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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 眩い光が瞳を灼いた。

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 咄嗟に上げかけた声を呑み込んで、レンギョウは跳ね起きた。見回した周囲には見慣れた私室の風景がある。夜明け前の静寂を乱すのは自分の激しい息遣いだけだ。そこでようやく先程の光が夢だったのだと悟る。
 レンギョウは大きく息を吐いた。まずは心を落ち着けなければ。
 しかし平静になる程に、記憶の中の映像はより現実感を持って目の前に再生された。
 それは戦場の光景だった。だが己の目で見た皇帝軍との戦ではない。
 夢の中で周りの兵が身に着けていたのは革や木で作られた粗末な鎧だった。その下に覗くのは宮中行事でしか見かけないような古風な衣装。けれど彼らがレンギョウに向ける視線は同じだった。絶対的な力への畏怖、そして異能者に対する排斥。
 余とて何者と変わらぬ、ただの人間だ。
 思えば思うほどに、彼らの瞳は冷たく頑なになる。何故ならレンギョウは、その異能の故に彼らの王であるのだから。
 再び乱れかけた呼吸を、強く己の肩を抱いて抑える。こうして自分の感情を御することを覚えたのは一体いつからだろうか。
 知らず閉じた瞼の裏に夢の続きが甦る。そうだ。夢の中では暖かい眼差しも確かに感じていた。
 差し伸べられたのは細く白い手。その先を辿ると、見知らぬ黒髪の娘が微笑んでいた。王族貴族には真似のできない、この島国の女に特有のあでやかな笑いを目元に含ませたまま娘は彼方を示す。
 そこにいたのは精悍な戦士だった。漆黒の鎧兜に身を包み、同色の長刀を左手に提げ。二人の視線に気づいたのだろう、彼は庇を上げてこちらを振り返った。触れれば斬れそうに鋭い眼差しがレンギョウのそれと交わった瞬間、穏やかな光に変わる。その表情は驚くほどアサザに良く似ていた。
 突然、レンギョウは後ろから肩を掴まれる。思いがけなく強いその力と骨ばった手の感触は紛れもなく男のもの。振り返るより先、低く押し殺した声が耳を打った。
「殺せ」
 誰を、などと問い返すまでもなかった。声の主の殺意は明確に彼方の戦士に向けられていた。
 いやだ。できない。
 レンギョウが示した拒絶の意志を嘲笑うかのように、声は耳元で囁く。
「貴様、それでも魔王か」
 ぎょっとして声の主を振り返る。頬を金色の髪が掠めた。間近に寄せられた顔に戸惑いにも似た既視感を覚える。その正体に思い当たった瞬間、レンギョウの背筋に戦慄が走った。目の前の金髪の男の顔にあるのはレンギョウ自身の面影。酷薄に眇められた青い瞳はただただ彼方の戦士を睨み、激しい憎悪の炎を宿していた。
 その時、心に走った想いは何だっただろう。怒り、絶望、諦観。冷たい熱を孕んだまま、レンギョウは感情のままに力を解き放った。
 そして起こった閃光。全てを呑み込み、灼き尽くしてゆく。
 夢で見たのはそこまでだった。しかしレンギョウには、何故かその続きをくっきりと思い描くことができた。
 光が収まった後に来るのは漆黒の虚無だった。何もかもを覆いつくしたゆたっていたそれが、不意に一点に収束を始める。
 レンギョウが見守る中、虚無は一振りの長刀へと凝縮された。抜き身のままの漆黒の刀身に映った己の姿。その唇が嘲笑の形に歪んだ。レンギョウがかつて抱いたこともない程に強い悪意に満ちた、己の笑顔。
 またいつか、会おうぞ。
 思わずレンギョウは両手で顔を覆った。これ以上、悪夢の続きは見たくなかった。
 不快感を吐き出すように大きく息をついて、レンギョウは寝台から降りた。今朝はこれ以上眠れそうにない。どのみち夜が明ければすぐに起きねばならないのだ。寝過ごすよりは起きている方が良いだろう。
 そう。今日ばかりは寝過ごすことなどできないのだから。
 夜が明ければ、親征が始まる。
