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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「右翼弓兵隊、弾幕薄いぞ! 相手を休ませるな。目のいい”山の民”と同じ箇所に狙いを集中しろ。中央、左翼は戦線維持、前進。救護隊は移動後の陣地内に残された怪我人の回収を急げ!」

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 鉛色の空の下、藜の指示が凍える空気に響き渡る。この本陣ではよく通る声も、前線の喧騒の中では細部まで聞き取るのは至難の業だ。訓練された鼓手が符丁の太鼓を叩き、中央と左翼からは指示に応えるように低い角笛の音色が返ってくる。
 応じる『魔王』の側にも指示の変化があったようだ。向こうの合図は金物の喇叭の音だ。高く澄んだ指示に合わせて、陣形が密集し防御の態勢を整えていく。
「……やはり『魔王』はまだ到着していないようですね」
 藜の傍らで、瞳を細めたキヌアが呟く。
「魔法が撃てるなら攻め手の甘い右翼が真っ先に狙われるでしょうが。みすみす隙を見逃しての防御策など、彼のあの性格からして部下には絶対に許さないでしょう」
「そうだな」
 頷き返しながらも、藜は黒い土煙が上がる前線から目を離さない。
 あの早春の朝からもうすぐ一年が経つ。蓮を迎えに行く。ただひとつ、その目的の為に準備を整えた日々だった。
 蓮のことに関して、キヌアは頑として首を縦には振らなかった。グースフットからも依然明確な賛成が得られたわけではない。けれどただ一人、梓だけは手を惜しまずに協力してくれた。
 和睦か、討伐か。目的の違いはあれど、いずれ『戦士』が南に赴くことは最早必定だった。たとえ藜が南征の準備を急いだとしても、表立って止める理由は誰にもない。
 楝と兵をぶつけ合うことはもう避けられない。向こうにもこちらにも、退けない理由がある。だからこそ、負けるわけにはいかなかった。この戦に勝って初めて、楝との交渉の余地が生まれる。
 しかし未だに藜は楝を舞台に引きずり出せないでいる。
 兵を起こしたのは藜の方が先。しかし楝とて警戒を怠っていたわけではない。すぐさま反応はあった。
 整えたばかりの街道をこれまでとは段違いの速さで駆け抜けたおかげで距離は稼げた。しかし突貫で造った道はまだ完成には程遠い。半日で石畳の舗装は均しただけの土に変わった。それさえも二日で尽き、以前と同じように草の海を泳ぎ出して間もなくのこと。いつでも工事にかかれるよう、測量用の資材が積まれた空き地で『魔王』軍の第一陣と遭遇した。斥候を兼ねた部隊だったのだろう。初戦こそあっさり退いたものの、その部隊はじりじりと後退しながら後続兵力と合流し続け、時々踏みとどまっては防御する姿勢を見せている。今目の前にいる敵も、中心で指揮しているのは第一陣の面子らしい。
「まるで殿軍のような働きぶりですね」
 呆れ混じれにキヌアが溜息を吐く。彼らの狙いは楝が出てくるまでの時間稼ぎだと分かっている。だからこそ、その声にも少しずつ焦りが滲み始めている。
 文字通り道半ばの状態、それでも豊作の秋以降余裕のできた懐具合のおかげで、この機に『魔王』を討とうという意見で身内を纏め上げられたのだけがせめてもの救いだった。
 恐らくこれが最後の戦になる。逃げも隠れもできない征路、それゆえに藜は梓を本拠地の港街に留めようとした。女なのだから残れとか、そんな常套句通りの感情などではなかった。結局のところ、この戦は藜と楝の意地の張り合いにけりがつくことでしか終わらないのだ。そんな男どもの身勝手に付き合わされて、蓮のように心ならずも手を汚す娘をこれ以上増やしたくない。ただ、そう思ってのことだった。
 しかし梓は静かに首を横に振った。
「最後ばきちっと見んかったら、おらさ戦ばいつまで経っても終わらんっけ。あの子にももっかい会いたいしなあ」
 そう言った時と同じ表情のまま、梓は今も藜の隣で目を逸らさずに戦場を見つめている。今生きている時間から逃げたくない。何よりもその横顔が雄弁に訴えていた。
 既に征路は島の中央部を過ぎている。もうかなり南の港街に近づいているはずだ。単騎で駆ければ一日も掛からない距離、しかしその先へなかなか進めずに足踏みをしている。横手に見える大きな岩山のぎざぎざが、ここ数日ずっと同じ顔で聳えているのが忌々しかった。あんなもの、早く置き去りにして先へ進みたいのに。
 岩山の麓では真っ黒な泥仕合が繰り広げられていた。みぞれ混じりの雨雪はいつしか真っ白な牡丹雪となり、地に、人に降りかかった途端に別の色へと染め変わる。灰色と、白と、黒と、赤。
「魔法が来ない今のうちだ、進め!」
 風のいたずらだろうか、吹きちぎられたグースフットの声が遠くから聞こえてきた。それも束の間、あっという間につむじ風は向きを変えて、今はもう聞き慣れた剣戟と喊声と悲鳴とを鼓膜に置き去りにして吹き過ぎていく。
 魔法が来ない。
 魔法は来ない。
 祈るような思いで藜は空を見上げた。舞う綿のような大きな雪片がひとひらひとひら、黒鎧の上で水滴に変わっていく。凍りつかないのが不思議なほど冷たいその胸に、雪より白い溜息が落ちた。
 今、戦場に『魔王』を守る影武者の白装束は見えない。楝が、蓮が、来ていないから。瞼に蓮の寂しげな微笑が甦った。短く切った銀の髪では隠し切れない哀しみが、冷気よりも鋭く胸を締め付ける。
 逢いたい。
 けれど来ないでほしい。この地獄の底のような戦場には、もう二度と。
 ふいに何かが視界を横切った。咄嗟に目が追った先は、前方の丘に布かれた『魔王』の本陣よりもさらに向こう側。色は雪と同じ、しかし降り来る欠片とは逆にその白は斜めに、天へ向かって上っていく。
「狼煙……?」
 鼓手が撥を止めて目を細める。閃いた記憶は、別れの朝に手渡した大陸渡りの煙筒。
 ——見えたらすぐに駆けつけてやる。
 黒馬の手綱を引き寄せたのは無意識のこと、それでも心得たように相棒は嬉しげに嘶いた。
「全員伏せろ! 『魔王』が来る!」
 藜の声に我に返った鼓手が反射的に太鼓を叩く。腹に轟く音が、二回。梓が息を呑んで顔を上げた。すぐ傍らの、藜がいた場所にはもう誰もいない。黒鎧の重さを受け止める馬具の澄んだ響きだけが、冷気の中に置き去りにされる。咄嗟に制止しかけたキヌアの手を掠めて、黒馬は全速で前線へ向けて駆け出していく。藜に先駆けて伝わった音波が、人波に波紋を描いた。頭を抱え蹲る兵を追い越しながら、馬上の藜はただ一人空を見上げて”茅”を抜く。
 ——蓮が、来る。



