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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 ぬるい夕暮れの風が紙の匂いで満たされた部屋に吹き込んでくる。季節はもうすぐ夏を迎える。明日はその先駆けのように暑くなりそうだ。

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 適温に保たれた居心地の良い部屋でアオイと共にアカネの話を聞きながら、アサザはぼんやりとそんなことを考えていた。皇都は王都より涼しい北方にある。とはいえ、やはり夏はそれなりに暑い。特にアオイの身体に、夏の暑さは冬の寒さと並んで大きな負担をかける。床に起き上がってはいるものの、血色の悪い兄の横顔を盗み見て、アサザは内心で溜息を吐いた。
「……兄上、聞いてますか?」
 アカネの声に、アサザは我に返った。心持ち頬を膨らませている弟に、アサザは慌てて頷いて見せた。
「あ、ああ、ちゃんと聞いてるさ。その、コウリとかいう奴がお前に地理の講義をしてくれたんだったよな?」
「その話はずっと前に終わりましたよ。今、父上が退出なさったところまでお話したところです」
「あ、そうだったか。悪い悪い」
 アサザの答えに、アカネは今度こそ見間違いようのない膨れっ面を作る。
「まあまあアカネ。アサザもここしばらく忙しかったから疲れてるんだよ」
 そっぽを向いてしまった末弟を、苦笑しながらアオイがなだめる。
「今日の謁見にだって、勉強がたくさんあったからアサザは行けなかっただろう? もっとも、アサザにしてみればそっちの方が楽だったかもしれないけれど。特に最近は苦戦しているみたいだしね」
「兄上が厳しすぎるんですよ。まったく、皇太子なんてロクなもんじゃないな。覚えることばかり多くて嫌になる」
 大仰に顔をしかめて、アサザは肩をすくめた。
「もっとも、兄上のお体がちっとも良くならない訳が分かったような気はしますけどね。あんな面倒なことを次から次へと詰め込まれちゃ、誰だってどうにかなっちまうぜ。俺でさえ頭がくらくらするもんな」
「ふふ。でもアサザ、今君に教えていることを私は父上から教わったんだよ? それに比べれば随分とましなんじゃないかな」
「うわ、俺は絶対ごめんですね」
 あさっての方を向いたまま、アカネが吹き出した。顔を見合わせて兄二人も笑い出す。ひとしきり笑った後、アカネはアオイに向き直った。機嫌はすっかり直ったようだ。
「そういえば兄上様、僕は兄上ほど勉強をサボったつもりはないんですが」
「何ぃ?」
 伸ばされたアサザの腕をひょいと避けて、アカネは続ける。
「今回の父上と使者との話ではいくつも分からないことがあって、正直すごく切なかったんです」
「……どうでもいいがお前、そんなしゃべり方誰に習ったんだ?」
「ほんとにどうでもいいですね。誰でもいいじゃないですか。とにかく」
 何とかして自分を捕まえようとするアサザの手を器用にかわしながら、アカネはアオイの瞳を見た。
「使者は僕が第三皇子だから知らなくても仕方ないという感じのことを言ってましたし、父上もそれを否定しませんでした。そりゃうちは皇帝という名のつく家ですから、父上や後継ぎだった兄上様しか知らないことがあるのは仕方ないのかもしれませんが、今回の僕のように知らなかったことで皇帝領に不利になることがあるのなら、そういう秘密はどうかと思うんです」
「偉そうに言ってるがアカネ、単にダシにされたのが面白くないだけなんじゃないのか?」
「そっ……そんなことありませんよ!」
 じゃれ合う弟たちに細まっていたアオイの目が、ふと真剣になった。
「アカネの言うことはもっともだよ。けれどね、すべての人と秘密を共有するには、この国はちょっと複雑すぎるんだ」
 懲りずにアカネを追いかけていたアサザの手が止まる。笑いを引っ込めた弟たちの視線を感じながら、アオイは目を閉じた。
「そもそも皇帝と国王、二人の統治者が存在するこの国のあり方はとても不自然なんだ。危うい均衡を保ちながら体制を維持するためには、どうしても工夫がいる」
「それが……秘密だというんですか」
 アオイは頷く。その頬に赤みがさしている。息もわずかに弾んでいた。
「兄上、続きは俺が話します。少し休んでください」
 アサザの言葉にアオイは微笑んだ。
「そうだね。それじゃ、試験代わりにやってもらおうかな」
