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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「——レン」

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 小さな、だが鋭い声が冷えた大気を震わせる。
 寝る前に小さくしておいた焚き火の明かりは、雲に隠れた三日月の光よりも暗い。真夜中の闇を通して、こちらを窺っている気配がわずかに伝わってくる。
「三人、か?」
 少し離れた位置からレンギョウの低く鋭い答えが返る。アサザは頷き、闇に目を凝らした。既に二人とも身体を起こしている。
「何者だ?」
「盗賊では——おそらくないな。多分自警団だろう」
「自警団?」
「ああ。皇都を中心とする皇帝領と王都を囲む国王領との間にだだっ広い中立地帯があるのは知ってるだろ?」
「うむ」
「今いるここも中立地帯なんだが……中立地帯は皇都と王都の緩衝地帯だっていう性質上、どちらからも軍を派遣できない」
「そうだな」
「軍ったって別に戦ばかりしてるわけじゃない。治安維持も立派な仕事のひとつだ。その軍がいないここはまさしく盗賊たちの天国ってわけだな」
「……」
「そこで中立地帯に住んでる人々は考えた。軍を出せない国に頼らず自分たちで不届きな奴らを捕まえようってな。こうしてできたのが自警団だ。名前こそアレだがその功績は皇都の正規軍と比べても見劣りはしない」
「成程、よくわかった。で、どうするつもりだ?」
「こちらから仕掛けるのはよそう。無駄な怪我をすることもないしな。あちらの出方次第で戦るかどうかを決める」
 問いに即答していくアサザにレンギョウはふと笑った。
「? どうした?」
「いや……お前のように私の問いに答えてくれる者がもっと傍にいてくれればいいのだが、と思っただけだ」
「話し相手くらいいるだろ?」
 レンギョウは軽く首を横に振った。
「おらぬ。同年代の者も……対等に話してくれる者も」
 レンギョウの言葉にアサザは一瞬困ったように目を逸らした。
「そ……か。俺には弟がいるからな。色々訊かれることには慣れてるのかもしれん」
 沈んでいたレンギョウの表情がぱっと輝いた。
「弟がおるのか!?」
「ああ、三つ違いのな。やんちゃ坊主だが可愛いもんだ」
「他に兄弟はおらぬのか?」
「二つ上に兄上がいる。お身体が弱いのだがすごく頭のいい人でな。尊敬してる」
 珍しく興奮した様子のレンギョウにアサザは問い返した。
「そういうお前の家族はどうなんだ?」
「……おらぬ。兄弟も……父母も」
 低く小さくなったレンギョウの声が慌てたように先程までの調子に戻る。
「だからアサザが羨ましい。私が持っていないものをたくさん持っているお前が——」
 レンギョウの言葉にアサザは首を振った。
「お前だって俺が持ってないものをいっぱい持ってるんじゃないのか? 例えば魔法とかよ」
「それは——」
 がさり、と潅木が揺れた。ざわざわと草が二方向に疾る。これまで大人しくしていたキキョウが不満げに鼻を鳴らした。
「動くな。少しでも妙な動きをしたら斬る」
 ぴたりと喉元に突きつけられた刃には一瞥もくれず、アサザは座り込んだままの姿勢で潅木から飛び出してきた男を見上げた。年の頃三十くらいのその男は一瞬アサザに目をやった後レンギョウに目を向ける。目線が外れてもまったく隙が感じられないこの男にアサザは興味を引かれた。
 レンギョウも座ったままで二本の剣を前にしていた。動揺などまったく浮かべていない瞳で草地から現れた二人の男を見上げている。アサザと違って切っ先を向けられているだけだったが、抜き身の刃を前にしての落ち着きがかえって襲撃者の困惑を誘っていた。
「貴様ら、何者だ?」
 アサザに剣を向けた男が問う。この男がまとめ役らしい。
「俺たちはただの旅の者だ。お前らこそ何だ?」
 剣の刃が喉に浅い傷を作る。軽い驚きが男の顔を流れ、すぐに消えた。
「我々は中立地帯自警団だ。お前らも知っているだろう?」
 男の口調にわずかににじんだ誇らしさとほんの少し引いた切っ先にアサザはにやりと笑った。
「ああ、知ってるとも。だが誇り高い自警団が一般人に刃物を突きつけたりしていいのか?」
 男の眉がぴくりと動く。
「……一般人がこのような状況下で落ち着いていられるとは思えん」
 やれやれ、とアサザは首を振った。
「何だ、俺たちは試されたのか。腰抜かしてうろたえて見せてやれば勘弁してもらえたのか?」
 アサザの軽口には乗らず、男はアサザを冷たく見下ろしたまま言った。
「吐け。貴様ら、何者だ」
「……まるで何とかの一つ覚えだな。さっきから言ってるだろ? ただの旅人だってな」
 アサザと男の間に緊張が走る。しかしそれが火花になる前に男が目を逸らした。低く口笛を吹き、馬を呼ぶ。
「……ならそういうことにしておこう。——スギ」
「は、はいっ!」
 レンギョウを囲んだ一人が背筋を伸ばす。まだ若い。
「そいつを捕まえておけ。逃がすなよ」
 スギと呼ばれた青年はあたふたとレンギョウに手を伸ばした。一瞬アサザの様子を窺った後、レンギョウは大人しく腕を掴ませる。
「ウイキョウ」
「はっ」
「その男を縛り上げろ。そいつは危険だ」
 残る一人がアサザに縄を打った。こちらは四十を過ぎたくらいの立派な体格の持ち主だ。程なく、アサザはぐるぐる巻きにされて馬の上に放り出された。
「……で? どこに連れてってくれるんだ?」
 キキョウの手綱を手にした男が自分の馬に跨りながら短く答える。
「来れば分かる」
「あ、そ」
 アサザの後ろの鞍にウイキョウの体重がかかる。レンギョウとスギはとうの昔に馬上の人だ。
「そうそう、もうひとついいか?」
 荷物のように置かれた状態のまま走り出した馬の上からアサザは声を張り上げた。
「あんた、名前はなんていうんだ? 俺はアサザだ」
 既に先行した馬上でちらりと男が振り返った。
「——ススキ」
 低い答えは風にちぎれることもなくやけにはっきりとアサザの耳に届けられた。



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