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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「足りんな」

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 厳冬の皇宮、皇帝の執務室にアザミの冷え冷えした声が響く。
「やはり中立地帯への援助は中止だ。担当の第三皇子にそう伝えろ」
「陛下ッ!!」
 座っていた椅子を蹴り倒してアサザは立ち上がった。はずみで目の前の机に載った書類の山が雪崩を起こしたが、それには構わずに身を翻して奥の皇帝の執務机に向かう。
 ここ数日、政務が重なり忙しかったせいで自分の宮にも帰っていない。しっかりした睡眠も取っていないため、目の下には濃くくまが浮いている。そんな姿のアサザの激しい剣幕に、指示を伝えようと退出しかけた侍従官がびくりと立ち止まった。左足を出しかけたまま固まっている侍従官の前を足音も荒く通り過ぎ、アサザは父帝の机に手のひらを叩きつける。代々の皇帝が使ってきた重厚な執務机がばん、と派手な音を立てた。
「ちょっと待って下さい。分かっているでしょうが、皇帝領からの食糧援助は中立地帯にとっては生命線なのですよ! そんな大問題をこんなに軽々しく決定して良いのですか! もっとよく考えてから——」
「皇都の戦士どもの給料は減らした。皇家の予算も削った。それでも皇帝領にさえ食が足りぬ。議論だの再考だのの余地はない」
 ばさり、とアザミは手にした紙束を机の上に放り出した。そこにはアサザの机とは比較にならないほどたくさんの書類が積まれている。そのうちの一束を手に取ったアザミはすばやく文面に目を走らせる。アザミとてアサザと大差ない数日間を過ごしてきたはずだが、その速度は普段とほとんど変わっていない。
「それともお前は、自領を飢えさせても中立地帯へ援助を送れと言うのか?」
 言葉に詰まったアサザはぐっと黙り込んだ。アザミの横顔を睨みつけていたその目が、ふと机の一点に向けられる。崩れかけた書類の山のてっぺんで、今にもずり落ちそうになっている紙束。先程アザミが放り出したまま半分めくれているそれを何とはなしに見たアサザの目がはっと大きくなる。
「これは……領内の食糧配分表!?」
 アサザは紙束を掴み取り、慌ただしく頁をめくった。その手がぴたりと止まる。広げられた書類の一点を見つめるアサザの目に、わずかな光が宿った。
「軍に回す備蓄分が去年と変わってない。これを減らして不足分に充てれば……」
「馬鹿者が。それはできん」
 アサザを一顧だにせずアザミが言う。
「近いうちに中立地帯では反乱が起きるのだからな」
「なっ……それはどういうことですか!」
「わからんのか?」
 そう言ったアザミはようやくにアサザをじろりと睨み上げた。
「半年と少し前に再開されたばかりの援助を、また皇帝領の都合で止められるのだ。血の気の多い自警団が黙っているはずがなかろう」
 斬りつけるようなアザミの眼光に怯みながら、それでもアサザは続ける。
「だったらなおさら止めるわけにはいかないでしょう。無用な争いは避けるべきです」
「偉そうなことを言う前に、もう一度その資料をよく見たらどうだ」
 これ以上構ってられないとばかりにアサザから目を逸らし、アザミは手元の紙に何やら書き付けた。
「中立地帯は広い。たとえ今すぐ軍を解散して食糧を回したとしても援助分に足りるかどうか。援助援助とお前は簡単に言うが、そもそも中立地帯へ送る食糧は我が領の収穫の半分以上を占めているのだ。まして今年は酷暑の夏に早すぎる秋、厳しい冬が続いている。収穫量は去年の半分以下だ。そんな状況で他人の面倒までは見てられぬ」
 アザミは顔を上げ、侍従長、と短く呼ぶ。飛んできた初老の男に手にした紙を突きつけ、アザミは鋭く命令を出す。この間、アサザには目もくれない。
「聞いての通りだ。反乱に備えて軍の再編をする。将帥に使えそうな者を調べてこい。もっとも、そう何人もいないだろうがな」
