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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 皇帝軍の前進が止まった。ウイキョウとイブキを送り出した左翼方向から波紋のようにざわめきが広がる。

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「な、なに?」
 レンギョウの隣で戦況を見守っていたシオンがこわばった表情をそちらに向ける。彼女にとっては初めての戦、しかも先ほどまでの状況は明らかにこちらが不利だった。何らかの変化があれば敏感に反応するのも無理はない。
 今回が初陣なのはレンギョウも同じだ。しかし人の上に立つ者としての経験はシオンより多少長い。冷静を保ったままの聴覚は、最早どよめきと言っていい程に大きくなったそれの中に悲鳴や嗚咽といった音を捉えていない。直截的な危険はなさそうだ。
「大丈夫だ。どうやらイブキが無事仕事を果たしたらしい」
 レンギョウの言葉を裏付けるように、本陣に近づいてくる響きは次第に歓声を含んだものに変わっていく。逆に皇帝軍は動揺の色も露わに浮き足立ち、後退を始めていた。
 深追いすることはない。レンギョウは戦闘終了の指示を出す。二つの軍が完全に離れた頃、本陣にイブキが現れた。その腕には緋色の肩布を纏った少年が抱えられている。腕を縛られ、剣を取り上げられた少年は悔しげに身体をよじっている。
 その幼さを残した横顔にレンギョウは胸を衝かれた。一目で兄弟と判るほど、少年はアサザと良く似ていた。
「くそ、放せ」
「皇子様がそんな言葉を遣うのは感心せんな。抗議するならもっと上品にしろよ」
 じたばたともがく少年を見かねて、レンギョウは声を上げた。
「イブキ、下ろしてやってくれぬか」
「陛下」
「良いのだ。少しその者と話がしてみたい」
 異を唱えられる前にコウリを制して、レンギョウは前に進み出る。少年は草を踏み倒しただけの地面に下ろされていた。当然自由にされることはなく、戒めの縄をかけられたままイブキに両肩を掴まれているが、膝をついたまま上気した顔を上げてレンギョウを睨みつけている。
「ご苦労だった」
 まずはイブキを労う。目線だけで応える男を確認してからレンギョウは少年に向き直った。
「第四代皇帝アザミの第三子、アカネだな?」
「……当代国王レンギョウ殿とお見受けします」
 頷いて、レンギョウはまっすぐアカネの目を見つめた。
「アサザの、弟だな?」
 視線を逸らすことなく、アカネもレンギョウを見返す。
「あなたには、失望しました」
 ざわ、と座が乱れる。気色ばむコウリ、息を呑むシオン、イブキですら驚いた表情を浮かべている。周囲の兵士たちにも聞こえたのだろう、身に痛いほどの視線が中央の二人に向けられる。
「兄からあなたのことは聞いています。信じるに足る方だと思っていたのに、戦士を捕らえ恥を晒させるのみならず、父帝への脅しの道具として使うなど」
 吐き捨てるようなその響きに、レンギョウは思わず苦笑する。敵陣の真ん中でここまで率直にものを言える胆力に、怒りより先に感心を覚えてしまう。
「確かに、この状況ではおぬしに何を言われても仕方がなかろうな」
 レンギョウは努めて平静な口調で言った。先の発言で膨れ上がった敵意をアカネから逸らすためにも、ここで自分が悪感情を見せるわけにはいかない。自戒しつつ言葉を継ぐ。
「しかし余とて負けるために兵を起こしたわけではない。犠牲を減らして勝つ法があるのなら、そちらを選ぶのは道理であろう。おぬしも人の上に立つ者ならば理解できると思うが?」
 ぐ、とアカネが言葉を詰まらせる。犠牲を減らす。勿論その言葉の意味は理解している。レンギョウの言葉が兵を指揮する者として至極真っ当なものであることも分かっている。しかし心のどこかがそれを受け入れるのを拒んでいた。
 自分が捕まったことで五人の護衛の命が失われている。彼らは元々ブドウの部下だ。アカネが軽率に前線に出るなどと言わなければ無事だったかもしれない、その命。
 いや、そもそも兵を起こし干戈を交えた時点で死者は出ているのだ。皇子と護衛、一般兵、そして敵。立場の重みの差は明確だ。戦いの中で誰を最優先に生かし、そのために誰を切り捨てるかなど問うまでもない。しかし初めて目の当たりにした人の死にアカネが感じたのは、無味乾燥な数の論理ではなく理屈を越えた恐怖と嫌悪だった。
 肩に置かれたイブキの手がいやでも意識される。この手が握る刃の前では立場など関係がなかった。そう、ここでは誰もが犠牲者になりうるという事実に、目の前の国王はまだ気づいていないのだ。
「……それで、今度は僕を犠牲にするつもりですか?」
