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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 何故、こんなことになったのか——

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 草の海の向こうに初めて皇帝軍の姿を見た時、レンギョウの胸に針のような疑問が突き刺さった。もとより、望んだ戦ではない。今でも避けられる方策があるというのなら、喜んでその案を容れたいと思う。
 しかしそれはあくまでレンギョウの心中でのこと。実際の国王・自警団の連合軍四万は非常に士気が高く、目前に迫った皇帝軍におののく様子もない。
 彼らには戦う理由があった。自分の生活を守るため、主たる国王レンギョウを守るため。それぞれの理由のために国王の旗の下に集い、率いられてきた。ここは中立地帯の中でも王都寄りの平原、街道から少し離れた開けた草原である。今日この場所で、王制が始まって以来初めて、二人の領主による戦が幕を開ける。
「レン、大丈夫? 随分顔色が悪いみたいだけど」
 そう言いながら馬を寄せてきたシオンも、顔の色は紙のようだ。彼女とて戦を回避するため最大限の努力を傾けてきたのだ。レンギョウの口惜しさは充分に知っているはずだった。
「うむ。余なら平気だ。それより、自警団の兵の様子はどうなっておる?」
 努めて明るくレンギョウは答えた。シオンには自警団の長としての責任が、レンギョウにはこの混成軍の総司令としての責務がある。今は個人的な感傷に浸っている場合ではない。
「相変わらず皆やる気満々よ。今こそ皇帝を見返してやるんだって息巻いてる」
「そうか。皇帝軍は?」
「見ての通り、もうかなり近づいてるわよ。不用意に接触しないように先陣を止めたところ」
 馬上で頷いて、レンギョウは前方を見据えた。
「間もなく、か。コウリ、魔法部隊の準備はできておるな?」
「はい。既に本陣前に配置しております」
 傍らに控えていたコウリが答える。その言葉にレンギョウは苦い笑みを洩らした。
「……確か全部で五名だったか。貴族の中でも魔法を使える者はたったそれだけしかいないのだな」
 それは国王領が隠し続けた最大の秘密事項だった。初代国王レンが島国を統一してから二百年、時代が下るほどに王家及び貴族が持つ魔力は弱まっていった。現在では魔法と呼べるような現象を起こせるのは数えるほどしか存在しない。複数の魔法を駆使できるのは実質国王であるレンギョウ一人なのだ。
 魔力の喪失は皇帝への切り札を失うことを意味する。そのため代々の国王と貴族は極秘に魔力を高めるための研究を続けていた。しかしそれは実を結ぶことはなかった。十三年前に行われた魔力増幅装置の実験が失敗した際に起こった事故で当時の重臣のほとんどが死亡し、国王が正気を失ったのをきっかけに研究は凍結されたまま、現在に至っている。
「気休めにしかならぬかもしれぬが、いないよりは良かろう。兵の士気も上がるであろうしな」
 レンギョウは彼方に目を向ける。そこには鈍く光る皇帝軍の隊列が見えた。先程とほとんど距離が変わっていないところを見ると、あちらも進軍を止めたようだ。両軍の間に、見えない緊張の壁が横たわる。
 その時、左翼から一騎の馬がレンギョウたちの方へと駆けてきた。ウイキョウの部隊の腕章をつけている。
「国王陛下に申し上げます!」
 自警団の者なのだろう、馬を下りて慇懃に跪いた騎兵ははきはきした口調で言った。
「先程、我が隊を訪れた来客が陛下にお目通りを願っています。いかがいたしますか?」
「来客?」
 レンギョウたちは怪訝な顔を見合わせた。眉をしかめたコウリがにべもなく告げる。
「開戦を控えて、陛下は現在多忙でいらっしゃる。謁見は許可できぬと伝えよ」
