書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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王都から届いた報せに、アサザは耳を疑った。
聖王レンギョウが再び軍を挙げた。しかも挙兵時の演説で、レンギョウは皇都が目標だと明言したという。
立場は違えど、戦いたくないという気持ちは同じだと思っていた。願いにも似たその思いは、自分だけの一方的な期待だったのか。かつて友と呼んでくれた銀髪の面影に問いかけても、勿論答えなど返ってこない。
幾分緩んだとはいえ、冷気はまだまだ強い。深く長い溜息を吐いたそばから、息吹は白く天空へと上っていく。墓所を吹き抜ける風は身を切るように冷たい。
改めて考えてみればレンギョウと会ってからかなりの時が経っている。共にいた時間も、思い返せばたったの一昼夜。考えが分からなくて当然かもしれないと、今更ながらに思う。
そう。近くにいたとしても、自分以外の者の心など窺い知れないのだから。
脳裏に浮かんだのは父帝の冷たい横顔だった。つい先程目にしたアザミは、常と変わらぬ様子で淡々と執務を捌いていた。
まるで何事もなかったかのように。アオイが逝った日、見せた動揺が嘘であるかのように。
その姿に、アサザはますますアザミの内心が分からなくなっていた。
アオイの葬礼は十日前に行われた。廃太子の身ゆえ大々的なものではない。参列者はアザミとアサザ、それに必要最低限の儀仗官のみ。皇帝の長子のためとは思えぬほど質素で簡単な儀礼の後、その亡骸はアカネと同じ墓所に葬られた。
翌日からアザミは執務に戻った。皇帝がこなす仕事は雑多な上に煩雑な手続きを要するものが多い。それでもこんな時くらい他の者に任せても良いのではないか、などとつい思ってしまう。
続けざまに息子を二人、亡くしたのだ。
なのに休むでもなく、合間を縫って墓所を訪ねるでもなく。
葬礼の翌朝、皇帝が普段通り政務に当たっていると聞いて飛んできたアサザを一瞥もせずアザミは言った。
「使い物にならぬ者は要らぬ。普段と同じ働きができぬなら帰れ」
そこまで言われて帰る気になどなれなかった。どうせ部屋に戻っても”茅”が要らぬ幻を見せるだけだ。ここで書類の山に身も心も没頭してしまう方がどれだけましか知れない。
一心不乱に政務に打ち込み、文字の洪水に疲れると墓所へ来た。葬祭殿の奥にある、代々の皇族が眠る場所。昼なお底冷えのする石畳の上にただ立ち尽くし、アオイとアカネを呑み込んだ黒御影の扉を睨みつける。
外套も羽織らないアサザを見かねて、墓守が声を掛けてきた。この十日、同じことが毎日繰り返されている。すっかりかじかんだ手足を引きずって向かうのは兄の部屋だった。アカネを見送って以来、すっかり習い性になった行程。今もなお扉を守り続ける衛兵のシダに声をかけて、部屋に入った途端に倒れ込む。意識を手放す直前、頬に触れる床の冷たさにどうしようもない虚無感を覚えた。
やがて柔らかなぬくもりを全身に感じて目を醒ます。床の熱、古紙の匂い。反射的に兄の寝床に目を向け、そこが空っぽである事実を嫌でも突きつけられる。
優しい衛兵が自分のために暖を入れてくれたのだと、回り始めた頭がようやく思い至った。こみ上げてきた熱い塊をようやくの思いで飲み下す。皇子ともあろう者がこんなにたびたび泣き顔を晒していたのでは格好がつかない。
兄上は格好つけたがりだなぁ。
そんなアカネの茶々が聞こえてきそうだ。再び熱くなった目頭を押さえながら扉を開ける。
体裁を取り繕おうと努力した相手はしかし居眠りの真っ最中のようだった。明け方の寒い廊下に座り込み舟を漕ぐその姿に、自然と頭が下がった。
忠実な衛兵を起こさないよう、足音を殺して進む。自分の部屋の前を通る時、思わず息を詰めた。壁越しにカヤの嘲笑が聞こえたような気がしたが、頭を振ってやり過ごす。
あの刀から逃げているだけなのかもしれない。
そんな思いが頭をよぎる。否定はできない。だが今はどうしても”茅”と向き合う気にはなれなかった。
深い溜息が洩れた。また一日、アザミの黙殺を受けながら執務をこなさねばならないのかと思うと、さすがに憂鬱だった。
「随分お疲れのようですね。しっかりお休みになっていますか?」
横からかけられた声に、びくりと顔を上げる。いつの間にか公宮に近い区画まで移動していたらしい。皇帝の寝所に続く廊下と交わる角、ちょうど影になったところから溶け出すように人影が現れる。
「睡眠は健康の要です。たとえわずかでも良質な眠りを摂らねば、どんなに丈夫な身体でも保ちませんよ」
