書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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アサザがアオイ付の兵に呼び止められたのは、広い皇宮の廊下でのことだった。本格的な冬の訪れ以来、寝たきりの兄から使者が来るのは初めてだった。折しも昨日、弟のアカネ率いる中立地帯討伐軍を見送り、政務にも一区切りついたところである。
「丁度良かった。やっと手が空いたから帰って休もうと思ってたんだ」
おつかいの兵士に疲れた笑みを見せ、アサザは皇子たちの宮へと足を向けた。
「にしても何の用だろう。兄上がわざわざ人を使って呼び出すなんて」
あれこれ考えているうちに、皇宮と宮とを仕切る扉へと辿り着く。番をしている顔なじみの兵士が敬礼するのを、アサザは苦笑しながら見やった。
「お勤めご苦労さん。何か変わったことはないか?」
「はい。アオイ様よりお話は伺っております。お疲れのところ恐縮ですが、お早く立ち寄られるのがよろしいかと」
「ああ。兄上をあんまり長く起こしてちゃ悪いからな。すぐに行くよ」
兵士が開けた扉を潜り、さらに廊下を歩くことしばし。目指す部屋が見えてきた頃には、周りの空気にかすかな古紙の匂いが漂っている。
「兄上、アサザです」
「ああ、お入り」
部屋の中はいつもと同じく暖かだった。しかし紙の匂いの中に、今はわずかに薬のそれも混じっている。
そういえば兄と直接会うのは久しぶりだ。床の上に起こしたその身が一層細くなったのを見て、アサザの胸は痛んだ。
「起きてよろしいのですか」
「大丈夫……と言いたいところだけど、あまり長く保ちそうにないね。早速で悪いけど本題に入るよ。そこの地図を取ってくれないかい?」
示された地図は、どうやらこの国の全体図のようだ。差し出されたそれを、軽い咳をしながらアオイが受け取る。
「アサザ、君が忙しいのは承知しているけど、一つお願いがあるんだ」
「何ですか? 今なら丁度手が空いたところだし、余程のことじゃない限り大丈夫ですよ」
小さく笑みを浮かべて、アオイは地図の一点を示した。
「君にまた、行ってほしいところがあるんだ。ここ——山岳地帯、"山の民"の村へ」
「は? 何だってそんなところに」
兄の細い指が示す皇都の西部——険しい山並が描かれた部分に目をやって、アサザは首をひねった。
「大体例の事件以来、"山の民"たちとはほとんど交流がないじゃないですか。今更俺が行っても歓迎はされないと思いますよ」
「いや、そうじゃない。今だからこそ、戦士——というより、皇太子の君が行くことに意味があるんだ」
やつれた顔に似合わぬ強い眼差しで、アオイはアサザを見つめた。
「ここは、破魔刀”茅
”が眠っている場所なんだ」
「——”茅”?」
「そう。初代戦士アカザが使ったとされる刀だよ。本来なら皇家に伝わっているはずのものなんだけれどね。今まで所在がはっきりしなかったんだ」
アオイは床に積まれた書類の山に目を向けた。一番上に載っている走り書きのようなそれは、何かの報告書のように見える。
「アサザ、君が皇太子になってから、私はずっと”茅”を追っていたんだ。やがて起こるだろう——いや、アカネ達が中立地帯に向かった今、もう既に起こりつつある戦を回避できる可能性を持った、たった一つの武器を」
小さく咳をして、アオイは枕に背を預けた。
「できれば事が起こる前に見つけたかったけど、思ったより隠し場所を突き止めるのに時間がかかってしまってね。だから君には一刻も早く”茅”を手に入れてほしい」
「ちょっと待ってください兄上。”茅”ってのは一体何なんですか?そんな、戦を避ける力を持つほどに強力な武器なんて、聞いたこともないですよ」
「それはそうだろうね。”茅”はその力ゆえに封印された、戦士の切り札だから」
時折呼吸を乱しながらも、アオイの声は力を失うことなく続く。
「代々の戦士が担う国王の抑止力としての武器——それが”茅”だ。ただしそれが持ち出されるのは最大級の国難に直面した時のみ、過去に”茅”の遣い手は初代戦士アカザと初代皇帝アサギの二人だけだよ」