「は、しかし……」
 とりつく島もないコウリにひるんだ様子もなく、まだ若い騎兵は小首を傾げた。
「客人はウイキョウ殿の古い知人で、信頼できる武人と聞いております。お会いになればこの戦への助言などを聞けるかと」
「そのようなことはそなたが考えることではない。この時機にどこの者とも知れぬ輩を陛下に会わせることはできぬと言っているのだ」
 コウリと騎兵の間に見えない火花が散った。無言の睨み合いの均衡を破ったのはレンギョウの澄んだ声だった。
「コウリ、構わぬ。その者に会ってみよう」
「陛下!」
 コウリのとがめるような声に、レンギョウは微かに笑ってみせた。
「心配はいらぬ。ウイキョウの紹介だと言うなら、謁見にウイキョウも立ち合わせると良い。勿論コウリ、おぬしもだ。それで文句はなかろう?」
「あ、私も行くわよ」
 自警団代表として何かあったら困るしね、とシオンが悪戯っぽく笑う。その様子にレンギョウの表情も緩んだ。
「うむ、そうしてくれると心強い。ときにおぬし」
 ふと思いついて、レンギョウは騎兵に目を向けた。
「コウリに意見するとはなかなかだのう。名は何と申す?」
「マツと申します、陛下」
 丸い目をさらに丸くして騎兵が言う。
「それにしても驚きました。まさか陛下から直接お言葉をいただけるなんて」
「そう驚くことではあるまい。使っている言葉が違うわけではないのだからな」
 マツの答えにレンギョウが苦笑を浮かべる。言伝を伝えるためマツを帰してから、三人はとりあえず急ごしらえした天幕に入った。勝手に面会を決めたこととマツの名を聞いたことが気に入らなかったらしく、コウリがぶつぶつと文句を言っていたがレンギョウは聞き流した。
 しばらく経って、外から二頭の馬の嘶きが聞こえてきた。顔を上げたレンギョウの目に、入り口に垂らした幕を潜って入ってくる大柄な男の姿が見えた。その顔は逆光になっていて細かいところまでは分からない。
「あんたが聖王陛下か?」
 一切の口上抜きで、男は言った。無礼とも言える態度に、しかしレンギョウは眉ひとつ動かさず答える。
「そうだ。おぬしは?」
「俺はイブキという。しかしまた、噂に違わずお綺麗な顔をしていらっしゃる」
 無礼者、と言いかけたコウリを手で制して、レンギョウは目を細めた。しかと男を見据えて口を開く。
「褒め言葉と受け取っておく。ときにイブキ、おぬしはウイキョウの古い知人と聞いたが」
 ようやく光に目が慣れてきた。徐々に像を結んだ男の顔でまず目に入ったのは大きな鷲鼻だった。日に灼けた肌のあちこちには古い傷痕が白く残っている。それらの奥にあるのが、状況を面白がっているような色を浮かべた瞳。年の頃は四十過ぎ、ウイキョウとさして変わらないくらいだろう。妙に愛嬌のある表情が印象的だった。
 レンギョウの言葉を受けて、イブキは親指で後ろに控えたウイキョウを示した。
「こいつとは昔からの腐れ縁でね。昔はよく剣を交えたもんよ」
「ではおぬしもかつては自警団に?」
「いや」
 イブキは短く刈り込んだ黒髪をわしわしと掻いた。
「隠す気はないから最初に言っておく。俺は皇帝軍の近衛隊長だった。もっとも、とうの昔に追放されて皇帝領には入れん身だがね」
 何、と声を上げたのはコウリ、息を呑んだのはシオン。その様子を見て、イブキは黙って成り行きを見守っていたウイキョウを顧みた。
「……どうやら改めて解説する手間は省けたようだな」
 皇帝軍は大きくふたつに分けられる。将帥を筆頭とする通常軍と近衛隊長が束ねる近衛隊だ。皇宮の警備から有事の軍事活動までを任務とする通常軍に比べ、近衛隊は皇家の警護のみに特化した少数精鋭の部隊である。皇帝のすぐ近くを守護するという立場上、慣例として近衛隊長の地位は副将帥と同等とされてきた。平時には将帥は置かれないから、副将帥と近衛隊長といえば皇帝軍を支える双璧のことを指す。勿論、本来なら国王側とは対立する立場だ。