 こわい。
 こわいよ。
 そらからたくさん、しろくてつめたいかけらがおちてくる。わたしにふれて、みずになる。
 きいたこともない、こわいこえがする。おおきなおとも。たくさん、たくさん、かこまれてる。
 あかざはなんで、こんなところにいるの。
 ねえ、かえろうよ。
 わたしがうまれた、かやぶきのいえへ。
 れんといっしょに、くらすんでしょう。
 れんと、あかざと、かやぶきのいえと……ともだち、っていうのかな? ふたりと、いつもいっしょにいるひとたちと。
 わたしはみんなをまもる、しゅごしんだから。まもれなきゃ、うまれたいみがないの。
 こんなこわいところじゃ、まもれないよ。だから、ねえ。かえろう? あのあたたかい、たきびのそばへ。
 
 ……あれ。
 なつかしいにおいがする。
 れんだ。
 わたしとおなじ、まほうのにおい。
 うまもきづいたみたい。わらってる。
 あかざは?
 そらをみている。
 うれしいの? かなしいの? いまにもなきそうな、よこがお。
「全員伏せろ! 『魔王』が来る!」
 ああ、わかってくれてる。あかざも、れんがくるのを。
 よかった。うれしいな。ねえ、もうすぐあえるよ。れんとあかざ。よかったね。よかったね。
 うまがはしりだす。れんをむかえに。たちどまって、すわりこんだみんなをおいこして。はやく、もっとはやく。
 あかざのてがわたしをにぎりしめる。つよく、つよく。
 ——いたいよ。そんなにつよくつかんだら、こわれちゃうよ。

 くうきが、かわった。
 れんのにおいが、そらいっぱいにあふれてる。ぴりぴりとちいさなものがぶつかりあってる。これはかみなりのあいず。れんが、かみなりをおとそうとしている。
 あかざがわたしをぬいた。やいばにうつるそのかおは、まっすぐにそらをみあげている。
 ——なんで? なんでれんは、あかざにかみなりをうつの? なんであかざは、れんにかたなをむけるの?
 わからない。わからないよ。
 でも、わたしはしゅごしんだから。まほうからあかざをまもるためにつくられたんだから。
 まもらなきゃ。みんなを、かみなりから。
 でも、どうやって?