 中立地帯自警団や義勇兵を組み入れた、新国王軍の編成は既に完了していた。後は指揮系統の細々した調整を残すのみ。出発前夜ということもあり、王宮はいつも以上に静かだった。征くにしろ残るにしろ、明日からはそれぞれの任務で忙しくなる。今のうちに鋭気を養っておくのが正解だ。
 春はもう少し先のようだ。肌を刺す冷気に襟元をかき合せ、レンギョウは宛もなく宮内を彷徨った。薄紫の闇に包まれた廊下は見慣れた場所とは思えないほど現実感がなかった。夢の続きのような風景をすり抜けて、たまたま突き当たった格子戸を押し開く。
 吹きつけてきた風に小さく身体を竦める。知らず吐いた息が白く流れるのを横目に、レンギョウは歩を進めた。
 そこは王宮に無数にある露台の一つだった。裏手に広がる森を眼下に臨む眺めに一瞥を投げ、ふと露台の隅に目を止める。
「……シオン」
 びくりと肩を震わせた影にいつもの元気は見られなかった。おずおずと振り返ったその目元に浮かんだ濃い隈を認めて、レンギョウの眉根が寄せられる。
「おぬし、寝ておらぬのか?」
「え? ああ、うん」
 目が合うことを怖れるように顔を伏せる姿は、まるで何かに怯えているようだ。一歩近づいたレンギョウの耳に小さな呟きが聞こえる。
「ていうか、何でレンが来るのよ」
「それはこちらの台詞だ」
 半ば呆れてレンギョウは言う。
「散歩していたら偶然見つけたのだ。おぬしこそ何故ここに」
「すぐそこがあたしの部屋なのよ」
 そう言われれて中立地帯の面々には南側の森に面した一角を割り当てていたことを思い出す。同時にレンギョウはようやくにして自分の現在位置を把握していた。
「そうか。何も考えずに歩いていて場所など意識していなかったのでな。すまぬ」
 数拍の空白の後、シオンの声が返ってきた。
「……レンも眠れないの?」
「ん? ああ」
 咄嗟に甦った先程の悪夢を振り払う。
「色々なことを考えてしまってな。少し気が高ぶっているのやもしれぬ」
 自らを励ますために、レンギョウは努めて笑顔を作る。その笑みが目の前の森を見下ろした瞬間、寂しげな色を帯びた。
「この森の奥に、小さな湖があってな」
 レンギョウの視線を追ってシオンも森へと目を移す。薄明に包まれた木立の群は、未だに多くの闇を含んで静まり返っている。
「アサザと初めて会ったのは、その湖のほとりだった」
「……そうなんだ」
 心なしかシオンの声が穏やかな色を帯びる。
「こんな奥まで来たんだ。大変だっただろうね」
「そうだな。初めて来た時は迷い子になっていたらしい」
 迷い子という単語が可笑しかったのか、シオンはくすくす笑い出した。
「ご先祖様が作った抜け道が忘れられたまま放置されていたようでな。アサザの一件後、コウリは塞ぐと言って聞かなかったが余が許さなかった」
「え、じゃあ今も抜け道はそのままなの?」
 レンギョウは小さく頷いた。
「どの道限られた者しか知らぬ通路だ。それに塞がずにいれば、またひょっこりアサザが現れそうな気がしてな」
「レン……」
「しかしあやつが来るのを待つよりも、余が皇都を訪ねる方が早いようだ。再会を約してはいたが、場所までは決めていなかったからな。別にこちらから出向いても構わぬだろう」
 不可侵条約は貴族と戦士の行き来を禁じているが、国王が皇都に行ってはならないという明文はない。皇帝側が約定違反を言い出した時のために、反論として用意した回答だ。勿論貴族出身者を含む正規軍を擁した軍を発する以上、こんな理屈は詭弁に過ぎないという自覚はある。しかし事態がここまで進んだ今、状況を打開するためには前例を辿っただけの正攻法では不足だった。
「余には皇都を訪ねる理由も、意義もある。だがおぬしにはそうまでする理由はない。ここに残っても責められぬよ」
 先程目にした姿が瞼に甦る。ここを出ればやがて直面する戦いに怯える、小さな背中。
 わずかな間の後、シオンの首が振られた。小さく、けれどはっきり横に。
「気持ちはありがたいけれどレン、それはダメよ。あたしはこんなだけど一応自警団の長なんだから。たとえ剣を持つことができなくても、皆が戦っている姿から逃げることはできない」