それを聞いたアサザの目が丸くなる。
「アカザとアサギって、両方とも歴史の変わり目にいた戦士じゃないですか。そんな大層な代物……」
「大層な代物だからこそ、こんな状況で役立つんだよ。”茅”の能力が具体的に何なのかは分からない。けれど隠し場所だけは何とか見つかった。”山の民”の村長に会えば、私たちが打てる手も増えるはずだよ」
微熱と長台詞で紅く染まった兄の頬を見つめながら、アサザはしばし考え込んだ。
「その”茅”を手に入れれば、中立地帯や国王領と争わなくても良くなるんですね?」
わずかな間をおいて、アオイは答える。
「今のままでは間違いなく戦いが起こる。けれども”茅”があれば争いを止めることができるかもしれない。あくまで可能性の話だよ」
「戦わない確率をゼロから何割かでも引き上げられるんですよね。それなら——やってみる価値はありますね」
アサザは顔を上げ、アオイに笑いかけた。
「俺はアカネとレンやシオンが戦うところは見たくない。だから、自分が行動することで少しでも状況を変えられるのなら、やりますよ」
「うん。ありがとう、アサザ」
アオイの手が、元気づけるようにアサザの肩を叩いた。笑顔のままその手を受けて、アサザは立ち上がった。
「じゃあ早速準備をしますよ。次にお会いする時は”茅”を手土産にしますからね」
「ああ、楽しみにしているよ。気をつけて」
部屋を出ていく弟の逞しい背を見送った一呼吸後、アオイの体は床の上に崩れ落ちた。
「少し、起きすぎたようだね……」
乱れる呼吸の下、霞む視界の中に薬と水差しを探す。ようやく求めた水差しに指が触れた瞬間、激しい咳の発作がアオイを襲った。その喘ぎと水差しが倒れる音とを耳にして、外に立っていた兵が慌てて部屋に駆け込んでくる。
「アオイ様! 大丈夫ですか!」
「だ……じょうぶ、アサザには、知らせ、ないで……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐアオイの火のように熱い額に、驚いた兵が大声で医者を呼ぶ。それをアオイは意識の遠くで聞いた。その声がアサザに届かないよう祈ったのを最後に、アオイの意識は闇に呑み込まれた。
「丁度良かった。やっと手が空いたから帰って休もうと思ってたんだ」
おつかいの兵士に疲れた笑みを見せ、アサザは皇子たちの宮へと足を向けた。
「にしても何の用だろう。兄上がわざわざ人を使って呼び出すなんて」
あれこれ考えているうちに、皇宮と宮とを仕切る扉へと辿り着く。番をしている顔なじみの兵士が敬礼するのを、アサザは苦笑しながら見やった。
「お勤めご苦労さん。何か変わったことはないか?」
「はい。アオイ様よりお話は伺っております。お疲れのところ恐縮ですが、お早く立ち寄られるのがよろしいかと」
「ああ。兄上をあんまり長く起こしてちゃ悪いからな。すぐに行くよ」
兵士が開けた扉を潜り、さらに廊下を歩くことしばし。目指す部屋が見えてきた頃には、周りの空気にかすかな古紙の匂いが漂っている。
「兄上、アサザです」
「ああ、お入り」
部屋の中はいつもと同じく暖かだった。しかし紙の匂いの中に、今はわずかに薬のそれも混じっている。
そういえば兄と直接会うのは久しぶりだ。床の上に起こしたその身が一層細くなったのを見て、アサザの胸は痛んだ。
「起きてよろしいのですか」
「大丈夫……と言いたいところだけど、あまり長く保ちそうにないね。早速で悪いけど本題に入るよ。そこの地図を取ってくれないかい?」
示された地図は、どうやらこの国の全体図のようだ。差し出されたそれを、軽い咳をしながらアオイが受け取る。
「アサザ、君が忙しいのは承知しているけど、一つお願いがあるんだ」
「何ですか? 今なら丁度手が空いたところだし、余程のことじゃない限り大丈夫ですよ」
小さく笑みを浮かべて、アオイは地図の一点を示した。
「君にまた、行ってほしいところがあるんだ。ここ——山岳地帯、"山の民"の村へ」
「は? 何だってそんなところに」