 くもが、うなりはじめる。うまがみみをふせた。そのとたん。
 そらがまっしろにひかった。れんのかみなり。
 あかざがわたしをそらへとかざす。どろどろのまっくろななかで、たったひとつだけひかるわたしのからだ。ともだちをみつけたみたいに、かみなりがわたしめがけておちてくる。
 うでをのばして、わたしはかたなをぬぎすてた。しろいいなびかりを、れんとおなじぎんいろのかみがはじきかえす。きれい。
 わたしはれんのこころ。あかざを、みんなを、まもりたいとおもうねがい。
 うでをひろげて、かみなりをうけとめる。だいじょうぶ。れんが、れんのこころをこわすはずがない。だから。
 かみなりはすこしだけあばれたけれど、すぐにおとなしくなった。わたしをきょうだいだと、わかってくれたみたい。ちょっとのあいだだけかんがえるようにばちばちとおとをたてたけど、すぐにわたしのむねへとすいこまれていく。あとにのこったのはぴりぴりしたくうきと、しろくてつめたいかけらだけ。おなじくらいしろいはだや、ぎんいろのかみを、かけらはなにもないばしょみたいにとおりぬけて、どろどろのなかへとおちていく。
 まるでわたしなんて、いないみたいだ。
 このかけら、いやだよ。こころがなきゃ、ひとはひとじゃないのに。
 こわいよ。
 さむいよ。
 れん。
 かみなりがきえたとたん、うでが、ゆびが、かたちが、ゆれた。いまわたしのあしもとでうずくまっているひとと、なにもかわらない。ふるえてる。
 めが、れんをみつけだした。さがさなくてもよかった。だって、わたしのまえにたっているのはれんだけだったから。
 どろどろのなかにひざをついて、あたまをかかえたたくさんのひと。あかざのみかただけじゃない。れんのそばでも、さっきまでたたかってたひとは、だれひとりたちあがってなんかいない。いちばんたかいところにいるひとに、かみなりはおちてくるから。
 うしろのあかざと、まえのれん。いまここでたっているのは、ふたりだけ。
「蓮」
 あかざがよぶ。ちいさな、ちいさな、こえ。
 かぞえきれないほどたくさんのあたまのむこうで、れんはこっちにゆびさきをむけている。そらからみると、ああ、どうしてこんなにふたりはとおくにいるんだろう。いま、ふたりはほかのすべてをひざまずかせて、ここにたっているのに。
 ねえ、れん。はやくこっちにおいでよ。
 みて。けがをしたひとはだれもいないよ。わたし、かみなりからみんなをまもったよ。れんのねがいをかなえたよ。しゅごしんに、なれたよ。
 だから、こんどはれんがわたしのねがいをかなえて。
 いっしょにかえろうよ。わたしがれんとあかざをまもるから。れんのかみなりをとめられるなら、ほかにとめられないものなんてなにもないよ。
 れんが、かおをあげた。わたしをみて、ずきんのなかのあおいめがびっくりしたみたいにおおきくなる。けれどそれはすぐに、うれしそうなえがおにかわっていった。
 ああ、わかってくれた。れんが、れんのこころが、まほうからみんなをまもったんだよ。
 れんがずきんをとった。わたしとおなじいろのかみがこぼれる。かみ、のびたね。かたにとどくくらい。ねえあかざ、みてる? れんも、やくそくをまもったよ。

 れんのうでが、となりのひとにひっぱられた。おなじふく、そっくりなかお。れんのおにいちゃんだ。れんがまもりたいとねがった、もうひとりのだいすきなひと。
 みんなをまもる。それがわたしのやくめ。だけど。
 おにいちゃんがなにかいってる。あたしをゆびさして、すごくおこってるみたい。けれどそのかおは、とても、とてもかなしそうにもみえた。もういちど、こんどはれんのかたをひっぱった。いまにもれんがたおれてしまいそうなくらい、つよいちから。
 やめて、れんにひどいことをしないで。
 こえなんてきこえなくても、いってることはわかる。
 ——わたしを、けせって。
 そしてあかざを、たおせって。
 れんはくびをよこにふる。おにいちゃんのかおは、もっとかなしそうになる。なんどもうでがひっぱられる。そのたびにれんのかおがやさしくなっていく。わらって、いく。
 うまがないた。あかざをのせて、しろいかけらがおちるなかをはしっていく。わたしのあしもとを、おいこして。
 おにいちゃんも、なきそうなかおだった。らんぼうにれんのうでをはなして、そのままひだりてをふりあげる。たたくつもりだ。あかざがいきをのむのがきこえた。
「——蓮!」
 よくひびく、あかざのこえ。とどいたのかな。とおく、とおくむこうで、れんはたしかにこっちをむいてわらった。
 とても、しあわせそうに。
 なのに。
 そらにのこっていたまほうが、かみなりにかわった。おにいちゃんのうでがふりおろされるより、すこしだけはやく。
 まってよ、れん。ひかりになんておいつけない。わたしとれんは、とおすぎる。
 いっぱいにのばしたゆびのむこうで、そらがまっしろになった。なにもかもをおおいつくしたかみなりが、たったいっぽんのひかりになっておちていく。
 ——れんへ、むかって。



