書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「ダメです! さっきも言ったでしょう。ススキさんの命令ですからね」
「だから、ススキには後で私から言っておくってば」
「ダメったらダメですってば!」
階上から聞こえるやりとりにアサザは小さく溜息をついた。
「あのお嬢さんも根性あるな……」
「単に私らが珍しいだけであろう? 先程もそのようなことを言っておった」
レンギョウの台詞はそっけない。通されてすぐのうちは『部屋』を物珍しげに眺めていたのだが、一通り確認を済ませてしまうと隅の壁に背を預けて動かなくなってしまった。見ると、瞼が半分以上も落ちている。昨夜の半徹夜の遠駆けの疲れが出たのだろう。
「そうだろうが……かれこれ二時間だぜ。相手してる奴も災難だな」
アサザは縄の痕が残る手首をさすりながら背後をちらりと見やった。今凭れているのは頑丈な木材で組まれた格子だった。それ越しに見える地面が剥き出しの通路はやがて階段になり、地上へと続いている。
その階段の上には見張りがいた。角度的にアサザの位置からは見えないが、会話から二人がここに入れられたことで監視の役を仰せつかったらしいことがわかった。朝早くからご苦労なことだ。
しかし不幸なことに彼は本来の役目とは違う仕事で苦労していた。シオンの相手である。この二時間ずっと続いている階上の押し問答に聞いているアサザまでもがうんざりしていた。
「この場合まさか俺たちの方から出ていくわけにもいかないからな」
『客室』と書かれた手製の札が打ちつけられた向かいの部屋を眺めながらアサザはぼやいた。恐らくこの部屋の外にも同じような札がかかっているのだろう。確かにこの部屋は俺たちのような招かれざる客にはお似合いだ、と皮肉げに考える。地下室独特の陰気な湿っぽさ。見張りが監視しやすい隙間だらけの格子戸。部屋の中を見回せば(もっとも、見渡すほどの広さでもないが)目に付く調度品は大型の雑巾のような毛布が数枚と薄汚れた素焼きの壺だけ。床は外の通路と同様、地べたが露出していた。早い話が、地下牢だ。
ここに入れられた時アサザの縄は解かれたが、同時に剣を取り上げられてしまった。それまで取られなかったことの方が不思議なのだが、どの道腕が使えなければせっかくの得物も抜くことすらできない。腕が使えても得物がなければどうしようもないのでアサザはおとなしくしているしかなかった。素手ではとても太刀打ちできない格子戸をいまいましげに見やって、アサザはうめいた。
「くそ……」
「そんなに焦ることはない。時期が来れば出られよう」
あくび混じりのレンギョウの声。重ねた毛布の上に座り、どうやら本格的に眠くなってきたようだ。
「そうは言ってもだな、お前はどうなるんだ? 家の者には黙って出てきたんだぞ。今ごろ方々探し回ってるんじゃ……」
「『私』を探す者などおらんよ」
自嘲気味に言ってから、ふとレンギョウはアサザに目を向けた。
「お前……私のために焦っていたのか?」
「べっ……別にお前のためじゃないさ! 俺のせいでお前の家族に心配かけたら寝覚めが悪いだろう!!」
「だから家族はおらんと言うておろうに」
目を伏せたレンギョウは再び壁に背をつけた。
「どうしても出たくなれば言うがよい。そんな格子などすぐに破ってやる」
「れっ……レン!」
言いかけた言葉をアサザは飲み込んだ。規則正しい寝息が牢の空気を震わせる。
「見かけによらずレンも物騒だな……」
何となく頬を掻きながらアサザは呟いた。それにしてもあまり派手に牢破りなどしたら逃げるに逃げられなくなる。レンに頼むのは最後の手段だ、とアサザが心を決めた時、ふと階上の様子が先程までと変化しているのに気づいた。
「本当に少しの間だけですからね。くれぐれもススキさんにはバレないようにしてくださいよ」
「分かってるわよ。お心遣い、ありがとね」
嬉しげな少女の声。同時に、こちらに向かってくる軽い足音。
一瞬にしてアサザの脳裏に先程会ったばかりのシオンの姿が浮かび上がった。年の頃は十五、六。背は高めだが華奢な身体。身のこなしも軽々と、元気がよい。
しかしそれらは彼女がごく普通の少女であることを意味していた。見張りが強く出られない様子などを見ると、この武装組織の中では一目置かれる存在のようだ。しかしその立場は武術ゆえではないだろうとアサザは考えた。おそらく、幹部の血縁か何かなのだろう。
「レン」
低く鋭い呼びかけ。それだけで小さな寝息はぴたりと止んだ。
「どうした?」
「俺が合図したら格子を破ってくれ」
「……わかった」
階段から軽い足音が近づいてくる。アサザは袖口をそっと押さえた。そこに仕込んだ調理用の小刀は幸い見つからなかった。硬い柄の感触を確かめ、呟く。
