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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 王宮・謁見の間。前庭に面した窓からは、喜びと感謝に溢れた声が聞こえていた。

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 その窓を背にしたシオンが、長旅の疲れも見せずにおどけた仕草で頭を下げる。
「レンギョウ陛下。中立地帯自警団長代理シオン、中立地帯への食料配布の任を終えてただ今帰還しました」
「うむ。ご苦労だった」
 数段の階を隔てた謁見用の玉座に座り、レンギョウは頷いた。
 シオンが中立地帯の使者として王都を訪れてから既に一月が経っていた。その間、老齢と病気のため本拠地を離れられないという長の代わりに、彼女は王都からの物資を配るため中立地帯中を巡っていたのだった。
「物資は不足しなかったか?」
「ええ。これでしばらくは中立地帯も食べるものには困らないはずよ」
 シオンのくだけた物言いに、咳払いが重なった。じっと睨みつけるコウリの視線に臆した様子もなく、シオンは続ける。
「中立地帯を代表して、感謝するわ陛下。本当にありがとう」
 その声に合わせるように、窓の外の声も大きくなった。そこにいるのが、シオンの帰還と共にやって来た中立地帯の人々だということはレンギョウも知っている。小さく頭を振って、レンギョウは言う。
「余は当然のことをしただけだ。偶然のこととはいえ、あのような現状を見ておいて放っておくわけにもゆかぬだろう」
 ふと、レンギョウの表情に陰が差す。
「……礼ならむしろ、アサザに言うべきなのかもしれぬな」
「レンギョウ様」
 非難を含んだコウリの声に、レンギョウは軽く手を上げた。小さく礼をして、コウリは黙り込む。
 しばらくの間、紫の瞳にためらいを浮かべた後、シオンは意を決して顔を上げた。
「陛下。やっぱり新しい皇太子は……」
 レンギョウの答えには数瞬の間があった。
「……うむ。アサザ本人だ。加えて余が中立地帯に援助を出したことで、この一月皇都は警戒を強めているらしい」
 そういうことだったなコウリ、とレンギョウが呟いた後、広い部屋には沈黙が落ちた。前庭からの歓声が虚しく響く。
「……レンギョウ様」
 重苦しい沈黙を破ったのはコウリだった。
「我らはまだ、皇帝と完全に対立したわけではありません。今回の援助も中立地帯からの要請を受けてのこと。その経緯と今後の中立地帯への援助の依頼を使者を立てて皇帝に伝えれば、現在の緊張状態を緩めることができるかもしれません」
 それを聞いて、シオンがぱっと表情を輝かせる。
「そうね! あなたもたまにはいいことを言うじゃない。私たち自警団だって、戦いを望んでいるわけじゃないんだしね」
 うんうん、と頷いているシオンを一顧だにせず、コウリはレンギョウに向けて言葉を継いだ。
「王都及び中立地帯が皇都と事を構える意思がない事実だけでも、一刻も早く皇帝に示す必要があります。現皇帝のアザミは、このままでは確実に王都を攻めに来る、そういう人物ですから」
「ふむ……だが、使者には誰を立てる?」
 コウリはきっ、と顔を上げた。
「私が参ります」
 レンギョウの目が見開かれる。
「本気か?」
「私が言い出したことです。まずは私が動かねば誰もついてはこないでしょう」
 まっすぐに向けられたコウリの目を、やれやれといった表情でレンギョウは見返した。
「強情なおぬしのことだ。どの道言い出したからには余が何を言っても無駄であろう。わかった。許す」
「ありがとうございます」
「だが、気になることがある」
 頭を下げるコウリに、レンギョウは鋭い目を向ける。
「まず……とおぬしは言ったな。他にも誰か、動かすつもりか」
 顔を上げたコウリは、ちらりとシオンを見た。
「自警団の者を一人、借りたいと」
 意表を衝かれてシオンは目を丸くする。レンギョウの顔にも、軽い驚きが浮かんでいる。
「自警団を、のう。一体何をする気だ?」
「間諜を皇都に置きたいと存じます。今のままではあまりにも情報が少なすぎますので」
「ちょっ……いきなり何よ! 間諜なんて国王領の人でもいいじゃない!」
「勿論、この任を自警団に依頼するのには理由があります」
 シオンの抗議に対抗するように、コウリは心持ち声を張り上げた。
「ひとつは、国王の守護の下、長く平穏に過ごしてきた国王領の者にはいざという時の対処ができないと考えられること。この点、自警団は頻発する中立地帯の紛争に関わってきたため、我々よりそのような場には慣れているものと考えられます」
 シオンに言葉を挟ませる隙を与えず、コウリはすぐに言葉を継ぐ。
「いまひとつの理由は、諜報活動を補佐する組織の有無です。我々の側には第四代国王モクレン陛下以来の皇帝との取り決めがあるため、そのような組織は存在しません。しかし自警団には中立地帯を守るために皇王両都に独自の情報収集組織を持っていると聞いています。間違いありませんね?」
