書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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皇帝アザミの許に中立地帯との境近辺を守る皇帝軍の急使が駆け込んできたのは、凍てついた風が吹く寒い午後のことだった。アザミと共に報せを聞きながら、アサザは顔から血の気が引いていくのを感じていた。
皇帝領との境にある中立地帯の村で、民の暴動が起こった。きっかけは、皇帝軍の倉庫に食糧が運び込まれるのを見た中立地帯の住人の一言。
「戦士に食わすメシはあっても、俺らに食わす分はないってか。ご自分のお食事を減らしてまで食糧を配ってくれた聖王様とはえらい違いだな」
その男は随分酔っていたらしい。片手に持った安酒の空き瓶を軍の兵士たちに投げつけてわめいた男はすぐに捕らえられた。通常なら酒が抜けるまで牢屋に放り込み、適当に懲らしめてから放免となるところだが、今は時期が悪かった。第三皇子アカネが将帥になってから一か月、十年ぶりの戦時とあって兵たちの気は立っていた。
分けてもその村の兵たちを束ねる兵隊長は、中立地帯の民たちを常に疑っていたらしい。捕らえられた男はすぐさま兵隊長の前へと引っ立てられ、裁判が始まった。一刻も経たないうちに男は自警団の間者だという決定が出された。国王の良い印象を村人に与え、皇帝への反感を煽ったというのが主な根拠だった。男に弁解の機会などはなく、一方的に罪は確定した。
間諜は見つけ次第死刑に処す。戦時特例に基づいて、村人の見守る中で男の処刑が始まった。皇帝軍の兵士が罪状を読み上げ、処刑人が斧を振りかざす。その時、取り囲んだ村人たちから石が飛んだ。
「酔っ払いのたわごとに、間者も何もないだろうが! そんなに俺たちをいたぶるのが楽しいか!!」
誰かが叫んだ。するとそれに続くように、兵士へ四方から石や砂が投げつけられた。
「そうだそうだ! こんな処刑、でっち上げだ!!」
「ロクに俺たちのことを考えていないくせに、こんなところでばかり威張りやがって!」
声が大きくなると共に、兵士たちを囲んだ輪が狭まった。村人の一人が罪状を持った兵士に飛び掛かる。それを皮切りに、混乱は一気に広まった。
しかし騒動はそう長くは続かなかった。処刑場の様子を見ていた兵隊長が待機していた兵を出して鎮圧したのだ。死者こそ出なかったものの、皇帝軍によって捕縛された者は十数人に上った。今回の急使は、処理に困った兵隊長が出したものだったのだ。
大して興味がなさそうに話を聞いていたアザミは、一通り使者の報告が終わると面倒くさげに尋ねた。
「……で、その兵隊長は捕らえた村人をまだ生かしているのだな?」
「は、はい」
「ならば良い。村人は生かしておけ。殺せば無用な面倒が起こる。最初の酔っ払いとやらも同様だ」
「はっ」
犠牲者がいないと知って、アサザはほっと胸を撫で下ろす。しかしアザミは、かしこまったままの使者に向けて薄く笑みを浮かべて見せた。
「それと、その兵隊長は降格だ。ろくに審議もせずに処刑をしようなど、愚か者の極みだからな」
上官の処遇に驚いている様子の使者を、楽しそうにアザミが見やる。
「部下のお前からは伝えづらかろうが、余の命令だと言えば問題はあるまい。ときに——」
アザミは身を乗り出した。
「村人どもが王都の小僧の名前を出したというのは本当か?」
アサザの心臓が跳ね上がる。アザミがどういうつもりなのかはわからないが、レンギョウのことで父が好意的なことを考えるはずがない。
「陛下、それこそ酔った勢いでの戯言でしょう。そのようなことを問題にするより、新しい兵隊長に誰を充てるかご指示された方が」
「使者よ。どうなのだ」
アサザを完全に無視して、アザミは問いを重ねる。ためらいながらも、使者は頷いた。
「は……はい。最初のきっかけを作りました酔っ払いと捕縛された数人が、国王の名前を呼んでおりました。国王ならばこのようなことは許さないはずだ、などとわめいておりましたが」
「ふん」
態度とは裏腹に、アザミの顔は笑っていた。それを見たアサザの背筋に寒気が走る。
「陛下」
アサザの呼びかけを遮って、アザミは席を立った。
「皇太子よ。第三皇子と副将帥に出陣の用意をするよう伝えろ。どうやら中立地帯には小僧へ期待する者がかなりいるらしい。将来余の手を噛むかも知れぬ者どもだ。そういう手合いは少々懲らしめてやらんとな」
「しかし陛下! そのような理由で軍を動かせば——」
「皇太子」
ゆっくりとアザミは振り返った。研ぎ澄まされた刃のような眼光がアサザを貫く。
「余が、皇帝だ。忘れるな」
