忍者ブログ
Admin / Write / Res
書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
[62]  [63]  [64]  [65]  [66]  [67]  [68]  [69]  [70]  [71]  [72
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 冬晴れの王都は活気に包まれていた。絶えることのない人波、行き交う荷車。どこかおっとりした表情で歩く平服の都の住人に混じって、自警団の無骨な鎧姿が目立つのはここ最近の情勢からして仕方のないことだろう。彼らのおかげで商売が繁盛しているのもまた事実だ。

拍手[0回]


 店先に座ったまま、彼は小さく溜息を吐いた。構えた店がようやく軌道に乗り始めた安堵なのか、戦を厭う感傷が零れたのか、自分でも判断はつかなかった。
「やあねえお父さん、そんな辛気臭い顔して。お客さんが逃げちゃうでしょう」
 てきぱき働く一人娘が、早くに亡くした母親そっくりの口調で言う。在庫を倉から運び出す娘にすまんすまんと謝りながらも、彼の思いは再び店の外へと向かっていった。
 あの炎暑の夏に、彼が扱う茶と乾燥果実は飛ぶように売れた。飲みづらい塩水も味をつければ多少はましになるし、日持ちする食糧はそれだけで重宝がられた。これまで地道に皇都と王都を往復していたのが滑稽に思えるほどあっさりと、ひと夏中立地帯の各所を行き来するだけで資金は貯まり、夏が終わる頃には王都の外れに念願の店を出せるまでになった。もう皇都まで重い木箱を背負って行商することもないのだと思うと、感慨もひとしおだった。
 皇都といえば、いつぞや出会ったあの若い戦士はどうしているだろう。
 戦に駆り出されて苦労をしていないといいが、などととりとめなく考えている彼の耳に、重く響く鐘の音が聞こえてくる。厳かに時を告げるその音色に、娘も顔を上げた。
「お父さん、聖王様の演説が始まるよ」
「ああ、そうだな」
 合同葬礼から半月。王宮の庭に久しぶりにレンギョウが姿を現すというふれが出たのは三日前のことだった。
 彼はゆっくりと立ち上がった。木箱は下ろしたはずなのに、最近めっきり腰が重くなった。もう年なのかも知れないな、と苦笑いしながら扉に向かう。
「店番、頼んだぞ」
「分かってるって。私の分までしっかり聞いてきてよね。いってらっしゃい」
 仕切り台の中で手を振る娘に見送られ、彼は雑踏の中へと踏み出した。あちこちを向いていた人々の靴先も、空ごと鐘の音に覆われた今では一様に同じ場所を目指して歩み始めている。その波に逆らわず、彼はゆっくりと王宮までの道を進んだ。
「聖王様、何をおっしゃられるのかな」
「さあ。皇帝領との和解なんかじゃないことは確かでしょ」
 聞くともなしに近くを過ぎる人々の声が耳に入る。
「そうだねぇ。早く落ち着くといいんだけど」
「中立地帯も聖王様が援助を始めてからうまく回ってるみたいだしね」
「ふぅん。皇帝って今まで何してたんだろうね?」
 溜息混じりの言葉が、やけにはっきりと聞こえた。
「あーあ。いっそのこと聖王様がこの国をまるごと治めちゃえばいいのに」
 こらこら、と窘める声も笑いを含んでいる。
「滅多なことを言うんじゃない。どこに皇帝の間者がいるか分からないんだから」
 声が人ごみに紛れて遠ざかっていく。いや、自分が足を止めていたのだと、追い抜きざま肩にぶつかった男の迷惑そうな視線でようやく気づく。慌てて彼は再び歩き出した。
 王が統べる国。
 第四代モクレンの代に統治権を手放してからの、それは王都の民の悲願だった。中立地帯を味方につけ、皇帝軍の侵攻を止めた実績を手に、十八歳の若き聖王レンギョウが百年越しの夢を叶えようとしている。
 そう。機は熟したのだ。
 ふいに言いようのない嬉しさがこみ上げてきて、彼は先程までとは別人のような軽い足取りで歩を進めた。王宮の門を潜り、すし詰めの前庭へと入る。比較的寒さの緩い王都だが、風はまだまだ冷たい。しかしそれ以上に、庭には観衆の熱気が溢れていた。
 ややあって、どん、と腹を揺るがすような太鼓が鳴らされた。皆が一斉に顔を上げる。その間合いを見通していたかのように、露台に一人の人物が姿を現す。白を基調とした衣装に身を包んだ、小柄な銀髪の少年。
「聖王様だ!」
 庭はたちまち耳を聾さんばかりの歓声に包まれる。しばらく黙ってそれを見つめていたレンギョウがおもむろに右手を上げる。たったそれだけの仕草で、民たちはぴたりと口を閉ざした。先程までとは打って変わった静寂が庭を埋めつくす。
「皆の者、よく集まってくれた。礼を言う」
 はっきりと良く通る声でレンギョウは語り出した。
「まず皆に詫びねばならぬことがある。先の戦のことだ。数多の犠牲を出したこと、すまなかったと思う」
 言葉を切って、レンギョウはきつく瞼を閉じた。
「……余の名の下に多くの血が流れた事実を、余は決して忘れぬ。他の方策はなかったものかと、正直なところ今でも思い悩んでおる。だが」
 すっと銀青の瞳が開かれる。
「飢えに苦しむ中立地帯の民をどうして見捨てられよう。我が都が皇帝軍に攻められるのをどうして見過ごせよう。少なくとも余には——”聖王”には、無理な相談であった」
 一息にレンギョウは言葉を続ける。その声には一点の迷いもない。
「この先より良き世を作るために、余は皇帝と会ってみようと思う。皇都への道行きは無論簡単にはゆかぬだろう。どうしても皆の助けが必要となる。ついてきて、くれるだろうか」