 コウリの鋭い視線を受けて、シオンはしぶしぶ頷く。
「まあ……ないと言えば嘘になるけど」
「このような組織の協力が期待できるか否かで、自ずと活動の質も変わってまいります。まったく勝手の分からぬ国王領の者より、組織とのつながりのある自警団の者を派遣しようと考えるのは当然のことかと」
 しばらく考え込んだ後、レンギョウはシオンに視線を向けた。
「今、コウリが言った条件を満たす者に心当たりはあるか?」
 ためらいをにじませつつ、シオンが口を開く。
「……情報集めのことなら、スギが詳しいわ」
「スギ——ああ、あの者か」
 レンギョウの頭の中で、王都を抜け出した夜に自分を捕まえた青年の顔が浮かぶ。彼に関する記憶の中でも特に印象に残っている優しげな雰囲気と相反する隙のない身ごなしは、情報収集という重責を担う中で得たものなのかもしれない。
 そう考えながら、レンギョウはシオンの後ろの窓に目を向けた。そこからは変わらず、彼自身へ向けられた感謝の声が流れ込んでくる。
「……彼らを再び飢えさせぬためには、確かに皇都の正確な情報が必要であろう」
 レンギョウは立ち上がり、階を下りた。コウリの前を通り過ぎ、シオンの横をすり抜けて、窓に歩み寄る。
 大きく取られた窓からは、前庭を埋めつくした群衆が見えた。見慣れた国王領からの見物人より、皆みすぼらしい格好をしている。しかしぼろぼろの服を纏いながらも彼らは生き生きと動き回り、レンギョウの名を呼んでいる。その中で、偶然上を見上げた一人とレンギョウの目がまともに合う。
「せっ……聖王様だ!!」
 その声に皆が一斉に窓を見た。どっと歓声が沸く。彼らの一人一人の顔を見、片手を上げてその声に応えながら、レンギョウは後ろに立った二人に言う。
「余は、余の力の及ぶ限り彼らを守ってやりたい。シオン……そのために、おぬしらの力を余らに貸してはくれぬか?」
 大歓声の中、小さな溜息が落ちる。
「それはズルいわよ陛下。そんな風に言われちゃ断れないじゃない」
 レンギョウは小さく笑った。
「国王が頼みを断られるわけにはゆかぬのでな。許せ」
「わかったわよ。スギに話をしてみるわ」
「かたじけない」
 頷いたレンギョウの背に、コウリは一礼した。
「では私も、準備にかかることにいたします」
「うむ。頼んだぞ」
 もう一度頭を下げて、コウリは広間を出ていった。続いて退室しようとしたシオンを、レンギョウが呼び止める。
「何? 陛下」
 窓の外を向いたまま、レンギョウはためらうように言葉を切った。
「……おぬしにはもう一つ、頼みがある」
「何? あんまり難しいことは言わないでね」
 少しの沈黙の後、レンギョウは言った。
「……余を、陛下と呼ぶのはやめてくれぬか」
 まじまじと、シオンはレンギョウを見つめた。
 レンギョウはシオンに背を向けたままだ。窓外の人々に手を振りながら、若い国王は言葉を続ける。
「余はこの国の王だ。この民たちの上に立つ者だ。しかし……この頃、余は分からなくなる」
 大歓声は衰える様子もない。彼らの窮状を救った国王を称える、その声。
「アサザに会うまで、余と国王は同一のもので、そこには何の矛盾もなかった。国王として、貴族のため国王領の民のため、それだけを考えていれば良かった。だが——」
 柔らかな風が窓から吹き込み、レンギョウの銀髪を揺らした。長いそれがかかった背中がいまだ細く、小さいことに今更ながらシオンは気づいた。
「余は国王としてではない、一人の人間としてのレンギョウ——”レン”を、知ってしまった。そしてその名のまま、今まで知らなかった世界に触れ、人々と出会ってしまった」
 ゆっくりと、レンギョウは振り返った。
「余が民から直に”聖王”と呼ばれたのは、先程が初めてだ。しかしその名はいまだ虚像に過ぎぬ。”聖王”と呼ばれる者の実体は、余が一番良く解っておる」
 シオンは口を開いた。だが何を言いたいのかが自分でもわからず、結局閉ざしてしまう。そんなシオンに、レンギョウはしっかりと目を向けた。
「余はいつか、真に”聖王”の名にふさわしい王になりたいと思う。だが、今の余にまだ”レン”への未練があることも事実だ。”聖王”と”レン”にいつか決着を着けるその日まで——”レン”として出会ったおぬしには、せめてそちらの名で呼んでほしいのだ」
 見つめ返したレンギョウの瞳は、十七にしかならない少年のそれだった。少しの沈黙の後、シオンはゆっくりと頷いた。
「わかったわ……レン」
「……かたじけない」


 その日のうちに、王使の先触れは王都を出発した。追って二日後にコウリを中心とする本使団が王城を発つ。
 スギが密かに皇都に向かったのも、それから間もなくのことだった。


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