兄の細い指が示す皇都の西部——険しい山並が描かれた部分に目をやって、アサザは首をひねった。
「大体例の事件以来、"山の民"たちとはほとんど交流がないじゃないですか。今更俺が行っても歓迎はされないと思いますよ」
「いや、そうじゃない。今だからこそ、戦士——というより、皇太子の君が行くことに意味があるんだ」
やつれた顔に似合わぬ強い眼差しで、アオイはアサザを見つめた。
「ここは、破魔刀”
”が眠っている場所なんだ」
「——”茅”?」
「そう。初代戦士アカザが使ったとされる刀だよ。本来なら皇家に伝わっているはずのものなんだけれどね。今まで所在がはっきりしなかったんだ」
アオイは床に積まれた書類の山に目を向けた。一番上に載っている走り書きのようなそれは、何かの報告書のように見える。
「アサザ、君が皇太子になってから、私はずっと”茅”を追っていたんだ。やがて起こるだろう——いや、アカネ達が中立地帯に向かった今、もう既に起こりつつある戦を回避できる可能性を持った、たった一つの武器を」
小さく咳をして、アオイは枕に背を預けた。
「できれば事が起こる前に見つけたかったけど、思ったより隠し場所を突き止めるのに時間がかかってしまってね。だから君には一刻も早く”茅”を手に入れてほしい」
「ちょっと待ってください兄上。”茅”ってのは一体何なんですか?そんな、戦を避ける力を持つほどに強力な武器なんて、聞いたこともないですよ」
「それはそうだろうね。”茅”はその力ゆえに封印された、戦士の切り札だから」
時折呼吸を乱しながらも、アオイの声は力を失うことなく続く。
「代々の戦士が担う国王の抑止力としての武器——それが”茅”だ。ただしそれが持ち出されるのは最大級の国難に直面した時のみ、過去に”茅”の遣い手は初代戦士アカザと初代皇帝アサギの二人だけだよ」
それを聞いたアサザの目が丸くなる。
「アカザとアサギって、両方とも歴史の変わり目にいた戦士じゃないですか。そんな大層な代物……」
「大層な代物だからこそ、こんな状況で役立つんだよ。”茅”の能力が具体的に何なのかは分からない。けれど隠し場所だけは何とか見つかった。”山の民”の村長に会えば、私たちが打てる手も増えるはずだよ」
微熱と長台詞で紅く染まった兄の頬を見つめながら、アサザはしばし考え込んだ。
「その”茅”を手に入れれば、中立地帯や国王領と争わなくても良くなるんですね?」
わずかな間をおいて、アオイは答える。
「今のままでは間違いなく戦いが起こる。けれども”茅”があれば争いを止めることができるかもしれない。あくまで可能性の話だよ」
「戦わない確率をゼロから何割かでも引き上げられるんですよね。それなら——やってみる価値はありますね」
アサザは顔を上げ、アオイに笑いかけた。
「俺はアカネとレンやシオンが戦うところは見たくない。だから、自分が行動することで少しでも状況を変えられるのなら、やりますよ」
「うん。ありがとう、アサザ」
アオイの手が、元気づけるようにアサザの肩を叩いた。笑顔のままその手を受けて、アサザは立ち上がった。
「じゃあ早速準備をしますよ。次にお会いする時は”茅”を手土産にしますからね」
「ああ、楽しみにしているよ。気をつけて」
部屋を出ていく弟の逞しい背を見送った一呼吸後、アオイの体は床の上に崩れ落ちた。
「少し、起きすぎたようだね……」
乱れる呼吸の下、霞む視界の中に薬と水差しを探す。ようやく求めた水差しに指が触れた瞬間、激しい咳の発作がアオイを襲った。その喘ぎと水差しが倒れる音とを耳にして、外に立っていた兵が慌てて部屋に駆け込んでくる。
「アオイ様! 大丈夫ですか!」
「だ……じょうぶ、アサザには、知らせ、ないで……」
途切れ途切れに言葉を紡ぐアオイの火のように熱い額に、驚いた兵が大声で医者を呼ぶ。それをアオイは意識の遠くで聞いた。その声がアサザに届かないよう祈ったのを最後に、アオイの意識は闇に呑み込まれた。
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