 戸惑いにも似た空白は一瞬のこと。徐々にどよめきが庭中を覆っていく。
 聞き違いでなければ、今なされたレンギョウの言葉は事実上の挙兵宣言だ。それが意味するのは勿論、皇帝との全面対決。
「聖王陛下万歳!」
 誰かが叫んだ。歓喜の声はたちまち前庭を埋め、万雷の拍手となってレンギョウに降り注いだ。口の端に小さく笑みを浮かべ、強く静かな眼差しでレンギョウは告げる。その目はまっすぐに北の彼方へ向けられていた。
「共に往こう。皇都へ——この国の、未来へ」
 熱狂は最早最高潮に達していた。その渦の中、彼もまた熱に浮かされるように諸手を挙げてレンギョウの名を呼んでいた。聖王親征。レンギョウの言葉はまさに魔法のように彼の身体に活力を吹き込んでいた。
 大歓声に応えるレンギョウの姿をよく見ようと目を凝らす。前女王の名代だった頃からその成長を見守り続けた息子のような王でもある。たとえ自分の姿がその目に映ることはなくても、晴れ姿を記憶に留めておきたかった。
 ふと、違和感を感じて彼は目をこすった。レンギョウの何かがおかしいわけではない。少し寂し気な笑顔はいつものこと。その横に、何かが足りない。
「コウリ様は、どこにいるんだ……?」
 そうだ。レンギョウの傍に常に寄り添っている側役の姿が見えない。この場に居て然るべき人物の不在。それが彼の心に小さく黒い不安の芽を植えつける。
「いやいや、きっと聖王様もようやく独り立ちされたんだ。いつまでも子供ではないんだしな」
 頭を振って、彼は未だ止まぬ歓声の中へと意識を引き戻した。見上げた露台の上では、折しもレンギョウがこちらに背を向けたところだった。中へと続く幕をたくし上げたのは細く白い手。長い黒髪の手の主の肩越しに、角張った兵の鎧が見える。
 中立地帯自警団。
 違和感の正体に思い当たって、彼の体温は一気に冷えていった。
 今、レンギョウの周囲に貴族は幾人いるのだろう。
 これは古き世を懐かしむ王都の住民の感傷かもしれない。それでも同じ”魔王”の血を分けた貴族の姿が国王の傍に見えないという事実は、彼の不安を煽るには充分なものだった。
 声もなく見つめる彼の内心になど気づくはずもなく、幕はあっさりと閉じられた。レンギョウの姿が消えたのをしおに、群集は出口へと動き出している。流れに揉まれながら、彼はのろのろと家路を辿った。
「あ、お父さん、お帰りなさい」
 店の扉を潜るといつもと変わらぬ娘の声が迎えてくれたが、彼はまっすぐに店の隅っこの定位置へ向かい、座り込んでしまった。なんだかすっかり足が萎えてしまっていた。
「そうだお父さん、裏の空き家に人が越してきたよ」
 父親の様子に気づく気配もなく、娘はぱたぱたと立ち働いている。
「まだ若い人みたい。中立地帯から来たんですって。ちらっと見ただけだけど、なんだか暗そうな感じの人だったよ。イヤね、せっかく綺麗な亜麻色の髪してるのに」
「亜麻色……男か?」
「うん。たまたま荷物を運び込んでるの見かけたから手伝いましょうか、って言ってみたんだけど断られちゃって。今日は聖王様の演説があるから皆出払ってる、って言っても残念がるでもなくボーっとしちゃってさ。もっともホントに荷物少なかったみたいで引っ越しもすごく簡単に終わって、さっさと家に篭っちゃったわよ」
「……そうか」
 まさか。
 そう思いつつも、彼は立ち上がり裏口へと手をかけた。野次馬だなー、などという娘の揶揄など耳に入らぬほどに真剣な眼差しで、彼はすぐ傍の家を見つめる。人気のないそこは昨日までと同じく静かに佇んでいた。
 半ば安心して彼が扉を閉めようとした時だった。夕闇の迫る窓辺に血色の悪い男の顔が映りこんだ。その白い指が冷気除けの布を閉めるまでのほんの刹那、男と彼の目線がぶつかり合う。
 詮索を断ち切るように閉ざされた窓から、彼は目が離せなくなっていた。見間違いようがない。やつれてはいたが、あれは確かに国王側役コウリの顔だった。
「一体、王宮で何が起こっているんだ……」
 落ち始めた夜の帳のように、彼の心を不安と疑念の闇が覆っていった。


***************************************************************


<予告編>


夜の帳は皇都の空を紫色へと染めていく。
街にはためく弔旗の縁取りと同じ夕闇の色。
刹那の彩りはやがて、
漆黒の昏みへと堕ちていく。

皇都に最後に残された
温もりと安らぎの灯火が消える時、
アサザが目の当たりにしたのは、
人の強さと、脆さ。

『DOUBLE LORDS』転章4、
伝えきれぬ幾つもの言葉と共に託された、
新たな扉の鍵はその手の中に。


PR
この記事にコメントする
Name
Title
Color
Mail
URL
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
secret(管理人のみ表示)
プロフィール
HN:
深雪
HP:
性別:
女性
自己紹介:
小説は基本ドシリアス。
日常は基本ネタまみれ。
文体のギャップが激しい自覚はあります。ごめんなさい。
Twitter
小説とはイメージ違うだろうなぁ
最新コメント
バーコード
ブログ内検索
Staff Only
Copyright ©  水月鏡花小説置き場 All Rights Reserved.
*Material by Pearl Box  * Template by tsukika
忍者ブログ [PR]