言いながら歩み出てきたのは生成りの外套を頭から被った男だった。腰に巻かれた革の帯には小さな布袋がいくつも提げられ、手にした籠からは乳鉢や匙といった道具が覗いている。空気にわずかに混じった生薬の匂いに、アサザは警戒を緩めた。
「なんだ、薬師か。こんな時間に出張か? ご苦労だな」
「いいえ、我々は求めあれば即座に赴くのが身上ゆえ。眠れぬ夜は誰もが経験する悩み、私の薬で救われるのであれば喜んで馳せ参じます」
「ははは、なかなか口上が巧いな。しかし一体誰だ、こんな夜中に薬師なんて呼びつけたのは。衛兵の誰かに急病でも出たのか?」
「いいえ、違います」
外套の下、隠された口元から小さく笑う気配が洩れる。
「だから言っているではないですか。眠りたくても眠れぬ哀れな御方に、薬を届けに参ったのだと」
す、と薬師が間合いを詰めた。その身ごなしがまるで病人を診察するかのように自然だったせいで、アサザの反応が一瞬遅れる。気がつくと薬師の顔が目の前にあった。目深に下ろした外套の奥、まだ若いその顔に軽い既視感を覚える。以前どこかで見たような。おぼろげな記憶が像を結ぶ前に、薬師の姿をした男は低い声で囁いた。
「皇太子アサザ殿下。お父上と同じ眠り薬を試してみる気はありませんか?」
「なっ……」
咄嗟に身体を引くアサザの肩を、薬師は構わず引き寄せる。その力は思いの外強い。先程より更に低い声が耳元に落とされた。
「国王軍が動き出したのはご存知ですね? レンギョウ様の目的は皇都ではありませんよ。目標はただひとつ——皇帝です」
「お前……」
レンギョウ。その名が記憶を探る手がかりになった。あの夜、中立地帯でレンギョウを捕まえた自警団の男。目の前の薬師と確かに同じ面影を持つ、その男の名は確か——
「申し遅れましたが改めてご挨拶を。アオイ様より情報部を預かっておりましたスギと申します。以後、宜しくお願いいたします」
どこか自嘲に似た微笑を浮かべ、薬師の姿をした間諜は深々と頭を下げた。
<予告編>
「下賤の者の元では戦えませぬ」
草原の夜に悲鳴にも似た声が響く。
たった一言を端緒に、
瞬く間に広がっていく抗議の言葉。
これが『聖王』軍の内実。
突きつけられた現実は容赦なく、
レンギョウの肩へとのしかかる。
『DOUBLE LORDS』転章7、
闇の向こうの皇都より、
この国の未来は彼方にある。
聖王レンギョウが再び軍を挙げた。しかも挙兵時の演説で、レンギョウは皇都が目標だと明言したという。
立場は違えど、戦いたくないという気持ちは同じだと思っていた。願いにも似たその思いは、自分だけの一方的な期待だったのか。かつて友と呼んでくれた銀髪の面影に問いかけても、勿論答えなど返ってこない。
幾分緩んだとはいえ、冷気はまだまだ強い。深く長い溜息を吐いたそばから、息吹は白く天空へと上っていく。墓所を吹き抜ける風は身を切るように冷たい。
改めて考えてみればレンギョウと会ってからかなりの時が経っている。共にいた時間も、思い返せばたったの一昼夜。考えが分からなくて当然かもしれないと、今更ながらに思う。
そう。近くにいたとしても、自分以外の者の心など窺い知れないのだから。
脳裏に浮かんだのは父帝の冷たい横顔だった。つい先程目にしたアザミは、常と変わらぬ様子で淡々と執務を捌いていた。
まるで何事もなかったかのように。アオイが逝った日、見せた動揺が嘘であるかのように。
その姿に、アサザはますますアザミの内心が分からなくなっていた。
アオイの葬礼は十日前に行われた。廃太子の身ゆえ大々的なものではない。参列者はアザミとアサザ、それに必要最低限の儀仗官のみ。皇帝の長子のためとは思えぬほど質素で簡単な儀礼の後、その亡骸はアカネと同じ墓所に葬られた。
翌日からアザミは執務に戻った。皇帝がこなす仕事は雑多な上に煩雑な手続きを要するものが多い。それでもこんな時くらい他の者に任せても良いのではないか、などとつい思ってしまう。
続けざまに息子を二人、亡くしたのだ。
なのに休むでもなく、合間を縫って墓所を訪ねるでもなく。
葬礼の翌朝、皇帝が普段通り政務に当たっていると聞いて飛んできたアサザを一瞥もせずアザミは言った。
「使い物にならぬ者は要らぬ。普段と同じ働きができぬなら帰れ」
そこまで言われて帰る気になどなれなかった。どうせ部屋に戻っても”茅”が要らぬ幻を見せるだけだ。ここで書類の山に身も心も没頭してしまう方がどれだけましか知れない。
一心不乱に政務に打ち込み、文字の洪水に疲れると墓所へ来た。葬祭殿の奥にある、代々の皇族が眠る場所。昼なお底冷えのする石畳の上にただ立ち尽くし、アオイとアカネを呑み込んだ黒御影の扉を睨みつける。