 光が戦場を薙ぐ。
 身を竦め、居合わせた者は一様に息を止める。そこには上役も末端もない。魔法の前では、皆がただの無力な人間となる。
 ここは最前線、敵陣に一番近い場所。戦局の大勢を見て取るには少し近すぎるが、相手の顔かたちならどこよりもつぶさに見て取れる場所に今、グースフットはいる。最初の雷が鳴る直前、上目に確認したのは確かに『魔王』の白装束だった。戦場を俯瞰できる正面の小さな丘の斜面、傍らには今はもうただ一人となった影武者——蓮を連れて。『魔王』は蓮の肩を掴み、何事かを強く指示しているように見えた。
 この期に及んで、まだあの娘を利用するつもりか。己の妹を。藜の、『戦士』の大将の、最大の弱点を。
 喉元を過ぎた恐怖の隙を衝いて、抑えようのない怒りがこみ上げてくる。
 てめえが守ってやらなきゃならん相手じゃないのか。妹だろう。
 しかし素顔をあらわにした蓮は首を縦に振らない。穏やかな微笑さえ浮かべて、兄の、『魔王』の指示に逆らう。
 ああ、だから女は分からねえってんだ。大将、俺は何度も気をつけろって言っただろう。か弱そうに見えて、腹を括った女ほど強いものなんてありゃしない。そんなの梓を見てりゃ分かるだろう。いい加減あんたとは腐れ縁だけどな、今回の一件は多分今までで一番の我侭だろうな。しかもあんたにしては珍しい色恋沙汰ときた。俺にとっては得意科目だ、援護してやりてえのはやまやまだが、やっぱり相手が悪すぎる。あの『魔王』様に面と向かって逆らう娘なんて、俺は絶対に御免だ。
 だけど、あんたは。
「——蓮!」
 やっぱりな。諦めねえんだろ。そうだ。それでこそ、俺たちの大将だ。
 自然と頬が緩んだ。寒さと恐怖と怒りとに縮みきった手足に力が戻って来る。
 俺の役目は常に先陣を切って大将の露払いをすること。だからよりにもよって『魔王』との戦いで、あんたに先を越されるわけにはいかないんだよ。
 肺が空っぽになるまで息を吐き出し、地を踏みしめたその刹那。
 二度目の光が空を薙いだ。
 意思など関係ない。反射的に身を伏せる。竦めた首の上を、びりびりと電気と音波が駆け抜けていく。『魔王』の怒りが過ぎ去るのをただ待つだけの、この時間。がたがたと勝手に震える右手を、無理矢理剣の柄に押し付ける。
「畜生が……」
 何度ぶつかってもこの恐怖には慣れない。得体の知れない力が自分に向かって撃たれるという、肌で直に感じる不気味さ。ちっぽけな矜りなど消し飛ばしてしまう、圧倒的な力の差。
 もう二度とこんな思いはごめんだ。だから今度こそ、終わりにしてやる。
 頬に冷たいものが触れた。名残の牡丹雪がひとひら、ひとひら天空から落ちてくる。——雷雲は過ぎた。
 がばりと身を起こす。見上げた空に翻るのは銀の帳。思わず目を奪われる。鉛色の雪雲が、薄く輝くものの向こう側に透けて見えた。長く豊かなそれはどうやら髪の毛のようだ。その先を辿ると、宙に浮かぶ少女の剥き出しの背中に行き着いた。肩越しに見えるのは、見間違いようもなく蓮と同じ面影。見知ったそれより幼い横顔が震える腕をいっぱいに伸ばして、左手をかざした白装束との間に立ち塞がっている。まるで『魔王』の手から撃たれる魔法から皆を庇うかのような、その後姿。
 理屈ではなく体が理解した。帯電の薄れた空気を褐色の肌が、黒い雷雲が鉛色の雪雲に刷き変わるのを若葉色の瞳が、遠ざかる残響を研ぎ澄ませた聴覚が、成された事実を捉えて脳髄へと叩き込む。
 ——守られた。俺たちは、この細い腕に。
「野郎共、立て! こんな戦、とっとと終わらせるぞ!」
 守るべきもの。形は違えど、人の子ならばそう思えるものは大きく変わらないはずだ。
 蓮は『魔王』から『戦士』を守った。
 なのに蓮の兄は何をした。守るべき妹をこんな最前線にまで引きずり出して、駆け引きの道具にして。そんな事態を止め切れなかった藜も。もっともらしい題目を並べて見ていることしかしなかったキヌアも、自分自身も。
 悔しくて堪らなかった。何より己の不甲斐なさを噛み殺して、空を仰いだまま剣先を『魔王』の軍勢へと向ける。
 湧き起こる鬨の声に、弾かれたように少女が振り返った。今にも泣き出しそうに不安げだった表情が、真っ直ぐに見上げるグースフットの目線を受けてひどく戸惑ったような色を浮かべる。次の瞬間、少女の姿はたちまち白銀の粒子になって消えていった。その儚さはあまりにも、あの娘にそっくりで。