「……合格点をもらえるよう、努力はしますよ」
 アオイが枕に背を預けたのを確認して、アサザはアカネへ振り返った。
「えーと、今の状態を続けるための工夫の話だったな。どう説明すればいいかなあ」
 がりがりと頭をかいてから、アサザは口を開いた。
「アカネ、お前は俺の部屋で生き物——例えば蛇を見つけた時、どうする?」
「蛇ですか? そうですね、とりあえず兄上にどうしたのか、捨ててもいいものなのかを訊きますよ」
 アサザは頷く。
「ま、それが正解だろうな。捨てていいか分からんものを不用意に逃がしたら後で怒られるかもしれん。大事な預かり物だったり、強力な毒蛇だったりする可能性もない訳じゃない」
 毒蛇、という言葉にアカネが小さく笑う。
「おいおい、笑い事じゃないぞ。逃がした後に実は今のは毒蛇だ、このままだと大変なことになる、なんて言われたら俺は勿論お前も困っちまう。そうだろう?」
「まあ、そうですが……」
「けれどそんな困った事態も、お前がこの蛇は捨ててもいいものなのか、一言俺に確認すれば防げたはずだ。主の俺が知らないものが部屋にあるってことは考えにくいんだからな」
「僕は時々部屋で見覚えのないものを発掘しますけど」
 アカネの言葉にアオイが吹き出す。恨めしげに二人を見て、アサザは咳払いをした。
「とにかくだ。お前の小汚い部屋ならともかく、必ず整理されてなければならないものってのは世の中にはいくらでもある。国王との約定も、その一つだ」
 アサザの眉間にしわが寄る。本人はいかめしい表情を作っているつもりらしい。
「約定の項目を皇帝と国王は必ず覚えとかなきゃならん。ま、当然だけどな。これを知らなきゃ、お互いやっていいことと悪いことの区別さえつけられん。だから皇太子や王太子にもこの約定は徹底的に叩き込まれる。……何を笑ってるんですか兄上」
「いや別に……さっきまでの君の苦戦っぷりを思い出しただけだよ」
 兄に軽く睨みをくれて、アサザは弟に視線を戻した。
「約定の詳細を知る者は、皇帝領には原則として皇帝と皇太子しかいない。国王側では国王と王太子、それに一部の側近の貴族が王太子への教授役として知ることを許されているらしい。コウリって奴は多分レンの——国王の先生だったんだろうな」
 アカネは頷く。
「僕が知りたいのはそこなんです。なぜそんなに限られた人にしか約定は教えられないんですか」
「他の奴らが毒蛇を逃がしちまうのを防ぐためさ」
 にやり、とアサザは笑う。
「俺は別に、意味なくさっきの話をしたわけじゃないぜ。皇帝と国王、二人の主を持つ部屋の中で蛇が出た。放っておいてもいいのか、捕まえるべきなのか自分では判断できん。捕まえ方も分からんしな。こういう場合は部屋の主にどうすべきか聞くのが一番だろう? 主は、少なくとも蛇への対処法は知っているはずだ」
「それなら、皆に蛇に対する知識を教えればいいではありませんか」
 アサザは肩をすくめる。
「蛇の種類がいつも同じなら、それでもいいさ。だが蛇は——問題は時と場合によって形や大きさ、模様が全然違う。中途半端な知識で立ち向かわれちゃ、かえって危険だ。だから対処の判断は主である皇帝と国王に任せてもらう。そういう決まりにしているんだ」
「でも」
 不満げなアカネにアサザは苦笑した。
「アカネ、なぜ皇帝と国王の周辺だけに知識をとどめておくかってのにはな、もう一つ理由があるんだ」
「え? なんですか」
 ちらりとアサザはアオイを振り返った。仕方ない、といった風にアオイが頷く。
「まあ、アカネになら大丈夫だろう。それに、ここで止めたら後でうるさそうだしね」
「むー。二人で納得してないで早く教えてくださいよ」
 またしても頬が膨らみはじめている弟に、慌ててアサザは向き直る。
「あ、こっから先は本当なら皇太子だけに教えることだからな。他では絶対言うなよ」
「分かりましたよ。で、もう一つの理由というのは何なんです?」
「戦士と貴族が仲良くならないように、さ」
 アカネの目が点になる。
「は? 訳分かりませんよ。何ですかそれ」
「仕方ないな。順番に説明するとだな」
 わしわしと自分の髪をかき回しながらアサザは宙を睨んだ。
「いいか? 約定ってのは要するに、皇帝領と国王領が付き合う上での決まりのことだ。だがその決まりを知っているのはほんの一握りの人間、それもそれぞれの頂点にいる連中だけだ。ここまでは問題ないな?」
 アカネの首が縦に振られたのを確認して、アサザは続ける。
「一番偉いってことはだ、当然権力を持っている。その中には人を罰することができる種類のものも含まれてる」