あとは、機を窺うだけだ。
「だから、ススキには後で私から言っておくってば」
「ダメったらダメですってば!」
階上から聞こえるやりとりにアサザは小さく溜息をついた。
「あのお嬢さんも根性あるな……」
「単に私らが珍しいだけであろう? 先程もそのようなことを言っておった」
レンギョウの台詞はそっけない。通されてすぐのうちは『部屋』を物珍しげに眺めていたのだが、一通り確認を済ませてしまうと隅の壁に背を預けて動かなくなってしまった。見ると、瞼が半分以上も落ちている。昨夜の半徹夜の遠駆けの疲れが出たのだろう。
「そうだろうが……かれこれ二時間だぜ。相手してる奴も災難だな」
アサザは縄の痕が残る手首をさすりながら背後をちらりと見やった。今凭れているのは頑丈な木材で組まれた格子だった。それ越しに見える地面が剥き出しの通路はやがて階段になり、地上へと続いている。
その階段の上には見張りがいた。角度的にアサザの位置からは見えないが、会話から二人がここに入れられたことで監視の役を仰せつかったらしいことがわかった。朝早くからご苦労なことだ。
しかし不幸なことに彼は本来の役目とは違う仕事で苦労していた。シオンの相手である。この二時間ずっと続いている階上の押し問答に聞いているアサザまでもがうんざりしていた。
「この場合まさか俺たちの方から出ていくわけにもいかないからな」
『客室』と書かれた手製の札が打ちつけられた向かいの部屋を眺めながらアサザはぼやいた。恐らくこの部屋の外にも同じような札がかかっているのだろう。確かにこの部屋は俺たちのような招かれざる客にはお似合いだ、と皮肉げに考える。地下室独特の陰気な湿っぽさ。見張りが監視しやすい隙間だらけの格子戸。部屋の中を見回せば(もっとも、見渡すほどの広さでもないが)目に付く調度品は大型の雑巾のような毛布が数枚と薄汚れた素焼きの壺だけ。床は外の通路と同様、地べたが露出していた。早い話が、地下牢だ。
ここに入れられた時アサザの縄は解かれたが、同時に剣を取り上げられてしまった。それまで取られなかったことの方が不思議なのだが、どの道腕が使えなければせっかくの得物も抜くことすらできない。腕が使えても得物がなければどうしようもないのでアサザはおとなしくしているしかなかった。素手ではとても太刀打ちできない格子戸をいまいましげに見やって、アサザはうめいた。
「くそ……」
「そんなに焦ることはない。時期が来れば出られよう」
あくび混じりのレンギョウの声。重ねた毛布の上に座り、どうやら本格的に眠くなってきたようだ。
「そうは言ってもだな、お前はどうなるんだ? 家の者には黙って出てきたんだぞ。今ごろ方々探し回ってるんじゃ……」
「『私』を探す者などおらんよ」
自嘲気味に言ってから、ふとレンギョウはアサザに目を向けた。
「お前……私のために焦っていたのか?」
「べっ……別にお前のためじゃないさ! 俺のせいでお前の家族に心配かけたら寝覚めが悪いだろう!!」
「だから家族はおらんと言うておろうに」
目を伏せたレンギョウは再び壁に背をつけた。
「どうしても出たくなれば言うがよい。そんな格子などすぐに破ってやる」
「れっ……レン!」
言いかけた言葉をアサザは飲み込んだ。規則正しい寝息が牢の空気を震わせる。
「見かけによらずレンも物騒だな……」
何となく頬を掻きながらアサザは呟いた。それにしてもあまり派手に牢破りなどしたら逃げるに逃げられなくなる。レンに頼むのは最後の手段だ、とアサザが心を決めた時、ふと階上の様子が先程までと変化しているのに気づいた。
「本当に少しの間だけですからね。くれぐれもススキさんにはバレないようにしてくださいよ」
「分かってるわよ。お心遣い、ありがとね」
嬉しげな少女の声。同時に、こちらに向かってくる軽い足音。
一瞬にしてアサザの脳裏に先程会ったばかりのシオンの姿が浮かび上がった。年の頃は十五、六。背は高めだが華奢な身体。身のこなしも軽々と、元気がよい。
しかしそれらは彼女がごく普通の少女であることを意味していた。見張りが強く出られない様子などを見ると、この武装組織の中では一目置かれる存在のようだ。しかしその立場は武術ゆえではないだろうとアサザは考えた。おそらく、幹部の血縁か何かなのだろう。
「レン」
低く鋭い呼びかけ。それだけで小さな寝息はぴたりと止んだ。
「どうした?」
「俺が合図したら格子を破ってくれ」
「……わかった」
階段から軽い足音が近づいてくる。アサザは袖口をそっと押さえた。そこに仕込んだ調理用の小刀は幸い見つからなかった。硬い柄の感触を確かめ、呟く。
あとは、機を窺うだけだ。
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