよく酌み交わした蒸留酒でも手土産にしてやろうか。
どうせ遅刻するという報せは入れているのだ。さらに少しくらい寄り道したって構わないだろう。
懲りない男の宮殿とは逆に向かうその思いつきが、またしても新たな修羅場の始まりとなるのだが——それはまた別のお話、次の機会に話すことにしよう。
<2009年3月22日>
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