言って、アザミは自室へと続く扉へと足を向けた。
「早く行け。余は気が長いほうではない」
「は、はっ!!」
慌てた使者がすぐに廊下へと駆けていく。拳を握り締めながら、アサザは父帝が扉の向こうへ姿を消すのを睨みつけていた。
「戦士に食わすメシはあっても、俺らに食わす分はないってか。ご自分のお食事を減らしてまで食糧を配ってくれた聖王様とはえらい違いだな」
その男は随分酔っていたらしい。片手に持った安酒の空き瓶を軍の兵士たちに投げつけてわめいた男はすぐに捕らえられた。通常なら酒が抜けるまで牢屋に放り込み、適当に懲らしめてから放免となるところだが、今は時期が悪かった。第三皇子アカネが将帥になってから一か月、十年ぶりの戦時とあって兵たちの気は立っていた。
分けてもその村の兵たちを束ねる兵隊長は、中立地帯の民たちを常に疑っていたらしい。捕らえられた男はすぐさま兵隊長の前へと引っ立てられ、裁判が始まった。一刻も経たないうちに男は自警団の間者だという決定が出された。国王の良い印象を村人に与え、皇帝への反感を煽ったというのが主な根拠だった。男に弁解の機会などはなく、一方的に罪は確定した。
間諜は見つけ次第死刑に処す。戦時特例に基づいて、村人の見守る中で男の処刑が始まった。皇帝軍の兵士が罪状を読み上げ、処刑人が斧を振りかざす。その時、取り囲んだ村人たちから石が飛んだ。
「酔っ払いのたわごとに、間者も何もないだろうが! そんなに俺たちをいたぶるのが楽しいか!!」
誰かが叫んだ。するとそれに続くように、兵士へ四方から石や砂が投げつけられた。
「そうだそうだ! こんな処刑、でっち上げだ!!」
「ロクに俺たちのことを考えていないくせに、こんなところでばかり威張りやがって!」
声が大きくなると共に、兵士たちを囲んだ輪が狭まった。村人の一人が罪状を持った兵士に飛び掛かる。それを皮切りに、混乱は一気に広まった。
しかし騒動はそう長くは続かなかった。処刑場の様子を見ていた兵隊長が待機していた兵を出して鎮圧したのだ。死者こそ出なかったものの、皇帝軍によって捕縛された者は十数人に上った。今回の急使は、処理に困った兵隊長が出したものだったのだ。
大して興味がなさそうに話を聞いていたアザミは、一通り使者の報告が終わると面倒くさげに尋ねた。
「……で、その兵隊長は捕らえた村人をまだ生かしているのだな?」
「は、はい」
「ならば良い。村人は生かしておけ。殺せば無用な面倒が起こる。最初の酔っ払いとやらも同様だ」
「はっ」
犠牲者がいないと知って、アサザはほっと胸を撫で下ろす。しかしアザミは、かしこまったままの使者に向けて薄く笑みを浮かべて見せた。
「それと、その兵隊長は降格だ。ろくに審議もせずに処刑をしようなど、愚か者の極みだからな」
上官の処遇に驚いている様子の使者を、楽しそうにアザミが見やる。
「部下のお前からは伝えづらかろうが、余の命令だと言えば問題はあるまい。ときに——」
アザミは身を乗り出した。
「村人どもが王都の小僧の名前を出したというのは本当か?」
アサザの心臓が跳ね上がる。アザミがどういうつもりなのかはわからないが、レンギョウのことで父が好意的なことを考えるはずがない。
「陛下、それこそ酔った勢いでの戯言でしょう。そのようなことを問題にするより、新しい兵隊長に誰を充てるかご指示された方が」
「使者よ。どうなのだ」
アサザを完全に無視して、アザミは問いを重ねる。ためらいながらも、使者は頷いた。
「は……はい。最初のきっかけを作りました酔っ払いと捕縛された数人が、国王の名前を呼んでおりました。国王ならばこのようなことは許さないはずだ、などとわめいておりましたが」
「ふん」
態度とは裏腹に、アザミの顔は笑っていた。それを見たアサザの背筋に寒気が走る。
「陛下」
アサザの呼びかけを遮って、アザミは席を立った。
「皇太子よ。第三皇子と副将帥に出陣の用意をするよう伝えろ。どうやら中立地帯には小僧へ期待する者がかなりいるらしい。将来余の手を噛むかも知れぬ者どもだ。そういう手合いは少々懲らしめてやらんとな」
「しかし陛下! そのような理由で軍を動かせば——」
「皇太子」
ゆっくりとアザミは振り返った。研ぎ澄まされた刃のような眼光がアサザを貫く。
「余が、皇帝だ。忘れるな」
言って、アザミは自室へと続く扉へと足を向けた。
「早く行け。余は気が長いほうではない」
「は、はっ!!」
慌てた使者がすぐに廊下へと駆けていく。拳を握り締めながら、アサザは父帝が扉の向こうへ姿を消すのを睨みつけていた。
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