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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「うわあ、随分いっぱいいるなあ」

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 自軍の頭越しに国王軍の隊列が見える。鎧姿のアカネは馬上で伸び上がってその様子を眺めた。皇帝軍五万、国王軍四万。わずかな距離を隔てて睨みあう両軍はまるで鉄色の波のようだ。
「なに呑気なことを言ってるんだい。向こうにいるの、あれ全部敵なんだよ」
 隣でブドウが呆れていた。アカネと同じく馬に跨ったその体は今、鋼の戦装束で固められている。全体的に丸みを帯びた甲冑は皇帝軍規定のもの。重量のある胴こそ若干薄いが、他の装備は一般の兵と同じものだ。瞳の色と同じ、若葉色の飾り紐が兜で揺れる。
「そうなんだけどね。ほら、僕今回が初陣だからわくわくしちゃって」
 すくめたアカネの肩の上で緋色の布がなびいた。皇帝軍将帥であることを示す、その色。副将帥以下の兵が緋を纏うことは許されていない。将帥は非常時にしか置かれない役職だから、この色が軍にあることは皇帝が事態を戦時だと認識している証でもある。
 身分によって様々に色分けされている軍の中で、もう一つ見かけない色がある。黒だ。初代戦士アカザが好んで用いた色であるため、黒は皇帝が親征する際にのみ用いられるという暗黙の決まりだった。
 緋と黒、この二つの色が目に入るといやでも皇帝軍は奮い立つ。対する側としては最も警戒しなければならない色でもあった。
「ブドウは何度か戦に出たことがあるんだよね」
「ああ、中立地帯のごたごたにね。もっとも、こんな大軍は初めてだけど」
 言いながらもブドウの声に緊張はない。同じく気負った様子のないアカネに片目をつぶってみせる余裕さえある。
「なに、何とかなるさ。兵の指揮は私に任せて、アカネは見学しているといい。私が守ってやるよ」
「うん、頼んだよ」
 素直にアカネは頷いた。ここで功を逸るような性格ではない。経験のない自分がこの場にいるのは、皇子が矢面に立つことで兵の士気を上げ、相手の意気を殺ぐ以上の意味はないと承知している。
「あっちには国王もいるんだよね。魔法とか使ってくるかな」
「さあ。使われたら厄介だけど、実際にどれくらいの戦力になるかは分からないからね。そこは運次第だよ」
 戦において不確定要素を数えだしたらきりがない。ともかく数ではこちらが勝っているのだ。アオイの本意ではない戦いだとは承知していたが、状況がここにまで至ってしまった今となってはせめて早く終わらせてしまうのが最善の方策だろう。
「じゃあ、始めようか。とっとと終わらせて、皇都のアオイ様とアサザに吉報を持って帰ろう」
 頷いて、アカネは辺りを見回した。脇に控えた合図の太鼓係が撥を構える。
「全軍、進め!」
 アカネの声と同時に太鼓が鳴る。一拍遅れて、一斉に甲冑が動く音が響く。
「歩兵大隊、前へ! 弓兵は二段の構え、用意!」
 間髪入れずにブドウの指示が飛ぶ。太鼓が打ち鳴らされ、前線の形が変わっていく。
 国王軍も動き出したようだ。鋭角にせり出した錐のような陣形、その矛先はまっすぐこちらの本陣を指している。
「中央突破するつもりか。悪いけどそう簡単にはさせないよ」
 すかさず迎え撃つための合図が送られる。厚く布いて待ち受ける歩兵の正面に相手の先陣がぶつかった。喊声が上がる。たちまち彼我入り乱れる乱戦になった。
「魔法、使ってこないね」
 アカネが言ったのは、国王軍の錐が皇帝軍の壁に削られ、跳ね返された頃だった。前進がやんでいる。逆に皇帝軍には勢いがあった。足の止まった国王軍に押し寄せ、確実にその外縁を突き崩している。ことに右翼の伸びが速い。相手の左翼を追い込み、どんどん進んでいる。
