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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 王宮・奥庭の湖は、昨夜よりも少しだけ満ちた月を映していた。湖を囲む木々は変わらずに柔らかな若葉をつけた枝を微かな風にそよがせている。その住み慣れた景色に帰ってきたはずのレンギョウの表情はしかし、明るくはなかった。

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「……着いたぜ、レン」
「……うむ」
 キキョウの足が止まり、アサザが声を掛けると、レンギョウは小さく頷いた。
 別れの時だった。名残惜しさを振り払うように一度ぎゅっと目を瞑ってから、レンギョウは潔くキキョウの背を降りた。
「アサザ、私はお前に感謝している」
「な……何だよいきなり」
 キキョウに乗ったままのアサザを見上げて、レンギョウは言う。
「この一日で私は、何年分もの経験を積んだように思う。ここに留まっていては知りえなかったこと、知りえなかった者たち……色々なことを見ることができ、知ることができた。こういうことは恐らく、今までの私に最も欠けていたことだったのだと思う。このような自分に気づかせてくれたこと、また気づく機会を与えてくれたこと……私は心からお前に礼を言う」
 ぺこりと頭を下げたレンギョウに、アサザは慌てて手を振った。
「俺は別にそんなに改まって感謝されるようなことをしたわけじゃないさ! それどころか自警団に捕まったりとか、俺の方が迷惑かけちまって申し訳なかったよ」
 一人の時は捕まったりしなかったのに、などというアサザのぶつぶつ声に、レンギョウは笑った。
「そんなことはない。私は結構楽しかったぞ」
「……レン、お前」
 呆れた表情のアサザの顔に次第に笑いが広がっていく。
「お前は大物になるぜ、きっと」
「そうか?」
 顔を見合わせて、二人は笑った。
「——またいつか、会えるだろうか」
 ふと真顔になったレンギョウが呟く。
「縁があれば、な」
 笑いを含んだままの声でアサザが答える。レンギョウが見上げた目はしかし、真剣そのものだった。
「今度会う時はもっとゆっくり話せるといいな。美味いメシとか食いながらさ」
「そうだな」
 レンギョウは頷いた。
「ところで、『メシ』とは食事という意味でいいのか?」
「そうだ。だんだん解ってきたじゃないか」
 もう一度笑った後、レンギョウはキキョウに目を向けた。
「キキョウ、お前にも世話になったな」
 レンギョウの言葉に、キキョウは小さく鼻を鳴らして顔を寄せた。間近に迫ったその顔をレンギョウは撫でてやる。その時だった。
「——そこにいるのは、誰だ」
 突然レンギョウの背後から鋭い声が投げられた。同時に、多人数が一斉に武器を構える気配。レンギョウの表情に緊張が走った。
「アサザ、行け」
 短く言って、レンギョウは声の主を振り返った。間髪入れずに走り出したキキョウの足音を背中で聞いて、木々の隙間から見え隠れする兵と彼らが持つ弓に向かって凛と声を張り上げる。
「コウリ、余だ。武器を収めよ」
 その声に応えて、一人の長身の男が進み出た。年の頃は二十五、六、周囲の兵のような鎧ではなく、ゆったりした布の服に長い亜麻色の髪を流している。
「レンギョウ様、御無事で」
「うむ」
 一礼する男——コウリにレンギョウは頷きかけた。
「もう危険はない。兵たちに弓を下ろさせよ」
「それはできません」
「何?」
 コウリは木々の向こうに目を向けた。その視線の先には、みるみる小さくなっていくキキョウとそれに乗るアサザがいる。
「あの男、戦士ですね。不可侵条約違反には制裁を、そう取り決められておりますゆえ」
 コウリの言葉を体現するかのように、兵たちの弓弦が引かれる。その矢先はぴたりと遠ざかるアサザの背に向けられていた。
「やめよ!」
 最初にコウリを、次に兵たちを睨みつけてレンギョウは叫んだ。
「あれは余の友人だ! 撃つな!!」
 兵たちに動揺が走った。畳み掛けるようにレンギョウは兵たちを見回した。
「これは余の——国王レンギョウの勅命である! あやつを——アサザを撃ってはならぬ!!」
「アサザ?」
 コウリの眉がわずかに上がる。その視線がレンギョウに、次いで侵入者が駆け去った方向に向けられる。そこにはもう、アサザとキキョウの姿は見えなかった。
「分かりました。どちらにせよ、既に矢は届きませぬ」
 コウリの言葉にレンギョウがこくりと頷く。それを合図に、兵たちは一斉に弓を下ろした。
「ときにコウリよ。先日報告を受けた中立地帯からの謁見申し込みについてだが」
「中立地帯……ああ、自警団からの使者の件ですか」
 瞳に驚きを浮かべて、レンギョウはコウリを見上げた。
「あれは自警団からのものだったのか? 余は聞いておらぬぞ」
「……それはお伝えしてはおりませんでしたから」
「まあよい。それを聞いてますます決心が固まった」
 自分に確かめるように一つ頷いて、レンギョウは言葉を継いだ。
「余はその者たちに会ってみたい。そのように計らえ」
「お言葉ですが、レンギョウ様」
 コウリが言う。
「今の中立地帯は飢えております。形式だけとはいえ皇民に属する中立地帯の者が国王を頼るとすれば、援助の要請か反乱の誘いに他なりません。このことは申し上げていたはず。だからこそ、レンギョウ様もこの件に関しては苦慮されていたのでしょう」
「余が聞いたのは援助か反乱かというくだりだけだったがのう」
 鋭くコウリを睨みつけて、レンギョウは言い放った。
「余はもう子供ではない。決断は己で下す」
 レンギョウの口許に自嘲するような笑みが浮かぶ。
「どうやら余は補佐であるおぬしに頼りすぎていたようだな。己で知ろうとする努力や姿勢が欠けていたことがこの一日で身に沁みて良く理解できた」
 レンギョウの視線がアサザの去った方に向けられた。
「余とて戦は望まぬ。中立地帯の者たちにも、出来る限り反乱は起こさせぬつもりだ」
 レンギョウの視線がコウリに戻される。
「だからおぬしには、余が決断するために必要な材料を示してほしい。余だけでは分からぬことが多すぎる」
「——は」
 頭を下げるコウリにレンギョウは問いかけた。
「自警団の使者が来るのはいつになる?」
「明後日には王都入りするかと」
「人数は?」
「四人と聞いております」
「代表者の名は?」
「確か、シオンとか」
「……何?」
「他には護衛として、ススキ、ウイキョウ、スギという者が来ることになっていたはずです」
 黙ってしまったレンギョウに、コウリが問い返した。
「私からもお尋ねしたいことがあります。先程の戦士の男、名は確かにアサザというのですか」
「う……うむ」
 心ここにあらずといった様子のレンギョウの答えに、コウリは眉を寄せた。
「アサザ……本物だとすれば、大変なことになる」
 コウリの低い呟きは、己の考えに沈むレンギョウの耳には届かなかった。


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