 安全圏で全体を俯瞰する代わりに、死の刹那の平等を知らないレンギョウ。つい先ほどまでのアカネ自身がそうであったように。知らず自嘲の笑みが洩れる。
「第三皇子にして皇帝軍将帥のこの身ひとつと引き換えに、あなたの民がどれほど救われることか。なるほど、合理的ですね」
 思えばおかしな話だ。イブキは命までどうこうする気はない、と言った。かつての知り合いだから、皇子だから生かすと。死の平等を見せつけた男が、同時に立場の不平等をも突きつける、その矛盾。
 その時、初めてレンギョウの表情が変わった。強く真剣な光が青銀の瞳に煌く。
「それは違う。おぬしが皇子だから生かすのではない。アサザの弟だから生きていてほしいのだ」
 ——兄上の友達らしいからさ。
 そう呟いた自分の声が耳に蘇った。レンギョウが国王だからではなく、アサザの友人であるが故に死なせたくないと願っていた自分。あれからまだ数刻しか経っていないのが嘘のようだった。
「余はおぬしを犠牲になどしない。決して」
「……甘いですね」
 アカネの口から溜息が洩れる。
「そんなことで国王が務まるんですか? さすがは聖王と呼ばれる方だ」
 でも、とかすれるほどに小さな声でアカネは続けた。
「何故あなたが兄上と友達になったのか、分かる気がします」
「それは光栄だのう」
 レンギョウが小さく笑った。アカネの肩から力が抜けたのが分かる。完全に気を許した訳では、勿論ないだろう。しかしこれから語り合う余地は充分にあるはずだった。
 ふと後ろに視線を向けると、心底ほっとした表情のシオンと目が合った。良かったね、と口許が動くのを読み取って、レンギョウは微笑する。周囲の敵意も随分ほぐれたようだ。あくまで鷹揚に構え続けた国王の態度に安心したためだろうか。
 とはいえ、この場にいつまでもアカネを置いておくわけにはいかない。レンギョウはいつも通り脇に控えるコウリを振り返った。
「コウリ、どこかに空いている天幕が——」
 途切れた言葉を、レンギョウは思わず呑み込んだ。いつも側にいる見慣れた顔。しかし今、その薄茶の瞳はレンギョウがかつて見たことのない昏さを湛えてじっと一点を凝視している。その視線の先にはうなだれたアカネの姿。
「……コウリ?」
 ためらいがちなレンギョウの呼びかけに、コウリが弾かれたように顔を上げる。
「ああ、申し訳ありません陛下。何でしょうか」
 恭しく尋ねるその態度はいつものコウリと何ら変わりがない。訝しく思いながらも、レンギョウはアカネを収容する天幕を用意するよう指示を出す。一礼してコウリが踵を返しかけた、その時だった。
「敵襲!」
 傾きかけた太陽の下、不穏な叫びが響いた。本陣にいた者は例外なく顔を上げる。
「ど、どうしたの?」
「皇帝軍の突撃です! 右翼中央、交戦中!」
 シオンの問いに間髪入れず物見の兵が答える。アカネを傍の兵に預けたイブキが短く問う。
「数は」
「騎兵およそ三千! しかし残存の歩兵四万も前進中! 間もなく右翼側面と接触します!」
「……だとよ。どうする、陛下?」
 一斉に注目を集める中、レンギョウはきっぱりと言った。
「相手の目的は将帥の奪還であろう。こちらとて害意はない。その旨を伝え、一度退いてもらうとしよう」
「伝えるって、どうやって?」
 まさか普通に使者を立てるわけにもいくまい。当然の疑問に悪戯っぽく笑ってレンギョウが答えた。
「案ずるな。とっておきの方法がある。コウリ、アカネを頼んだぞ」
「……はい」
 レンギョウに続いてシオン、イブキが右翼へと向かう。その背を見送って、コウリはアカネを振り返った。
「お待たせしましたアカネ殿。どうぞ、こちらへ」
「あ、うん」
 慇懃な言葉の中にどこか禍々しいものを感じて、アカネは一瞬足を止める。しかし拘束された身でそう長く立ち止まっていることはできない。縄を持った兵士に抱えられるように、アカネは真新しい天幕の一つへと入っていった。


***************************************************************


<予告編>


何としてでも、アカネを無事に取り戻す!

ブドウ決死の奪還戦が始まった。
自ら陣頭に立ち指揮を執るブドウ。
その勢いに後退していく国王・中立地帯連合軍。
しかし進撃は唐突に終わりを告げる。
立ち塞がった壁の名はススキ。

戦況確認のためレンギョウとシオンが席を外し、
コウリとアカネだけが天幕に残された。
先程までのレンギョウとアカネの対面で、
コウリが抱き続けていた危惧は確信に変わっていた。

「あなたがたは危険だ」

昏い光を孕んだコウリの手に握られていたものとは——

次回『DOUBLE LORDS』承章13、急展開。



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