「しっ……!」
 アサザは目を丸くした。
「陛下、将帥職は戦時にしか置かれない軍の最高役職ではないですか。こんな時期にそんなものが置かれたことが自警団に知られたら——」
「ふん。どうせ事は起こるのだ。同じことよ」
 アサザはぎり、と奥歯を噛んだ。
「そんなこと——俺が、させません」
 失礼します、と言い捨てて、アサザは足音高く執務室を出た。まだおろおろしていた最初の侍従官を睨みつけ、部屋から出ないよう威嚇してから扉を閉める。
 しかし実際問題として、ああは言ったものの具体的にどうすればいいのかは全くわからない。執務室より数段冷え込みの厳しい廊下を歩きながら、アサザは苦い顔になった。
「くそっ……」
 こういう時に誰よりも頼れるのはアオイだ。しかし病弱な兄はあの酷暑と早すぎる冬の到来でずっと体調を崩している。最近は病状も随分と落ち着いたが、それでも寝たり起きたりの生活が続いていた。精神的な負担はできるだけ避けるべき時、まして軍がらみの生臭い相談に乗ってもらえるような状態ではない。
 熱くなった頭のままアサザは執務室のある宮を出、兄弟で住む自分の宮へと足を向けていた。兄上の体調が良かったら話だけでも聞いてもらおう、そう考えながら住み慣れた宮の門をくぐった時だった。
「——アサザ?」
 横合いからいきなり声をかけられて、アサザは足を止めた。皇太子という身分になってから、アサザを呼び捨てにする人物は数えるほどしかいない。やはり、手入れの行き届いた前庭でアカネと一緒に立っていたのは、アサザにとってもなじみのある顔だった。
「ブドウ? 来てたのか」
 軽く手を上げて応えたのは、アサザとそう背丈の変わらないほどに背の高い女性だった。褐色に焼けた肌に覆われた引き締まった身体が、今は動きやすい普段着と簡単な革鎧に包まれている。二十二歳という若い女性ながら板についたその姿は、さすがは平時における皇帝軍最高職にあたる副将帥を拝命している生粋の軍人というべきか。右手に持った木剣を見るに、どうやらアカネに稽古をつけているところだったらしい。
「久しぶりだな。元気かどうかは……聞くだけムダか」
「まーね。あんたこそ大丈夫かい? 慣れない公務で苦労してるだろ」
 冬の午後の冷たい風の中にもかかわらず汗に濡れた赤茶の短髪を拭いながら、ブドウは若葉色の瞳をにや、と笑わせる。
「皇帝陛下のことは昔っから苦手にしてたからねぇ。ある意味私より手ごわい相手だろ?」
「まったくだ。お前相手に一本取るほうがどんなに楽か知れないぜ」
 アサザは大げさに顔をしかめてみせた。それを見てブドウはからからと笑う。
「正直な奴だな。ま、全然変わってないようで安心はしたけどね」
「お前こそ全然変わってないな。ちょっとは変わらんと嫁の貰い手がなくなるぞ。そろそろいい歳なんだから」
「こんにゃろ、ほっといてくれよ」
 口では怒ったように言っても、その言葉の中には常に笑いが含まれている。以前と変わらないブドウの態度に、いつの間にかアサザも執務室でのもやもやを忘れていた。特に何をするわけでもないのだが、ブドウの傍はいつも居心地がいい。だからこそアサザを含めた兄弟全員が仲良くやっていけるのだろう。
 ブドウは皇帝領の戦士の中でも二番目に位が高い家柄・グースフット家の出身だ。赤茶の髪と若葉色の瞳はその血筋を濃く映し出している。黒髪黒目の人々が大半のこの島国では、ブドウのような姿はかなり目立つ。外来の祖先を持つ証左でもある色つきの髪や瞳はこの国ではとても少なく、特別な扱いを受ける一族が多い。その代表的な例が王家であると言える。
 グースフット一族の場合は、初代戦士アカザの右腕として活躍した同名の猛将が始祖にあたる。王家による島国の統一以来、後の皇帝家に寄り添うように続いてきた家柄だ。いわば皇帝家の生粋の家臣であるわけだが、アサザとブドウの間にはそんな堅苦しいものは存在しない。
 平たく言うなら、好敵手だった。お互いがお互いにだけ、一回も勝てたことがない。手合わせはいつも引き分けだった。その実力は双方認め合うところ、いつしか意気投合した二人の交流はアサザの兄弟も含めたものに発展していた。