「向こうには国王がいる。まだ油断はできないよ」
「うん。でも魔法を使われる前に決着を着けれたら楽だよね。何も国王の命が目的じゃないんでしょう?」
「まあね。陛下からは反乱を鎮めろって言われてるだけだし」
「国王を捕まえることはできないかな。旗印を奪われちゃ、あっちだって戦い続けられないでしょう」
 彼方の国王軍を見やって、アカネはぽつりと呟いた。
「兄上の友達らしいからさ。できれば死なせたくないんだよね」
「……そうだな」
 ブドウは微笑をこぼした。アサザとレンギョウのことは聞いている。アサザを悲しませるようなことをしたくないのはブドウも同じだった。
「じゃあ、このまま包囲して国王を捕らえよう。数はこちらが上だし、勢いもあるから大丈夫だろう」
「あ、待って」
 横に控えた伝令を呼ぼうとしたブドウを、アカネが止める。
「右翼には僕が行くよ」
「しかし、危険だぞ? 一番遠いし」
「だからだよ。途中で僕を見かけた兵たちの士気が上がるでしょう? 僕も働かないと、兄上たちに怒られちゃうからね」
 しばし考えた末、ブドウは頷いた。どうやら今回は勝ち戦だ。アカネが姿を現せば、兵たちはますます勢いづくだろう。前線に出すことにためらいはあったが、混戦の中では相手も不用意に魔法など使えないという読みもあった。未だ若い皇子に経験を積ませるには良い機会かもしれない。
「わかった。ただしあまり深入りはするなよ」
「うん」
 嬉しそうにアカネが答える。護衛役が素早く準備を整えた。ブドウの部下の中でも信頼の置ける兵が五名。がっちりと周囲を固められたアカネがブドウに笑顔を向けた。
「じゃあ、行ってきます」
「ああ、気をつけてな」
 ブドウも笑顔を返す。それを認めて、アカネは馬を走らせた。緋の肩布が後ろに翻る。
「……将帥様だ!」
「皇子殿下が出られるぞ!」
 飛び込んだ甲冑の群れから口々に歓声が上がった。兵たちの間を走るどよめきを追いかけるように、緋色が戦場を駆け抜ける。
「皆、前進だ! こんな戦い、早く終わらせよう!」
 少し高めの、幼さを残した声はよく通る。それに応えて皇帝軍は一気に攻勢を強めた。それぞれの手に持った武器を構えて、国王軍へと突き進んでいく。
 アカネはただ一心に手綱を操る。アサザ仕込の乗馬は得意な方だが、何せ足元には障害物が多い。倒れた兵など踏みつけては危険な上に気分の良いものでもないから、充分に注意しながら進んだ。一歩進むたびに前線に近づいているのが分かる。剣戟が耳よりも先に体を震わせた。恐怖と興奮が同時にこみ上げてくる。いつの間にか、右手が腰に佩いた剣の柄を握り締めていた。
「アカネ様、これ以上は危険です」
 護衛の声にアカネは我に返った。周囲の護衛たちが速度を落とし、油断のない目を国王軍の方へと向けている。位置は長く伸びた右翼の中ほどといったところか。敵の姿は見えないが、既に戦端が開かれた場所を過ぎている。確かにこれ以上進むのは無謀だろう。
「ああ、そうだね。ありがとう」
 アカネは手綱を緩めた。突撃を続ける兵たちの邪魔にならないよう、人波から外れた場所に馬を止める。見たところ包囲網は順調に進んでいるようだ。どうやら充分に役目は果たせたらしい。
「よし、じゃあ戻ろうか。あまり遅くなるとブドウが心配する」
 上がり続ける鬨の声を確認して、安堵の笑みを浮かべたアカネが馬の首を返そうとした、その時だった。
 最初に聞こえたのは鋭い風鳴りだった。続いて上がる悲鳴。一瞬にして場を支配する音が変わっていた。
 アカネの背筋を冷たいものがなぞる。振り向いた先に広がっていたのは倒れ伏し、蹲る皇帝軍の兵たち。その体を踏み越えてこちらに近づいてくる一団が見えた。先頭は薙刀を持った大柄な男だ。鈍く光る角張った鎧は皇帝軍のものではない。男の後ろには軽装を纏っただけの影が五つ、そのようないでたちは重装備の皇帝軍ではありえない。