 藜を守る。眼前で確かに示された、蓮の意志。
 取り返さなければ。あの華奢な背中を、今度こそ藜の腕で守ってやる為に。
 蓮の勇気に報いる手段は、最早それしか思い浮かばなかった。
 彼方に見える白装束を睨み据える。
 もう利用などさせるものか。弱点、大いに結構。『魔王』様はどうだか知らないが、生憎うちの大将は普通の人間だ。弱さを持たない人間になど、俺はついていく気になど到底なれない。
 眇めた視界はしかし、すぐに違和感を訴える。
 『魔王』は独りだ。中途半端に左腕を上げたままの格好で固まっている。——傍らにいたはずの、蓮の姿がない。
 慎重に『魔王』の照準を探る。二度目の狙いはどうやら『戦士』の陣営ではないようだった。左手の先が示していたのは先程まで蓮がいた場所。指し示されたぬかるみの地面に、黒々と焼け焦げの跡だけが残されている。『魔王』の装束よりもなお白く、一筋の煙がたなびいて風の中へと散っていった。ちょうど人ひとりが収まるくらいの、その空間。
 一瞬、思考が空白になる。真空になった心に、渦を巻いて押し寄せてきたのは抑えきれない怒りだった。
「野郎……!」
 消したのか。意に沿わなかった、自分の妹を。
 あまりにも強く突き上げてきた感情のせいで視界が揺れる。咄嗟に探った傍らの鹿毛の手綱を取り落としかけるほどに、手が震えている。一息に鞍へと飛び乗った。鹿毛の腹を蹴ろうとした、その瞬間。
 黒い風が脇を駆け抜けた。
「——大将!」
 考えるより先、腕を伸ばす。辛うじて届いた指先が漆黒の籠手を掴んだ。藜は止まらない。グースフットなど目に入っていない様子で、ただひたすらに『魔王』を目指して黒馬に拍車を入れる。黒馬より体格の良い鹿毛がたたらを踏むほど強くがむしゃらなその力に、グースフットの方は逆に少しだけ冷静さを取り戻した。
「落ち着け、無茶だ! 撃たれるぞ!」
「知ったことか!」
 腕を振り払い、藜は黒馬にさらに鞭を入れた。
「蓮——!!」
「馬鹿野郎!!!」
 振り払われた勢いのまま、グースフットはすり抜けようとする黒鎧の襟首を後ろから掴み取る。そのまま斜め後ろに思い切り引き倒した。たまらず落馬した藜の重みに引きずられ、グースフットも鹿毛の背から転がり落ちる。鞍に括りつけてあった黒兜がぬかるみに跳ねた。首根っこを捕まえたままの腕を振り払おうと藜が暴れる。勢いのままに繰り出される頭突きを胸当てが騒がしく受け止めた。生身の攻撃など、当然グースフットにはまったく効かない。たまらず剥き出しの額を押さえた藜の肩を膝で押さえつけ、その頬を手加減なしに殴りつける。
「分からねえのか! あの娘っ子が守ろうとしたのは他でもねえ、お前とあのろくでなしじゃねえのか! そのお前が無茶苦茶やって無駄死にしてどうする! しっかりしろ!!」
「じゃあどうすればいいんだ! あんな——」
 途切れた先は、言葉にならなかった。
 人ひとりがちょうど収まるくらいの、跡形もない焦げ跡。綺麗に消し飛んだその空白はまるで、蓮という娘などはじめから存在していないと主張しているかのように見えた。あまりにも無慈悲な、『魔王』の鉄槌。
「グースフット。俺は魔法が憎い。——『魔王』が、憎い」
 額を押さえていた右手はいつしか顔全体を覆っていた。低い呟き声と共に震えるほどに強く、左手は長刀を握りしめている。
「どうして。どうして、蓮が——」
「……それ以上言うな。言わなくていい」
 黒塗りの鞘と鎧が立てる、細かく澄んだ音色だけが場違いに綺麗だった。目線のやり場を失い見上げた空から、雪はとめどなく降り続いてくる。先程皆を庇った娘の姿は、もう虚空には見えなかった。
 こんな時にこそ、全てを終わらせる雷が戦場を薙ぎ払えばいいのに。そうすれば藜もグースフットも楽になれるだろうに。『魔王』は何をしているのだろう。魔法を撃つこともなく。妹を、守るべきものを、失って。
「馬鹿野郎が……」
 歯を食いしばって嗚咽を堪える藜か。雪の中にようやく響き始めた慟哭の源にいる『魔王』か。それとも、何もかもを残して消えてしまった蓮なのか。
 誰へ向けた呟きかなど、グースフット自身にも分からなかった。
 