「それはそうとアサザ、アカネがな……」
 秘密を打ち明けるようにブドウが声を低くした。
「街の酒場の話をしてから、連れてってくれってうるさいんだよ。どうにかしてくれないか」
 何を相談されるのかと思いきや。アサザは呆れ顔を隠さずにブドウの顔を見た。
「んなこといわれても……そもそもお前がそんなコト話すから悪いんだろうが」
「あっブドウ、それは兄上たちには秘密だって約束したじゃないか!」
 猛抗議を始めたアカネの頭をアサザはぽんぽんと叩く。
「こら、お前には酒場なんざ十年早い。まだガキなんだからな」
「そういう兄上はどうなんです。知ってるんですよ、兄上が十四の時に倉の食べ物と酒かっぱらって家出未遂を起こしたこと」
「あん時の俺は堂々としてただろが。お前みたいにコソコソ秘密だ何だと言ってるうちはまだまだガキだってんだ。やーい」
「うー」
 悔しがるアカネに苦笑して、ブドウはアサザに目を向ける。
「それよりアサザ、何か用事があって帰ってきたんじゃないのか?」
「ああ、そうだった。兄上に会えるなら、ちょっと話がしたかったんだが……ん、どうした?」
 何気なく出したアオイの名前にアカネとブドウの顔が曇るのを見て、アサザの胸にも嫌な予感が広がっていく。
「おい、もしかして——」
「ああ。二日前から熱が下がられなくてな。今、お会いすることはできない」
「お前……!!」
 すいと目を逸らしたブドウに、アサザは足音荒く詰め寄った。
「二日前だと!? 知ってたなら何で使いをよこさなかった! こないだの夏以来兄上のお加減がずっと悪いのはお前も知ってただろう!!」
「兄上、やめてください! 兄上に知らせなかったのは政務の邪魔をしてはいけないと兄上様がおっしゃったからなんです! ブドウは兄上様が倒れられた日にたまたま遊びに来ていただけなのに、ずっと付き添っていてくれたんですよ!」
 腕にすがりついたアカネの身体の重さで、アサザは何とか自制心を保つ。波立った気持ちを鎮めがら、改めてブドウの様子を眺めてみる。うなだれた肩、伏せた瞳。先程は気づかなかったが、その目の下はアサザと同じようにうっすらと黒ずんでいる。気のせいか頬のあたりもやつれているようだ。生粋の軍人であるブドウにとって、病人の看護などという普段やり慣れていない種類の作業は大変だったに違いない。黙ったままアサザの視線を受け止めているブドウの姿を見て、アサザの肩から自然に力が抜けていく。
「……悪かった、ブドウ」
「いいさ、気にするな」
 がっくりと落ちたアサザの肩をブドウの手が軽く叩く。
「私もあんたと同じ立場なら多分怒るだろうしね。でもま、よく確認もしないでそれをぶつけるようじゃ、まだまだ大人とは言えないんじゃないかな?」
「なっ……なんで話がそこにつながるんだよ!? 関係ないじゃないか!!」
 アサザの抗議をブドウは笑って受け流す。その目がふっと笑いを消した。
「ま、それはともかくだ。アオイ様ほど頼りにはならないかもしれないが、私でよければ話くらいは聞いてやるぞ?」
「そうですよ。僕らだって何かの手助けはできるかもしれないんですからね」
 ここぞとばかりにアカネも口を尖らせて自己主張する。
「大体兄上は兄上様に頼りすぎなんです。それはそれで構いませんが、もっと他の人も信用してくれないと寂しいじゃないですか。そんなんじゃ友達だって減っちゃいますよ」
「……アカネ、お前」
 アサザはぽかんと弟の顔を見る。
「お前に説教される日が来るとは思わなかったぜ。ったく、カッコ悪ィな」
 自分を見つめる二対の真剣な眼差しに、アサザは大きく息を吐いた。ブドウはともかくとして、アカネにまでそこまで言われては、ささいなことで熱くなった自分を恥じざるを得ない。
 兄としての威厳を取り戻すべく、アサザはがりがりと頭を掻きながら適当な言葉を探した。
「じゃ、聞いてくれるか。そんなに楽しい話ではないけどな」
