書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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まるで昔見た夜の海のようだ、と思いながらアサザはその景色を眺めていた。縛られたまま、しかも他人が操る馬上という不自由な状態ながら、何とか動く首だけをきょろきょろさせて辺りを見回す。
ススキの馬は見えなかったが、アサザから見て右前にレンギョウを乗せた馬がいた。早足で進むその背に揺られながら、レンギョウは落ち着いているようだった。抵抗する力はないと判断されたのか、アサザのように縛られてはいない。まっすぐ前を向いたその横顔からは威厳さえ感じられた。
レンギョウの馬の手綱を取っているのはまだ二十歳くらいの男だった。自警団という肩書きを持つこの集団にいることが不思議に思えるほど大人しげな印象を与える若者だ。先程、スギと呼ばれていたか。その時、風がレンギョウの長い銀髪を月に見せるかのようになびかせた。同色の光を浴びてきらきら輝くそれを戸惑いをあらわにしたスギの目が追う。その様子にアサザの顔に知らず笑いがこみ上げてくる。
「……何が可笑しい」
アサザの笑みを見咎めたアサザの騎手がじろりと睨みつける。
「あんたのお仲間が初めてレンに会った時の俺と同じ気持ちになってるようだからな。ちょっと楽しかっただけさ」
くつくつと笑いながら言うアサザにもう一睨みくれてから騎手は前方に視線を戻した。
「あまり我らを甘く見ないほうがいい。後で後悔することになるぞ」
「そりゃ怖い」
脅しを軽く受け流したアサザは今度は騎手に目を向けた。
名は確か、ウイキョウ。年の頃は四十過ぎに見えるが、やたらと分厚い身体が衰えを見せているという感じはまったくしない。今もアサザの自由を封じている縄をしっかりと握りながら、その手綱捌きには乱れ一つない。油断できない、とアサザは判断していた。
油断できないといえばスギもその一人だろう。一見優しげに見えるが、その馬術は確かなものだったし、腰に下げた古びた剣は手入れもしっかりされている。何よりレンギョウというアサザにとってのいわば人質を縄もかけずに連行するという役を任されたという点を見ても、年長者である他の二人から信頼されていることは明らかだ。
月はいつの間にか天頂を過ぎて傾き始めていた。
突然、視界に二頭の馬が飛び込んできた。不満げに鼻を鳴らしているのは見慣れた相棒キキョウだ。
「もうすぐ我々の本拠地に着く」
キキョウの手綱を引いたススキがもう一頭の背で言う。伝えることはそれだけだ、とでも言うかのように緩めた馬足を再び早めたススキの姿はあっという間にアサザの見えない位置まで遠ざかる。とはいえ、あまり離れてはいないことは気配でわかった。
「あいつ……相当使えるな」
アサザの言葉をウイキョウは無反応で返した。アサザもそれ以上は何も言わず、ススキが消えた前方に目を向けた。そこにいるのはまったく隙が感じられない相手だった。皇都の戦士たちとの馴れ合いの手合わせには飽き飽きしていたところだった。もしススキと本気で打ち合えたらどれだけ楽しいだろう!
「……?」
ウイキョウが訝しげな目を向けているのを意識しながらも、アサザは笑みを抑えることができなかった。
そのまましばらく進み続けて、ようやくアサザの目にもその姿が見え始めた。自然と馬の足も早くなる。
夜明けが近い。
それは紺色の空の下方が黒々と切り取られたかのように映った。海に浮かぶ島のようにその岩山はぎざぎざに尖った稜線を空に向けてそびえていた。
ふもとにぽっかりと洞窟が口を開けている。脇には松明がかけられ、男が二人見張りに座っていた。その両方が同時に馬上の影を認めて立ち上がる。
「ススキさん!!」
言って二人はススキに駆け寄った。
「見張り御苦労。馬を頼む」
素早く馬を下りたススキは見張りの一人に二頭の馬の手綱を渡した。程なく追いついたスギとウイキョウを振り返る。
「スギ、お前は馬を戻せ。ウイキョウ、客人を部屋へ案内しろ。私は長に報告に行く」
一礼してスギが見張りの一人と厩舎に向かう。アサザとレンギョウを馬から下ろしたウイキョウは二人を入り口に押し込んだ。
「ってぇな、客はもっと大事に扱うもんだぜ」
突き飛ばされて肩をぶつけたアサザが抗議の声を上げる。縄はまだ解かれていないため、動きにくいことこの上ない。
「確かに、このような客人の歓迎法は見たことも聞いたこともない」
レンギョウが静かにウイキョウを見上げる。
「客人などと言っておるが……つまりは捕縛者のことであろう? そのように余らを嬲ると後で後悔するのはおぬしらのほうになるぞ」
先程のウイキョウの言葉が聞こえていたらしい。冷たく睨むレンギョウにウイキョウがかすかに動揺するのをアサザは敏感に察していた。
「——誰が後悔するの?」
いきなりウイキョウの後ろから声が上がった。その声に振り返ったウイキョウが溜息混じりにうめく。
「……シオン」
ウイキョウの身体がずれて、シオンと呼ばれた娘の姿が見える。洞窟の入り口に立ったその少女は長い黒髪を夜明けの風に遊ばせながら立っていた。レンギョウの眉がかすかに上がる。
「おもしろい人たち。ここにこういう形で来てそんなこと言ったのはあなたが初めてだよ」