 戦後交渉はそれまでの経緯の縺れが馬鹿らしくなるほど順調に進んだ。
 『戦士』と『魔王』双方の指揮官がこれ以上干戈を交えることを望まなかったため、という至極消極的な理由ではあった。しかしあの雪の日に何か大切なものが失われたことは、その場にいた誰もが肌で感じていた。
 この島の行く末を変えてしまうような、途轍もなく大きな喪失。
 あの後はとても戦えるような状態ではなかった。
 二度の魔法、その直後の司令官たちの戦闘放棄。突然途切れた指示を訝しく思う余裕など誰にもなく、兵たちの中にもしばらくその場を動く者はいなかった。
 『魔王』の兵には魔法が効かない、という事実が。
 『戦士』の兵には魔法から守られた、という実感が。
 そして両者ともに、それを成したのが年端もいかぬ少女の姿をしたものであったことに深い衝撃を受けていた。
 『魔王』に逆らう影武者を。『戦士』を守った、細い腕を。
 確かに見た。けれど今はもうどちらも跡形もない。一度きりの庇護。あれが『戦士』の味方だと言い切るにはあやふやで、けれど幻だと断言できる者は誰もおらず。
 思い出したように鳴らされた退却の合図にひとまず撤収したはいいものの、二つの陣営は前進も後退もしない。白黒つけがたい気持ちのまま、ただ呆然とそこに留まり続けているだけだった。
 それでも二日目には司令官たちが和平交渉を試みているという噂が流れ始めた。事実、遠くはない両者の陣営を頻繁に往復する騎影があった。その馬を見た『戦士』の兵たちは、噂が信じるに足る根拠を持っていると判断した。
 馬の色は、草の海によく映える鹿毛だった。



