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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 玉座に掛けた第四代皇帝アザミは、大して面白くもなさそうな表情で壇の下に跪いた亜麻色の髪の男を見下ろした。男の名は先程侍従から聞いたが、すぐに忘れた。どの道、目の前の男が国王からの使者だということだけが分かっていれば不自由はしない。

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「はるばる王都からご苦労なことだな。使者ならば余に申すことがあろう。面を上げよ」
 男は顔を上げ、まっすぐにアザミを見返した。
「皇帝よ。何故中立地帯を放置します」
 アザミの眉がぴくり、と跳ねる。
「どういう意味だ、使者よ」
「私にはコウリという名があります」
 アザミから目を離さないまま、コウリは問う。
「皇帝は、歴史をご存知か」
「歴史、とは何だ」
「今から百年程前、当時の国王と戦士——後の初代皇帝との間で交わされた国王領と皇帝領の線引きと中立地帯が定められた真の理由を、です」
「……どういう、ことですか」
 鼻を鳴らしただけのアザミに代わってコウリに問い返したのは、玉座の側に立っていたアカネだった。正式の謁見の席に相応しい皇子の正装を身に纏っている。
 目で問うコウリにただ一言、アザミが答える。
「余の第三皇子だ」
 アカネに向けてコウリは一礼する。
 国王からの使者が皇都を訪れるなど異例なことだ。皇帝以外の皇族がこの場にいることはある意味で当然と言えた。そのため、コウリに驚いた様子はない。
「アカネ殿。この国の代表的な穀倉地帯がどこにあるか、ご存知ですか」
「えっと……確か、国王領の南部と、皇帝領の北部にあったと思いますが」
 予想外の問いに、アカネは戸惑いの表情を浮かべながらも答える。
「そうです。この国は南北に細長い島国ですが、その両端に肥えた土地は集中しています。広大な中央部の土はやせていて農作には適しません。草原を利用しての遊牧にも、中央部に住む人々全てを養えるほどの生産力は期待できません。つまり中央部の民は、生活を南北いずれかの穀倉地帯に依存するしかないのです」
 喋りながら、コウリは父子の様子を観察する。アザミは玉座に頬杖をついて冷めた視線を向けている。一方アカネは、身を乗り出してコウリの話を聞いている。
「かつて戦士アサギは第四代国王モクレン陛下に対して、初代戦士と初代国王の取り決め通りに国王の過ちを正す役目を負いました。それを受けたモクレン陛下は過ちを悔いて全権をアサギに委ねたと伝えられています。その際の一昼夜に及ぶ話し合いで様々な事柄が決められましたが、そのうちの一つに双方の領土の制定があります」
 アカネが頷く。
「その話は聞いたことがあります。アサギ——初代皇帝は十分反省していた国王モクレンの気持ちを考えて当時の首都とその周辺を国王領にして、自領はほとんど広げずに残りの土地を中立地帯にしたのではなかったでしょうか?」
「その通りです。アカネ殿は歴史がお好きですか?」
「そういうわけではないのですが、家庭教師代わりの兄が厳しかったので」
「成程。では現在、中立地帯の住民を『皇民』と呼ぶのは何故か、兄上はお話しになられましたか?」
「いいえ。そういえば、なぜなのでしょう」
 ちらりとコウリはアザミを見上げた。変わらず冷えた目で見返す皇帝の表情が、かすかに苦々しげに歪む。
「どうやらお前の思惑通りに皇子は乗せられたようだな」
 きょとんとするアカネに一瞥をくれ、アザミはコウリを鋭く睨みつけた。
「中立地帯の民を我が民と呼ぶのは、初代皇帝と国王の間で交わされた約に基づく。これは双方合意の上、定められた成文があるはずだが」
「その通りです」
 コウリが頷く。
「しかしその項には但し書きがついています。成人前の第三皇子ならばいざ知らず、皇太子としての教育を受け、就くべくして皇帝の座に就いている貴方が知らない筈はない。そうですね?」
 アザミは答えない。記憶を探っていたのだろう、宙を睨んでいたアカネがやがて諦めたらしく、コウリに視線を戻した。
「約定の第四項、中立地帯についての規定にはこうあります」
 アカネの注意が戻るのを待っていたように、コウリは口を開いた。
「曰く、『中立地帯の民は国王・戦士いずれか一方に属する民ではない。但し、中立地帯に対する食糧その他物資の配布は戦士が行うものとし、その責を戦士が果たしている限り、戦士は中立地帯の民を管理することができる』と。つまり——」
 玉座のアザミに、コウリは正面から目を据えた。
「皇帝から中立地帯が十分な食糧を受けていない現在、中立地帯の民は貴方の管理下を離れた自由な民であると言えます。そんな彼らが国王を頼ったとしても問題はないでしょう。もし現状が貴方の意に添わないのなら、彼らを再び『皇民』に戻すための条件——食糧・物資の配布の責を果たせば良いのではないですか」
 沈黙が落ちた。広い謁見の間で、動くのはコウリとアザミの間を行き来するアカネの目だけだ。両者はぴくりとも動かずに睨み合っている。
「……よかろう」
 やがて目を逸らしたのはアザミの方だった。アカネはほっと肩の力を抜く。長いだんまり合戦には、さすがに疲れ始めていたところだった。
 末息子の様子にはまったく注意を払う風もなく、アザミは続ける。その口調からはどこか投げ遣りなものが感じられた。
「即刻、中立地帯への物資を用意させる。第三皇子、お前が監督をせよ。廃太子のところへ行けば以前の資料が残っている筈だ」
「は……はい」
 慌てて跪いたアカネを一顧だにせず、立ち上がったアザミは踵を返した。
「余は疲れた。使者も引き取るがいい」
「お待ち下さい」
 コウリの声に、アザミは背を向けたまま歩みを止める。
「最後に一つだけ、お尋ねしたいことがあります」
「何だ」
「何故、中立地帯への食糧配布を止めたのです。それによって貴方が得る利などないでしょうに」
 広い背中に反応はない。しかし一瞬だけ、アザミが持つ人を圧する雰囲気が緩んだようにコウリには感じられた。
「……別に」
 振り向かずにアザミは言う。
「別に理由などはない。気まぐれだ」
 かつっ、と踵を鳴らしてアザミは皇帝だけに出入りを許された扉へと向かった。恭しく礼をして、侍従が扉を開ける。
「そう、理由など……」
 扉を潜る瞬間のアザミの呟きは、侍従の耳にも入らないほどに低かった。


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