にっと笑ったその顔が松明よりも白い光で縁取られる。
「とりあえずようこそ、と言うべきなのかな? お客様方」
彼女の後ろから昇りたての太陽が力強い光を投げかけてきた。
ススキの馬は見えなかったが、アサザから見て右前にレンギョウを乗せた馬がいた。早足で進むその背に揺られながら、レンギョウは落ち着いているようだった。抵抗する力はないと判断されたのか、アサザのように縛られてはいない。まっすぐ前を向いたその横顔からは威厳さえ感じられた。
レンギョウの馬の手綱を取っているのはまだ二十歳くらいの男だった。自警団という肩書きを持つこの集団にいることが不思議に思えるほど大人しげな印象を与える若者だ。先程、スギと呼ばれていたか。その時、風がレンギョウの長い銀髪を月に見せるかのようになびかせた。同色の光を浴びてきらきら輝くそれを戸惑いをあらわにしたスギの目が追う。その様子にアサザの顔に知らず笑いがこみ上げてくる。
「……何が可笑しい」
アサザの笑みを見咎めたアサザの騎手がじろりと睨みつける。
「あんたのお仲間が初めてレンに会った時の俺と同じ気持ちになってるようだからな。ちょっと楽しかっただけさ」
くつくつと笑いながら言うアサザにもう一睨みくれてから騎手は前方に視線を戻した。
「あまり我らを甘く見ないほうがいい。後で後悔することになるぞ」
「そりゃ怖い」
脅しを軽く受け流したアサザは今度は騎手に目を向けた。
名は確か、ウイキョウ。年の頃は四十過ぎに見えるが、やたらと分厚い身体が衰えを見せているという感じはまったくしない。今もアサザの自由を封じている縄をしっかりと握りながら、その手綱捌きには乱れ一つない。油断できない、とアサザは判断していた。
油断できないといえばスギもその一人だろう。一見優しげに見えるが、その馬術は確かなものだったし、腰に下げた古びた剣は手入れもしっかりされている。何よりレンギョウというアサザにとってのいわば人質を縄もかけずに連行するという役を任されたという点を見ても、年長者である他の二人から信頼されていることは明らかだ。
月はいつの間にか天頂を過ぎて傾き始めていた。
突然、視界に二頭の馬が飛び込んできた。不満げに鼻を鳴らしているのは見慣れた相棒キキョウだ。
「もうすぐ我々の本拠地に着く」
キキョウの手綱を引いたススキがもう一頭の背で言う。伝えることはそれだけだ、とでも言うかのように緩めた馬足を再び早めたススキの姿はあっという間にアサザの見えない位置まで遠ざかる。とはいえ、あまり離れてはいないことは気配でわかった。
「あいつ……相当使えるな」
アサザの言葉をウイキョウは無反応で返した。アサザもそれ以上は何も言わず、ススキが消えた前方に目を向けた。そこにいるのはまったく隙が感じられない相手だった。皇都の戦士たちとの馴れ合いの手合わせには飽き飽きしていたところだった。もしススキと本気で打ち合えたらどれだけ楽しいだろう!
「……?」
ウイキョウが訝しげな目を向けているのを意識しながらも、アサザは笑みを抑えることができなかった。
そのまましばらく進み続けて、ようやくアサザの目にもその姿が見え始めた。自然と馬の足も早くなる。
夜明けが近い。
それは紺色の空の下方が黒々と切り取られたかのように映った。海に浮かぶ島のようにその岩山はぎざぎざに尖った稜線を空に向けてそびえていた。
ふもとにぽっかりと洞窟が口を開けている。脇には松明がかけられ、男が二人見張りに座っていた。その両方が同時に馬上の影を認めて立ち上がる。
「ススキさん!!」
言って二人はススキに駆け寄った。
「見張り御苦労。馬を頼む」
素早く馬を下りたススキは見張りの一人に二頭の馬の手綱を渡した。程なく追いついたスギとウイキョウを振り返る。
「スギ、お前は馬を戻せ。ウイキョウ、客人を部屋へ案内しろ。私は長に報告に行く」
一礼してスギが見張りの一人と厩舎に向かう。アサザとレンギョウを馬から下ろしたウイキョウは二人を入り口に押し込んだ。
「ってぇな、客はもっと大事に扱うもんだぜ」
突き飛ばされて肩をぶつけたアサザが抗議の声を上げる。縄はまだ解かれていないため、動きにくいことこの上ない。
「確かに、このような客人の歓迎法は見たことも聞いたこともない」
レンギョウが静かにウイキョウを見上げる。
「客人などと言っておるが……つまりは捕縛者のことであろう? そのように余らを嬲ると後で後悔するのはおぬしらのほうになるぞ」
先程のウイキョウの言葉が聞こえていたらしい。冷たく睨むレンギョウにウイキョウがかすかに動揺するのをアサザは敏感に察していた。
「——誰が後悔するの?」
いきなりウイキョウの後ろから声が上がった。その声に振り返ったウイキョウが溜息混じりにうめく。
「……シオン」
ウイキョウの身体がずれて、シオンと呼ばれた娘の姿が見える。洞窟の入り口に立ったその少女は長い黒髪を夜明けの風に遊ばせながら立っていた。レンギョウの眉がかすかに上がる。
「おもしろい人たち。ここにこういう形で来てそんなこと言ったのはあなたが初めてだよ」
にっと笑ったその顔が松明よりも白い光で縁取られる。
「とりあえずようこそ、と言うべきなのかな? お客様方」
彼女の後ろから昇りたての太陽が力強い光を投げかけてきた。
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