外套も羽織らないアサザを見かねて、墓守が声を掛けてきた。この十日、同じことが毎日繰り返されている。すっかりかじかんだ手足を引きずって向かうのは兄の部屋だった。アカネを見送って以来、すっかり習い性になった行程。今もなお扉を守り続ける衛兵のシダに声をかけて、部屋に入った途端に倒れ込む。意識を手放す直前、頬に触れる床の冷たさにどうしようもない虚無感を覚えた。
やがて柔らかなぬくもりを全身に感じて目を醒ます。床の熱、古紙の匂い。反射的に兄の寝床に目を向け、そこが空っぽである事実を嫌でも突きつけられる。
優しい衛兵が自分のために暖を入れてくれたのだと、回り始めた頭がようやく思い至った。こみ上げてきた熱い塊をようやくの思いで飲み下す。皇子ともあろう者がこんなにたびたび泣き顔を晒していたのでは格好がつかない。
兄上は格好つけたがりだなぁ。
そんなアカネの茶々が聞こえてきそうだ。再び熱くなった目頭を押さえながら扉を開ける。
体裁を取り繕おうと努力した相手はしかし居眠りの真っ最中のようだった。明け方の寒い廊下に座り込み舟を漕ぐその姿に、自然と頭が下がった。
忠実な衛兵を起こさないよう、足音を殺して進む。自分の部屋の前を通る時、思わず息を詰めた。壁越しにカヤの嘲笑が聞こえたような気がしたが、頭を振ってやり過ごす。
あの刀から逃げているだけなのかもしれない。
そんな思いが頭をよぎる。否定はできない。だが今はどうしても”茅”と向き合う気にはなれなかった。
深い溜息が洩れた。また一日、アザミの黙殺を受けながら執務をこなさねばならないのかと思うと、さすがに憂鬱だった。
「随分お疲れのようですね。しっかりお休みになっていますか?」
横からかけられた声に、びくりと顔を上げる。いつの間にか公宮に近い区画まで移動していたらしい。皇帝の寝所に続く廊下と交わる角、ちょうど影になったところから溶け出すように人影が現れる。
「睡眠は健康の要です。たとえわずかでも良質な眠りを摂らねば、どんなに丈夫な身体でも保ちませんよ」
言いながら歩み出てきたのは生成りの外套を頭から被った男だった。腰に巻かれた革の帯には小さな布袋がいくつも提げられ、手にした籠からは乳鉢や匙といった道具が覗いている。空気にわずかに混じった生薬の匂いに、アサザは警戒を緩めた。
「なんだ、薬師か。こんな時間に出張か? ご苦労だな」
「いいえ、我々は求めあれば即座に赴くのが身上ゆえ。眠れぬ夜は誰もが経験する悩み、私の薬で救われるのであれば喜んで馳せ参じます」
「ははは、なかなか口上が巧いな。しかし一体誰だ、こんな夜中に薬師なんて呼びつけたのは。衛兵の誰かに急病でも出たのか?」
「いいえ、違います」
外套の下、隠された口元から小さく笑う気配が洩れる。
「だから言っているではないですか。眠りたくても眠れぬ哀れな御方に、薬を届けに参ったのだと」
す、と薬師が間合いを詰めた。その身ごなしがまるで病人を診察するかのように自然だったせいで、アサザの反応が一瞬遅れる。気がつくと薬師の顔が目の前にあった。目深に下ろした外套の奥、まだ若いその顔に軽い既視感を覚える。以前どこかで見たような。おぼろげな記憶が像を結ぶ前に、薬師の姿をした男は低い声で囁いた。
「皇太子アサザ殿下。お父上と同じ眠り薬を試してみる気はありませんか?」
「なっ……」
咄嗟に身体を引くアサザの肩を、薬師は構わず引き寄せる。その力は思いの外強い。先程より更に低い声が耳元に落とされた。
「国王軍が動き出したのはご存知ですね? レンギョウ様の目的は皇都ではありませんよ。目標はただひとつ——皇帝です」
「お前……」
レンギョウ。その名が記憶を探る手がかりになった。あの夜、中立地帯でレンギョウを捕まえた自警団の男。目の前の薬師と確かに同じ面影を持つ、その男の名は確か——
「申し遅れましたが改めてご挨拶を。アオイ様より情報部を預かっておりましたスギと申します。以後、宜しくお願いいたします」
どこか自嘲に似た微笑を浮かべ、薬師の姿をした間諜は深々と頭を下げた。
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<予告編>
「下賤の者の元では戦えませぬ」
草原の夜に悲鳴にも似た声が響く。
たった一言を端緒に、
瞬く間に広がっていく抗議の言葉。
これが『聖王』軍の内実。
突きつけられた現実は容赦なく、
レンギョウの肩へとのしかかる。
『DOUBLE LORDS』転章7、
闇の向こうの皇都より、
この国の未来は彼方にある。
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