「父上の得意技ですね」
 アサザの口許に苦味混じりの笑みが浮かぶ。
「ま、とにかくその権力を利用して、皇帝と国王は緊急時以外の戦士と貴族の交流を禁止した。お互いにそれぞれの領土には踏み込まないでおこう、もし見つけたら領主の裁量で罰してもいい、ってな。これが俗に言う不可侵条約だな。ちなみに約定にもちゃんと項目が設けられている」
「不可侵条約は知ってます。違反者が目の前にいますけど」
 アサザはぽかり、とアカネの頭を叩いた。
「ヘタに関わりを持つと罰せられるかもしれない。そう考えたらあえて交流しようなんて思わないだろ? だから戦士と貴族の関係はどんどん遠ざかる。お互いに何か言いたいことがあれば、付き合い方を知っている領主——皇帝か国王を頼ればいいんだからな。統治する側から見ても、労せずして下から頼られる構図を作れるわけだ。疎遠になれば問題は未然に防げるし、内部の結束も固められる。まさに一石二鳥だ」
「さっきの説明よりは納得できた気がしますけど……」
 叩かれた頭をさすりながらアカネはぼやく。
「何だかなー。権力者ってややこしい上に汚いですねー」
「だろう? 同情するなら代わってくれよ」
「ヤですよ」
「先人の知恵をそんなに嫌うものではないよ」
 くすくす笑いながらアオイが言う。顔色は普段通りに戻っている。
「アサザ、ご苦労さま。でも残念、四十点ってとこかな」
「え!? 何でそんなに低いんですか!?」
「話が長い。要点を要領よく伝えてこそ、良い説明と言えるだろう? それにアカネに秘密をしゃべってしまった」
 ぐうの音も出ないアサザにアオイは微笑みかけた。
「いつも通り、合格点は八十点だよ。もっと精進しようね」
「……はい」
 アカネが手を叩いて笑う。
「さすが兄上様! 兄上様ならきっとあのコウリにも勝てますよ」
「ふふ。私も彼には興味があったんだけどね。残念だよ」
 アオイは横手の窓に目を向けた。小さいが丁寧に整えられた庭越しに、厚い木の塀が見える。
 その塀のずっと向こう、皇都市街に近い宮に王都からの使者団がいるはずだった。明日一日休養を取った後、王都に帰還する予定になっている。
「そういえば兄上様、さっきの謁見でもう一つ気になったことがあるんですが」
 アカネの声に、アオイは注意を部屋の中に戻した。
「ん、何だい?」
「コウリの話の中に、中立地帯が生まれた真の理由というのがあったんですが、うやむやのうちに謁見が終わってしまったので結局わからずじまいだったんです。兄上様はご存知ですか?」
「それは俺も知らないな。やっぱり何かあるんですか?」
 むくり、とアサザが顔を上げる。アオイは軽く苦笑した。
「本当はこれも秘密なんだけど。まあいいかな」
 模範解答じゃないけどね、とアサザに片目をつぶって見せて、アオイは言葉を継ぐ。
「中立地帯はね、実はすごく重要な役割を持っているんだ。皇帝領と国王領の間に人口や生産力などの差はほとんどない。でも、実際には皇帝の方が大きな力を持っている。何故かな?」
 少し考えて、アサザが答える。
「皇帝が中立地帯を治めているから、ですか」
「そう。皇帝は中立地帯を管理することで国王との力の差を作っている。実質この国を治めているのが皇帝である以上、これは仕方ないことだろう。けれど約定では、今回のように皇帝に落ち度があった場合に中立地帯が国王側に味方する権利を事実上認めている」
「……ってことは要するに?」
「中立地帯はこの国を治める上での鍵になるってことさ。中立地帯を味方にした方が支配権を持つことになるのだからね」
 呆然とする弟たちにアオイは底の見えない笑みを向ける。
「中立地帯の存在理由は両都お互いの牽制に必要な均衡の分銅であること。コウリはね、中立地帯が王都についた今なら皇都より力は上、と言いたかったんだよ」
「……怖い人ですね……」
 半泣きでアカネが言う。
「そんな物騒なことを聞いただけで見抜いちまう兄上の方が俺は怖ぇ……」
 がたがた震えているアサザににっこり笑いかけて、アオイは再び窓に目を向けた。
「ふふ。でも、父上もこの程度のことには気づいてたはずだけどね」
 小さく溜息をついて、アオイは口の中で呟いた。
「一体何をお考えなのです。こんな下策を取られるなど貴方らしくもない……」
 窓からぬるい風が吹き込んでくる。暑い夏がすぐそこに迫っていた。


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