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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 中立地帯の夜は長い。

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 灯火と月光を集める水晶細工が夜を照らす王宮とは違い、ここではすぐ隣に深い闇がある。レンギョウが襟元をかき寄せたのは、日没と共に下がった外気のせいだけではない。
 今、国王軍は中立地帯のほぼ真ん中にいる。自警団の本拠地を横目に過ぎたのが三日前のこと。王都を出てから、既に五日が過ぎていた。
 王都と皇都は、早馬ならば三日で走破できる距離だ。速度の落ちる大所帯でも、五日もあればもっと皇都に近い位置に進んでいてもいいはずだった。
 進軍速度が遅いのはレンギョウの指示だった。この遠征は皇帝を攻め滅ぼすためのものではない。街道沿いにゆっくり国王軍が進む。その間、周囲に広がる草原に点在する村々を自警団が回り国王軍への参加を促す。参加を決めた者は適時、街道の国王軍と合流する。そうして膨れ上がった中立地帯の総意を皇都に見せつけ、皇帝を話し合いの場へと引きずり出す。
 戦略の概要はシオンの発案だった。出発の朝に暁の露台で告げられたその提案は、犠牲を最小限に止めたいレンギョウの思惑とも一致していた。
 方針が定まれば、それを実行するのがレンギョウの仕事だ。
 出立の壮行式でレンギョウはその場に集った全軍に告げた。
「皆、己の身を守ることを最優先に考えよ。たとえ戦士と遭遇したとしても、いたずらに干戈を交えるな。王都の民も、中立地帯の者も、皇都の眷属も、皆同じこの国に住む者だ」
 ただでも兵士の士気は高い。彼らの戦意を煽る文句なら幾らでも思いつく。確実に皇帝に勝つつもりならば、相手への敵意を高め、それを肯定する言葉を言うべきだというのも分かっている。
 だがレンギョウはその一言がどうしても言えなかった。まだ幼い面影を残した皇子の最期の顔が脳裏に浮かぶ。たとえ譲れない目的のためであろうとも、彼が死ぬべき理由にはならない。戦士の血を引く者であっても、生きていてほしかった。
 死んでも構わないと思える人間など、この国にはいない。
 アカネの顔はいつしか、良く似た面差しのそれに変わっていた。アサザと過ごした一昼夜。それが今の自分にとってどれほど大きな記憶であることか。
 再び友と呼ばれなくとも良い。人として、国王として、大事なことを教えてくれたのがアサザである事実は変わらないのだから。
 やりきれない想いを胸に北の空へと目を向ける。今宵の月はまだ昇っていない。月も太陽も隠れた天空は、深い闇だけを抱いて頭上を覆っていた。
「レンギョウ様」
 背後からの声に振り返ると、白銀の鎧を纏った近衛兵が恭しく頭を垂れていた。
「お食事の用意が整いました。どうぞ天幕にお戻りくださいませ」
「分かった」
 頷いてレンギョウは踵を返した。寝所も兼ねる天幕はすぐ目の前だったが、入り口を潜る直前にふと足を止める。怪訝そうに振り返る近衛兵に小さく苦笑を向ける。
「……何、兵たちがやけに賑やかだと思ってのう」
 成程、宵風に乗って切れ切れに聞こえてくるのは陣中の喧騒だった。レンギョウと同様に夕飯の支度ができたのだろう、食事時に独特のざわめきが簡素な柵を乗り越えてこちらに流れてくる。
 柵に目を留めたレンギョウの口の端に浮かぶ笑みが苦さを増した。高貴なる国王を守るための仕切り。しかし最近ではそれが民との間の越えがたい壁に思える。隔離されているのは外ではなく内——『聖王』レンギョウなのではないかと。
 考えても詮無いことだとは分かっている。レンギョウは小さく頭を振って黒い懸念を追い払った。
 今、シオンやススキといった主だった自警団の面子は国王軍への帰順を呼びかけるため中立地帯中の村々を回っている。彼らが集めてくれた中立地帯からの志願兵を取り纏め、預けられた自警団と正規国王軍を統率すること。それがレンギョウの今の仕事だった。先日の戦での勝利が効いているのだろう、合流する者は後を絶たない。毎日膨れ上がる人員を引き連れて、少しずつ皇都を目指して前進する。たったそれだけ、けれど多忙な日々だ。人数をかき集めている自警団員たちのためにも、自らの思い込みに悩む時間など取っている暇はない。
 天幕の頂上に翻る軍旗を見上げる。白地に暁の紫で縫い取られた連翹の花紋。明日もきっと、たくさんの志願者がこの旗を目指してやって来る。彼らの勇気に報いるためにも、自分の食事や休息は取れる時に取っておくのが最善だ。
 とりあえず今は用意された食事を片付けよう、そう思ったレンギョウが天幕へ向き直った時。
「国王陛下はおられるか。謁見を賜りたい」
 再び振り返った柵の向こうに幾つかの人影が見えた。周囲の近衛兵たちとは明らかに違う、絹の衣を纏ったそれらの顔はレンギョウにも見覚えがあった。
 先だっての戦で、イブキと共に配置した魔法部隊。魔法という特殊能力を喪いつつある貴族の中で、最後に遺されたたった五人の遣い手。彼らが揃って国王を訪ねてくるのは珍しい。食事中を理由に断ろうとした近衛兵を止めて、レンギョウは手ずから彼らを天幕に招き入れた。
 元がレンギョウ一人のための空間だ。訪問者全員と護衛の近衛兵、七人が入ると天幕は手狭だった。レンギョウの分の食事が卓上に用意されていたが、自分ひとりだけ食べるのも居心地が悪い。そこで人数分の軽食を運び込ませたものの、皿には誰一人として手も触れようとしなかった。小さく溜息を吐いて、レンギョウは卓越しに肩身を狭めて立ち尽くす貴族たちを見やった。