「近衛隊長まで務めた人が追放って……一体どうして?」
 シオンの問いにイブキは肩をすくめて見せた。
「ま、色々あってな。オジさんには簡単には語れぬ過去ってもんがあるのさ」
「そのような戯言でごまかせると思っているのか」
 厳しい口調はコウリのもの。やれやれ、といった調子でイブキは溜息を吐いた。
「お前さん、そんなカリカリしてっとそのうちハゲるぜ」
「黙れ。質問に答えよ」
「どっちだよ」
「揚げ足を取るのはやめよ」
 苛立ちを隠さないコウリに臆する様子もなく、イブキは耳の穴などほじっている。たっぷり時間を取った後、指先を息で払ってようやくレンギョウに目を向けた。
「十年前、皇帝の后が中立地帯で殺された事件を知ってるか?」
「……いや」
「その時の皇后の護衛係が俺だったんだ。あの皇帝の性格を考えりゃ、死刑にならなかっただけでも儲けもんだがな。これで納得してもらえたか?」
「そうか。して、おぬしがここに来た理由は何だ? まさか何の目的もないわけではあるまい」
 にや、とイブキは不敵な笑みを口許に浮かべた。
「さすがに聖王陛下は話が早い。実はひとつ、願いたいことがあって参上した」
「申してみよ」
「俺を陛下の軍に加えていただきたい」
 ひた、とレンギョウの目を見据えてイブキが言った。声の調子は先程と変わらないが、その眸には真剣な光が宿っている。
「な、何を……」
「腕はウイキョウが保証してくれる。元近衛隊長という前歴も、見方次第では箔になるだろう。それに」
 何事か言いかけたコウリを遮って、イブキがたたみかける。
「皇帝軍将帥のアカネ皇子に剣術や戦術の手ほどきをしたのは俺だ。子供の頃とはいえ、皇子の性格も知っている。何の情報もないまま戦を始めるより有利にことを進められると思うが、どうだ?」
 レンギョウはすぐには口を開かない。目だけで傍らのコウリに意見を促す。
「私は反対です、このように得体の知れない者を陛下のお傍に置くわけにはまいりません」
「……私も」
 次に視線を投げられたシオンがためらいがちに口を開く。
「いくらウイキョウの知り合いでも、元々は皇帝軍の近衛隊長だった人を加えるのはどうかと思う」
 レンギョウは頷き、最後にウイキョウへと目を向ける。それまで影のように口を閉ざしていた大男は短く言った。
「俺はこの男を紹介しただけだ。最終的な判断はご自分でなさるべきだろう」
「……分かった」
 一つ息をついて、レンギョウはイブキに注意を戻した。
「イブキとやら、そこまで言うのなら何か策があるのであろう。勿体ぶらずに申してみよ」
 レンギョウの言葉にイブキは片眉を上げてみせた。
「何故そう思われる?」
「十年も前に皇帝領を追われておるのなら、もっと早く余の下に参じていても良かったはずだ。王都を出る前にも兵の募集はしておったのだからのう。それなのにわざわざ警戒の厳しいこの時機を選んで来たのであれば、何か考えがあると思うのが筋であろう」
「……成程」
 どこか満足そうにイブキは頷く。
「その通りだ。まこと陛下は聡明でいらっしゃる」
「世辞はよい。早く言わぬとしびれを切らした側役がおぬしを放り出すぞ」
 苦笑を浮かべたイブキは、不機嫌な表情のコウリやはらはらした顔で状況を見守っているシオンにちらりと目を向けた。
「ま、良かろう。どの道国王軍の手も借りなきゃならんかったからな。自警団の嬢ちゃんもよく聞いとけよ。これから話すのは、皇帝軍五万に勝つための方策だ」
 やがてイブキの話が終わった。聞き終えたレンギョウはその場でウイキョウと同じ左翼の最前線への配置を申し渡す。今度は誰一人として反対する者はいなかった。


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