「しかし」
 言いさしたレンギョウの言葉を、シオンは両手を上げて止める。俯いたままの表情は流れる黒髪の奥に隠れて見えない。わずかに震えるその指先を見つめながら、レンギョウは次の言葉を待つ。
「ススキが操兵術を、スギが諜報術を身に着けたように、あたしも前の長から習ったことがあるの。自警団ができてから今日までに関わった、全ての戦いの記録。今を生き、未来を活かすため、過去の犠牲を教訓にするようにって」
 王制が成立して以来、中立地帯はあらゆる騒乱に巻き込まれてきた。勿論中立地帯内部で起こった小競り合いも多い。だが中立地帯を舞台として大きく発展した騒乱には必ず国王、皇帝いずれかの領主が絡んでいる。
 古くは初代皇帝アサギの王都上り。近年では皇后キキョウ殺害事件。記録を辿れば、皇后の一件以来皇都からの締め付けが厳しくなっていることが良く分かる。徐々に減らされた援助が中立地帯全体を飢えさせ、食糧を巡る小競り合いは増える一方だった。皇帝軍との接触も多くなり、自警団の損耗も蓄積される。
 そもそも自警団が国王への援助の直訴を考えたのにはこのような背景があった。たまたま昨年の大凶作がきっかけとなって表面化しただけで、自警団が動く理由の芽はとうの昔に生じていたのだ。
 アザミの措置も、感情としては理解できる。皇后を直接手にかけたのは自警団ではない。だが彼女が中立地帯で、本来なら自警団が取り締まるはずの盗賊に害されたのは事実だ。事件以降、自警団が冷遇されるのは仕方がないとは思う。
 しかし実際に飢えたのは自警団だけではなかった。事件とは全く関係のない村までもが援助を削られ、貧しさに喘いでいる。
 戦場で目にした自警団員の変わり果てた姿。それは国王軍に編入される直前に帰順させた盗賊の首領だった。仲間に飯を、投降の条件として挙げられたたった一つの条件が今も耳に残っている。
 空腹を満たしたい。中立地帯の住人はただその一念で剣を持つ。その切っ先を皇帝軍に向けるか、中立地帯の村人に向けるか。極論を言うと自警団と盗賊の違いはそこにしかない。
 いつだって、領主の都合で戦場にされる。
 記録を学んでのシオンの正直な感想がそれだった。国王と皇帝の間の均衡の分銅。そんな大層なお役目など住人は誰も望んでいない。ただ両都の間にあるという理由だけで土地や感情、果ては生命までもが利用されると思うと嫌になる。ましてや過去に起こった戦いの記録をつぶさに眺め、それらを利用して用兵を立案するなど嫌悪感すら覚える。
 だから、レンギョウには今まで伏せていた。この知識を使うことがないように。自警団を束ねる長としての任務だけに集中していても大丈夫だと、己に言い聞かせるために。
「でも、それって逃げてるだけよね。この間の戦だって、ちゃんと作戦を考えてあげれば助かった人がいたかもしれない。自警団や国王軍、皇帝軍や——ひょっとしたら、アサザの弟だって」
 レンギョウの肩が揺れる。ゆっくりを顔を上げて、シオンは正面からその顔を見つめ返した。風に流れる銀の髪の向こうには、自分の瞳と同じ紫色に染まった暁の空が広がっている。
「もうあんなことは繰り返したくない。だから、レン」
 未だ震える指先を握り締めて、シオンは覚悟を決めるための最後の一息を吐いた。
「あたしに、指揮の手伝いをさせて」


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<予告編>


皇都の夕闇をすり抜けて、情報が走る。
伝えるべき相手へと、正確に、精密に。
それは受取主が変わろうと変わらぬ掟。
情報の普遍性と恣意性、
その狭間にこそ彼が生きる道がある。

「国王軍が動き出しました」

低くアサザに告げる声の主が握る鍵が導く先は、
希望の扉か滅びの門か。

『DOUBLE LORDS』転章6、
アオイの遺産が形を成す時、
隠されていた歯車が回り出す。


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