「おぬしらが急な謁見を望むなど今までなかったことだ。何かあったのか?」
 それまで黙っていた五人が目配せを交わし、意を決したように最も歳かさの男がレンギョウに目を向けた。
「畏れながら陛下。折り入ってお願いしたい由がございます」
「何だ。申してみよ」
 一度口火を切ると男は躊躇しない性質のようだった。続けられた言葉にも迷いがない。
「我々をイブキ殿の麾下から外していただきたく存じます」
 レンギョウは男の顔を見返した。男は淡々とした表情を繕っているものの、その口調には押さえ込んだ怒りが滲んでいた。さりげなく横に並んだ他の貴族の顔を窺うと、差はあれど皆同じような表情を浮かべている。
 これは長丁場になるやもしれぬな。
 静かに覚悟を決めて、レンギョウはわざとゆっくりと言葉を紡ぐ。
「そういえば軍の再編時にも、魔法部隊は左翼イブキ付から動かしていなかったのう。何か不都合でもあったか?」
「不都合はございません。ただ、あの者の指示を仰ぐのが嫌になった、それだけでございます」
「何故だ? 先だっての戦でも、大きな手柄を立てたではないか。おぬしらの魔法あってこその戦術であったが、イブキなしではあれだけの結果は得られなかったであろう」
 将帥にして第三皇子アカネの捕獲。初戦最大の戦果は彼ら抜きでは語れない。しかしそれを口に出した途端、貴族たちの顔に苦いものが走ったのをレンギョウは見逃さなかった。
「結果といえば結果でしょう。しかし我々はあのような卑怯な策など望んでおりませんでした」
 反射的に思い浮かべたアカネの顔を、無理矢理に打ち消す。結末は悔やみきれないが、そこまでの過程で下した決断までも悔いているわけではない。
「その卑怯な策を採ったのは余だ」
「陛下を責めているのではありませぬ。ただ我々は正々堂々と戦士と戦いたいのです」
 沈黙を守っていた貴族たちも、口々に意見を言い始めた。
「王都は百年待ってこの機会を得ました。万が一にも陛下の名声に瑕が付くような戦い方はしたくありません」
「自警団と手を組むのは致仕方ありませぬ。しかし腕が立つからといって何者をも受け入れるというのはいかがなものか」
「それにあの者、新参の兵たちと交流するという名目で酒樽を自分の天幕に運び込んでおります。あれは軍紀違反ではないのですか」
「ここのところ毎晩のことです。昨夜など酔った挙句に泥酔剣、などと騒いで醜態を曝しておりました。あのような見苦しい所作、同じ陣に居るのが恥ずかしくなります」
 新兵預かりの留守居役を任せたのが仇になったか。レンギョウが知らぬ間にイブキと貴族たちの亀裂は深まっていたようだ。
「しかし、あやつの実戦経験は貴重なものだ。利用できるものは利用せねば、皇帝とは戦えぬ」
「ならば何故、我らをあの者の下につけたままなのです。経験を活かすというのであれば、自警団の兵を振り分けた方が余程勝手を心得ているのではないですか。何せ元皇帝軍近衛隊長なのですから、兵の指揮はお手の物でしょう」
 思わず言葉に詰まる。改めて考えてみると、貴族である彼らがこれまで表立った不満を述べずにイブキの指揮下で働いてくれたことを褒めるべきなのかもしれない。恐らく配置当初から抱いていたであろう不満、それがきっかけを得た今になって噴き出したのだろう。
「……分かった。配置換えの件は考えておく。しかし編成変更となると自警団にも相談をせねばなるまい。いま少しだけ猶予をくれぬか」
 ようやく続けたレンギョウの言葉に、しかし貴族たちは顔を見合わせた。その場を満たす不穏な雰囲気。思わず上げたレンギョウの視線と貴族たちの悔しげな眼差しが複雑に交差する。
「このような時にまで自警団とは。コウリ殿の一件といい、陛下は我々貴族を一体どう思っておられるのか。我々はこれ以上、あのような下賎の者の元では戦えませぬ」
 皆を代表するように最初の貴族が言う。その他の者の無言は肯定と同義だった。失礼します、と告げて背を向けた彼らが退席するのを、レンギョウはただ見送ることしかできなかった。
 貴族をどう思っているのか。
 それはつまるところ、コウリをあそこまで追い詰めてしまった己の言動がかつてと何も変わっていないという意味なのではないか。
 これが国王軍の、『聖王』軍の内実。
 深い疲労を覚えて、レンギョウは卓に肘をついた。目の前にはすっかり冷め切った夕食が手付かずで並んでいる。無論もう手をつける気になどなれなかった。
 卓上の片付けを近衛兵に命じ、レンギョウは再び天幕の外に出た。冷たい夜風が澱んだ空気を払ってくれたが、身中に溜まった澱までは流してはくれない。
 貴族も自警団も戦士も、皆同じこの国の民とする。レンギョウが思い描くこの国の未来は、北の果ての皇都よりなお遠い場所で闇に沈んでいた。


***************************************************************


<予告編>


迫り来る国王軍。
日に日に膨れ上がるその姿、
しかし迎え撃つ皇帝側はなかなか足並を揃えられずにいる。

皇帝アザミの思惑、
副将帥ブドウの心情、
そして皇太子アサザの迷い。

膠着した現状を打ち破るのは、
刃を含んだ朗と響く声。

——破魔刀は我らの手に。

『DOUBLE LORDS』転章8、
会議の円卓を中心に、
物語の歯車は回されてゆく。


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