 そう前置きしてから、アサザは執務室であったことを二人に話した。中立地帯への援助打ち切りを聞いた時にブドウとアカネは顔を見合わせたが、結局最後まで口を挟まずにアサザの話を聞き終えた。
「俺は中立地帯とも国王領とも戦いたくない。だがこのままだと陛下の予測通り反乱は起こってしまうだろう。何とかなる方法はないか、それを今日は相談に来たんだ」
 アサザが口を閉ざす頃、アカネの瞳は興奮できらきらしていた。
「……やっぱり兄上様はすごいなぁ。何でもお見通しだ」
「ん? どういうことだ?」
 怪訝顔のアサザに我がことのように胸を張ったアカネが答える。
「今回倒れられる直前に、兄上様が同じようなことを言ってらしたんですよ。近いうちにそうなるだろうって」
「私が言うのも何だが、軍が動くことはアオイ様の本意ではないからな」
 ブドウも小さく肩をすくめる。
「あの方のお考えは私には解らないが……どうやら今は”山の民”について調べられているようだ。アサザも気をつけておいてくれないか」
 予想外の名前にアサザは目をしばたたかせた。
「”山の民”? 兄上は何だってまたそんなところを」
「さあ……まあ、キキョウ様がお亡くなりになられてからは互いにほとんど行き来がなくなっているからな。以前からお気にかけられていたご様子だったし、アオイ様なりに何か思うところがおありなのだろう」
「……確かに、あれ以来ぱったりと皇都では見かけなくなったよな、あそこの一族は」
 その言葉が持つ微妙な含みに、ブドウははっと顔を上げた。
「すまん。アサザ、アカネ。失言だった」
「お前が謝る事じゃない」
 言葉とは裏腹な感情を押し殺したような平坦な声で、アサザは言う。アカネはわずかに視線を伏せて、聞かないふりをしていた。
「そう……母上のことで謝らなきゃならんのは陛下だけだ」
「アサザ……」
 ブドウの気遣わしげな視線を振り切るようにひとつ大きな息を吐いて、アサザは顔を上げた。
「さて。んじゃ俺は一旦部屋に戻るぜ。今言ったことは、もともとそう簡単に結論が出る話でもなし、愚痴だと思って聞き流してくれ。あ、メシの用意ができたら呼んでくれよ」
「あ……ああ」
「アカネも、寒稽古はほどほどにしとけよ。風邪なんか引いたら元も子もないんだからな」
「はーい」
 アカネの返事を背中で聞いて、アサザが屋敷へ向かって歩き出した時だった。
「失礼致します。第三皇子殿下はいらっしゃいますか」
 聞き覚えのあるその声にアサザが振り返ると、見たことのある顔がちょうど宮の門をくぐるところだった。
「侍従長じゃないか。一体どうしたんだい?」
 そう言ったアカネの隣にブドウの姿を見つけて、侍従長は少し驚いたらしい。
「これはこれは。ブドウ殿もおられましたか」
「ああ、まあな」
「これはちょうど良かった。皇帝陛下よりお二人に勅命が下りました。謹んでお受けくださいますよう」
 その場の空気に緊張が走った。気弱げな視線でちらりとアサザの顔色をうかがってから、侍従長は手にした二通の書状を広げた。
「そ、それではお読み致します」
「うん、頼む」
 頷いたアカネに向けて、侍従長はおどおどと勅書を読み上げる。
「だ……『第三皇子アカネ、この者を皇帝軍将帥の職に任命する』との勅命です。続きまして、ええと……『皇帝軍副将帥ブドウ、この者はその職において新たに置かれた将帥の補佐を行うことを命ずる』とのことです。戦士アカザの名にかけて、偽りの言の無きことを誓うものであります。さ、ご確認を」
 勅書を読み上げた後の決まり文句と共に本人たちに示された書状には、確かに読み上げられたものと同じ文面とアザミの署名が書き込まれていた。
「アカネが……将帥だと?」
 アサザのかすれた声だけがその場に落ちる。よほど驚いたのか、当人たちに至っては一言もない。
「ちょ……勅命を拒否することはできません。ご存知かとは思いますが、そのことをお忘れなきよう」
 一礼してそそくさと侍従長は去っていった。取り残された三人は、早くも夕闇が迫る庭でただ呆然と立ち尽くしていた。


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