 最後の戦いの場となった丘を見上げる位置に、急ごしらえの天幕が立ち並ぶ。あの日以来めっきり無口になった藜に、『魔王』からの書簡を手にしたキヌアが事後処理の細々した素案を提示する。ひとつひとつに藜が頷いたのを確認して、梓が決済された書類を仕分けする。纏められた書類箱を向かいの陣営に届けるのはグースフットの仕事だ。
 『魔王』の方にも、表面上は大きな変化はなかった。
 元々、蓮は隠された存在だった。だからグースフットが接する末端の兵士や事後処理担当官は彼女の存在自体を知らないのだ。その意味では変化のしようがない。
 しかしあの日居合わせた者は、誰もがその存在を感じている。たとえ彼女が確かに生きていた、その姿を見てなどいなくとも。
 そしてグースフットは、藜は、『魔王』は、知っている。あの日、皆を守り切った腕の持ち主を。この場所で、永遠に失われた娘の名を。
 たった四日前のこととは思えないほど、既に最後の戦いは遠くに感じられた。あの時空に見えた背中は結局何だったのか、グースフットは知らない。知ろうとも思わない。ただ、あれが確かに蓮の意志を映したものだったとさえ了解していればいい。それ以上は自分の踏み込む領域ではないと思うだけだ。
 未だ完全な和睦が成立する前とはいえ、かつてのようにぴりぴりと睨み合っているわけではない。そう。何よりも変わったのは空気だった。『戦士』との正式な話し合いを明日に控えた今、必要な書類を届けに訪れた『魔王』陣内の雰囲気は交渉当初と比べて随分と緩まっているようだった。
「あんた、こりゃ本当かい?」
 ここ数日ですっかり顔馴染みになった処理担当官が素頓狂な声を上げた。手にしているのは封を切ったばかりの用向書、今回そこに書かれているのは『戦士』と『魔王』との間でこれから交わされることになる約定の概要だ。書類の起草者を示す頭の『魔王』の印、そして末尾に捺された『戦士』の印。両者が既に了解済みであるという意味を持つそれらの印影を何度も確認してから、担当官はぐっと声を潜めてグースフットに顔を寄せた。
「ひとつ、『魔王』と『戦士』は互いに干渉せず南北それぞれの港町を統治すべし。ひとつ、『魔王』と『戦士』の血に連なる者は二つの街を行き来するべからず……こりゃ、和平というより島の中での棲み分けじゃないか。一体上は何を考えとるんだ」
「さあ。難しいことは俺も分からん」
「しかしお偉いさんはこの島を統一するために戦っとったんだろう。こんな合意で納得できるなら、あの戦は一体何だったんだ」
「……はは。色々あるんだろうさ、お偉いさんにもな」
 そう。知らなければ、こういう時に上手く空とぼけることもできる。
「とにもかくにも、当面この島から戦がなくなるのは確実だろう。だからまぁ、それでいいんじゃねえのか」
「しかしなあ」
「何も潰し合うだけが道じゃないさ。それにお前さん、一番大事なところを読み飛ばしてるぜ。ほれ、最後の一文だ」
 グースフットの指先に示されて、担当官は目を細めてその細かい文字の羅列を読み上げた。
「おっ、本当だ。なになに。港町以外の島の土地の統治に関しては『魔王』が一切の責任を負うこととする。但し——」
 担当官の声が上ずった。但し書きのそこでだけ、筆跡が変わるのをグースフットは知っている。紙を抉らんばかりに深々と刻み込まれたその一文を、並べられた几帳面な文字と共に脳裏に思い起こす。約定はほぼすべて『魔王』からの要求そのままの内容だった。読み上げられるそれを頷いて聞いていた藜が最後の最後に、たったひとつだけ追加を指示した一文。眉間に皺を刻みながら、頑固者の軍師がここだけは譲らないとばかりに書き加えたそれを、担当官の震え声が読み上げる。
「但し『魔王』が道を誤った場合、『戦士』は刃を以ってそれを糺すこととする——あんた、これは」
「言っただろ? 相克だけがただ一つの答えじゃない。あいつらは刃一枚を隔てて共存することを選んだんだ。ひょっとするとそれは、まともに潰し合うよりよっぽどキツいことかもしれんのにな」
 椅子の足を蹴って、グースフットは立ち上がった。
「お互い我侭な上司で苦労するな。ま、当人同士をご対面させてこいつを正式に承認させちまえば、俺もあんたも晴れて御役御免だ。頑張ろうぜ」
 なおも引き止めようとする声にひらひらと背中越しに手を振って、グースフットは天幕の出口を潜る。冬の空は晴れていた。雲ひとつない、銀色がかった薄い青。その色を見れば、思い出すつもりなどなくても思い出す。グースフットでさえそうなのだ。
「早く明日になるといいな」
 結わえた手綱を解く手に鹿毛が鼻を寄せる。主人の呟きに応えるように、低い嘶きが澄んだ大気を震わせた。