「国王軍!」
 護衛たちに緊張が走る。次々に抜剣する彼らを、薙刀の男が不敵な笑みを浮かべて見やる。
「第三皇子にして皇帝軍将帥、アカネ殿とお見受けする」
「そうですが、あなたは」
 努めて動揺を抑えながらアカネが問い返す。こんなに間近で敵と相対することは想定外だった。対して男は余裕がある。
「俺は国王軍のイブキという。実はさっき採用されたばかりでね。手柄を立てなきゃ帰れないんだ。勝手で悪いが、一緒に来てもらうぜ」
 イブキの左手が上がる。同時に後ろの五人の掌がアカネたちに向かってかざされた。
「!」
 魔法、と直感的に悟る。咄嗟に腕で顔を庇った。刹那、突風が叩きつけられる。かまいたちでも起こったのか、頬から赤い筋が飛んだ。
 踏みとどまった、と思ったのはつかの間だった。身を切り裂く風に驚いた馬が悲鳴を上げて次々と暴れ出した。護衛たちが振り落とされる。アカネ自身も後ろ足で立ち上がった馬を御しきれずに落馬する。
「ぐっ……!」
 呻き声をこらえるのが精一杯だった。すぐに立ち上がろうとするものの、着慣れない鎧が邪魔して思うように動けない。
 この機会をイブキが逃すはずもなかった。薙刀を構え、一気にアカネたちに接近する。悲鳴と血飛沫の中、何とかアカネは態勢を整えて剣を抜く。痛みと悔しさでかすむ景色に、最後の護衛が沈んだ。
 アカネはただ一人、イブキと向かい合った。
「僕を、どうする気だ」
「皇帝との取引の人質になってもらう。命までどうこうする気はないから安心しろ」
 手にした得物から滴る赤を前にしては、まるで説得力のない台詞だ。表情をこわばらせたアカネに、イブキが苦い笑いを向ける。
「そう警戒するなよ。俺だってガキの頃を知ってる奴を手にかけたくはない」
「子供の頃?」
「昔剣を習ったイブキおじさん、覚えてないか? 隙ありと見ればすぐに突っ込んでくる癖、治ってないみたいだな。まんまとこんなところにまで引きずり込まれやがって」
 指摘された癖には覚えがあったが、イブキという名には心当たりがない。アカネは黙って眼前の男を睨み返した。
「その気迫は大したもんだ。やはりキキョウ様のお子だな。目がそっくりだ」
 突然飛び出した母の名にアカネの剣先が揺れる。しまったと思った時にはもうイブキの巨体が目の前にあった。
「あんたの弱点は表情が読みやすいことだな。機会があったらまた稽古をつけてやるよ」
 どん、と首筋に重い衝撃が走った。急速に暗転していく視界の中、隅で緋色が躍った。転々と汚れが落ちたそれは、見る間に闇に呑まれて消えていく。まるで今の自分のようだと思ったのを最後に、アカネの意識は途切れた。


***************************************************************


<予告編>


「あなたには、失望しました」

敵陣の只中でアカネはレンギョウと向かい合う。
兄の友人。分かり合えると信じていた。
しかし卑怯な策で自分を捕らえたのは、紛れもなくこの銀髪の国王なのだ。

会見の様子を見守りながら、コウリは心中に不吉な芽が吹くのを感じていた。
レンギョウが第二皇子アサザと行動を共にしたと知った時と同じ、
危うい均衡が崩れそうになる予感。
王家にとって戦士に連なる者は敵であるはずだった。
ましてやアカネは、皇帝の血を引く皇子なのだ。
なのに彼の主は、先程の面罵さえも受け流して穏やかに微笑んでいる。
それは王者の器というより、親しい者へ対する苦笑に近いように見えた。

——危険だ。

コウリは密かに拳を握り締めた。
守らねばならない。レンギョウを。王家を。

『DOUBLE LORDS』承章12、
決意は石のように重く、コウリの裡へと沈んでいく。



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