 翌朝、会見場に先に着いたのは『戦士』の方だった。両者の陣営のちょうど中間に『魔王』側が用意した天幕がぽつんと張られている。中を覗いてみると簡素だが重量のありそうな机がひとつと、向かい合わせに置かれた椅子が一対あるだけだった。
「何だよ、俺たちは立ちんぼか?」
「いいじゃないですか。『魔王』様と同席なんて僕はごめんです」
 それぞれ勝手な感想を述べるグースフットとキヌアの背中を、梓が押す。
「なんでもいいっけ。あっちばはんこだけもらえば良がったんだから」
 いつもと変わらない仲間のやりとりを藜は無表情のまま受け流す。彼らの気遣いは素直に有り難いと思う。けれど感謝を形にするだけの余裕は、まだ持つことができなかった。
 ほの暗い天幕の中で待つことしばし。ほどなく外から馬の嘶きと、車軸の軋みが聞こえてきた。
「——? 馬車で来たのでしょうか」
 訝しんだのはキヌアだけではない。あの葦毛は怪我でもしたのだろうか。
 グースフットの右手がさりげなく剣の柄に置かれた。藜も机に立てかけていた長刀を左手に携える。武器のない梓とキヌアを背で庇うように立ち位置を調整しつつ、グースフットと二人、入り口へと向き直る。
 幕越しに人が立つ気配がした。見えない景色を慎重に探る。向こうにいるのは一人——二人?
 ばさりと音を立てて、実に無造作に入り口は開けられた。顔を覗かせた担当官が、天幕に満ちる緊張感にぎょっとしたように身を反らせる。
「えー、これはどうも……そちらは皆様お揃いのようで」
 言葉だけは如才なく、けれども口調は棒読みのまま担当官は天幕に足を踏み入れた。そのまま入り口の幕を支え、向こうにいる人物を招き入れる。
 改めての紹介など必要ない。切り取られた光を潜った白装束を認めて、藜もグースフットもひとまず得物から手を離す。
 しかし。
「……どういうつもりです」
 斬りつけるような声はキヌアのもの。直接言葉を向けられた白装束よりも、傍らに控えた担当官の方が胆を冷やしたらしく、ひっと小さく悲鳴を上げた。
 藜は無言で白装束を睨みつける。縮こまった手足、曲がった背中。深々と下ろされた頭巾のせいで今はまだ容貌は窺えない。それでも目の前の人物は見知った『魔王』の姿とは、蓮の面影とは、あまりにもかけ離れていた。軽く肩を突くだけで倒れてしまいそうな、こんな足元も覚束ない小さな老人が『魔王』など。
「案ずるな。この期に及んで影武者を使うような真似はしない」
 地を這うようなしわがれた声。しかしその高圧的な口調には確かに聞き覚えがあった。大儀そうに藜の正面に用意された椅子に腰掛け、老人は担当官を追い遣るように鋭く手を振る。
「行け。終わったら呼ぶ」
「は、しかし」
「邪魔だ」
 言われて担当官は困惑の色を浮かべながらも素直に一礼して天幕を出て行く。大きく息を吐いて『魔王』を名乗る老人は正面に並んだ『戦士』の面々を見渡した。
「見覚えのない者もいるな。褐色の車右はいいとして、他は誰だ」
「軍師と、許婚だ」
 ふん、と鼻を鳴らす『魔王』に藜は問い返す。
「そちらには立会人はいないのか」
「あいにくこちらに紹介するような身内はいない。妻もな」
 頭巾の奥、刃のように鋭い青い眼差しが藜を睨みつける。そこには確かに、記憶の中の楝と同じ苛烈さが潜んでいた。
 改めて藜は目の前の『魔王』を見据える。蓮の力を己の利害のため利用し続けた男。同時に、生まれた時から共に過ごしてきた兄でもある男。彼にとっても、蓮の葬失は重すぎる衝撃だったのだろう。たった数日で、こんなにも姿を変えてしまう程に。
 言ってやりたいことは山ほどあったはずだった。しかしこの姿を見た後では、藜の側も気力が殺がれてしまっていた。
 もしかすると、この深い喪失感を共有できるのはお互いだけなのではないだろうか。そんな思考さえもが脳裏にちらついて、慌てて打ち消した。
「傍付の奴隷には暇を取らせている。今朝産気づいたそうでな。まったく、肝心な時に使えない」
 藜と同じような思考経路を辿ったのだろうか。無理矢理会話を打ち切るように、楝は矮躯をさらに屈めて顔を俯けた。再び青い目線は頭巾の奥に隠れて見えなくなってしまう。
「早く終わらせるぞ。貴様の顔など二度と見たくない」
「それはこっちも同じだ」
 白装束の中から乾いた笑いが洩れた。何十年分にも値する慟哭を越えて嗄れ切った声が、天幕の薄闇を揺らす。
 聞かないふりで藜は席に着き、用意していた書面を机に示した。
「署名と捺印を」
 哄笑がぴたりと止んだ。鋭い一瞥が藜と傍らの”茅”に向けられる。
「その刀さえなければ、すぐにもこの手で斬り捨ててくれるものを」
 挑発には乗らず、藜は無言のまま書類を手許に引き寄せ『戦士』の欄に自分の名を書き込んだ。改めて差し向けられた書面と筆に、観念したかのように楝が手を伸ばす。かつて刃を合わせた時に見たものとはあまりにも違う、干からびて節だけが目立つ手の甲だった。
 短い署名が完成するのを待つ間、藜はふと目線を天井へと向けた。何気なく見遣った闇の奥、淡く光る銀色の光に思わず息を呑む。
 輝くほどに白い頬。流れるように長い銀色の髪。屈めた楝の背中を見つめる涼やかな銀青の瞳、蓮と寸分変わらぬ整った面影。あの日戦場に現れた少女が、天幕の中空の濃い闇の中にぼんやりと浮かんでいた。
 凝視する藜の目線に気づいたのだろうか。少女は顔を上げた。藜と視線が交わった瞬間、その顔には哀しみと困惑が入り乱れた表情が浮かぶ。
 ——どうして。
 震える唇が紡いだ言葉は空気を震わせることなく、藜の心を直に穿った。
「……藜さん?」
 思わず立ち上がりかけた藜を、訝しげな梓の声が辛うじて引き止める。楝が署名しているこの瞬間に席を立つことなどできない。最大限の自制で、震える膝を椅子へと押しつける。視線だけで見上げた先に、もう少女の姿は見えなかった。
 ことさらゆっくりと署名を終えた楝が筆を擱く。
「これで用は済んだな」
 放り出すように楝が示した書類の上には『魔王』と『戦士』、決して並立しないはずの名前が並べられている。それは大切な何かが永遠に失われてしまった分、いびつに歪められたこの島の姿そのものだった。
 守りたかったもの、守れなかったもの。
 成したかったこと、成せなかったこと。
 どこで、どうして間違ってしまったのだろうか。
 少女の問い掛けだけが、藜の耳に焼きついて離れなかった。この先自分に残された時間の中、決して忘れえぬ場所に刻まれたその疑問。
 未だ来ない時間のどこかで、この問いに答えが出る日は来るのだろうか。いつかこの島の歴史の、どこかで。


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<予告編>


長い夢を見ていた。
ひどく儚い、硝子細工のような夢を。
漆黒の瞳が見上げる空は、
幾世代を経ようとも同じ色ですべてを包んでいた。

創国の雪の日、
皇帝誕生の王都下り、
そして今日、皇帝軍出帥。
”茅”が戦場へと持ち出される、三度目の朝。

破魔刀は煌びやかに過去と未来を映し出す。
出陣に臨む父子の横顔は、
それぞれに癒えぬ哀しみの刃を宿していた。

『DOUBLE LORDS』転章14、
そんなたった一言を、言わないのか。
——言えないのか。


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