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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 夕闇の幕がすっかり落ちた頃、アサザとレンギョウを乗せたキキョウは走り疲れたらしく脚を止めた。前方には潅木で覆われた小さなくぼ地が見える。

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「今日はここで休むか。待ってろよ、今準備すっから」
 言って手綱を持ったアサザが身軽にキキョウの背から飛び降りる。
「休む……こんな草原の真ん中でか?」
 馬上に残されたレンギョウが面食らった表情で問う。
「結局王都の閉門には間に合わなかったしな。近くの村まで行くにしても街道から外れちまったから探すのは大変だ。それに肝心のキキョウが今日はもう走れねぇって言ってる。ま、野宿なんて慣れれば結構平気なものだぜ」
「そういうものなのかのう……」
 アサザの言葉に同意するかのように鼻を鳴らしたキキョウを手近な潅木に繋いで、アサザは周囲を見回した。意外と軽い身のこなしでキキョウの背から降りたレンギョウをアサザが振り返る。
「さて、それじゃまずは寝場所を作るか。レン、ちょっと離れててくれないか」
 言ってアサザは剣を抜いた。潅木を手で押し上げながらくぼ地に茂った草を払う。
「レンは俺の荷物の中から火打石を探してくれ」
「火を熾すのか?」
 レンギョウの問いにアサザは慣れた手つきで草刈りを続けながら頷いた。
「ああ。この季節、火無しじゃ辛いからな」
 レンギョウが目を輝かせながらくぼ地の縁に駆け寄った。
「それなら余に任せておけ。火打石など不要だ」
「任せろって、どうするつもりだ?」
「それを言ったら面白くないだろう」
 払った枯れ草を集めながら、レンギョウが楽しげに笑う。程なく、アサザが作った小さな空き地の真ん中に枯れ草と乾いた潅木の枝の山ができあがった。
「で? 何をするつもりなんだ?」
「うむ。アサザ、少し下がっていてくれ」
 素直に数歩下がったアサザを確かめてから、レンギョウは両手を胸の前で組み、目を閉じた。レンギョウの精神が集中しているのがアサザにも伝わってくる。それまで静かだった周囲の潅木の枝がざわざわと騒ぎ始めた。思わず喉を鳴らしたアサザの前でレンギョウがゆっくりと掌を離す。その間の空間には橙色の光が生じている。目を開いたレンギョウが枯れ草の山に目を向けると、光球はその中に吸い込まれるように飛び込んでいった。それからいくらも経たないうちに、小山は細い煙を上げ始める。
「——すげぇや、レン!! 今のが魔法ってヤツか!?」
 興奮して駆け寄り、何度も背中を叩くアサザにレンギョウは苦笑した。
「偉大なる御先祖、レン王から始まった能力をそう呼ぶのか? ……本当に、余は何も知らぬのだな。おぬしと共にいると思い知る」
 少なからず沈んだその声にアサザはきょとんとする。
「何言ってんだ。まだ知り合って少ししか経ってないだろう」
「少ししか経っておらぬのに、余が今まで知らなかったことを幾つも教えてくれたのだ。余の勉強が足りなかっただけのこととは言え、少々自分が情けない」
「まったく……」
 アサザは呆れてレンギョウの頭に手を置いた。軽く頭一つ分は違う背丈のせいでやけに低い位置にあるそれを軽く叩いて、アサザは軽く溜息をついた。
「いいか。知らなかったことを恥じる必要はない。そんなもんはこれから覚えりゃいいことだ。それよりも、知ってることをどうやって使うか、そっちの方に頭を使う。それが賢さだと俺は思うが?」
 アサザの言葉にレンギョウが大きく目を見開いた。
「そう……だな。本当にその通りだ」
 レンギョウはアサザを真剣な表情で見つめた。
「アサザ、おぬしは本当に不思議な男だ。時折、余の数倍は生きている年寄りに見える」
「なっ……なにマジ顔で失礼なコト言ってんだよ! 俺はまだ十八だ!!」
 レンギョウがアサザの顔をしげしげと眺める。
「確かにそう見えなくもないが……説教じみた台詞といい、どう考えても余とひとつ違いとは思えぬな」
「はぁ!? お前十七なのか!? 童顔とジジイ言葉で年齢不詳状態だぞ」
「……ジジイ?」
 首をかしげるレンギョウにアサザが解説する。
「ジジイってのは爺さんのことだよ。一体どこでそんな喋り方習ったんだ?」
「作法の師匠だ」
「……その師匠とやらの歳は?」
「平均年齢七十六歳。三人おる」
「ジジイばっかじゃねぇか!」
 頭を抱えてアサザが座り込む。心配そうにレンギョウが声をかける。
「大丈夫か? どこか具合でも悪いのか?」
「そんなんじゃねぇよ!!」
 がば、と立ち上がったアサザがレンギョウの肩を掴んだ。
「なぁ。そんな喋り方で疲れないか?」
「別に何ともないが」
 レンギョウの答えにアサザは不満げに息を吐いた。
「お前は大丈夫でも俺は疲れる!! いいか、せめて俺といる時くらいは”余”じゃなくて”私”とかそういう言い方をしてくれ。それと、”おぬし”じゃなくて”お前”とかな」
「……何故だ?」
「俺たち、もうダチだろ?」
「ダチ……?」
「そう!友達、友人、そういう種類のヤツのことをダチっていうんだよ。お前の喋り方は相手を自分より下に見ている言い方なんだ。ダチは対等だ。だからお前の喋り方は俺に対してはふさわしくない。わかるだろう?」
「対……等……」
 しばらくレンギョウは考え込んでいたが、やがて顔を上げた。
「……わかった。これから気をつける。だが、ひとつだけ訊ねてもいいか?」
「何だ?」
「いつから余——私はお前の友人になったのだ?」
「お前、それ本気で言ってんのか?」
 アサザは苦笑して、空き地の隅に座り込んでいたキキョウから荷物を下ろした。その中から小さな包みを一つ取り出す。
「正直言って、俺にもいつってことははっきりわからん。ただ、こいつとなら一つしかない食い物を分け合ってもいい、と思えるヤツが俺にとっての友達なのかな、とは思う」
 アサザは包みを開いて中身を取り出した。薄い紙に包まれた砂糖漬けのリンゴがころりと出てくる。アサザは焚き火の傍に座り込んだ。
「同じように、こいつのためなら命を賭けられる、そう思えるヤツを親友って言うんじゃないか? 俺にはそこまで思える相手ってのはいないからわからんが」
 いつの間に取り出したのか、アサザは小刀を使ってリンゴを真っ二つにした。
「さ、食うぞ。今日買ったばかりだから腐っちゃいないはずだ。……ったく、説教くさくなっちまったな。これじゃ本当のジジイじゃねぇか」
 アサザからリンゴを受け取ったレンギョウはしばらくそれをじっと眺めていた。食べるでもなく、アサザの隣に腰を下ろしたレンギョウはふと炎に目を向ける。
「……アサザ」
「ん?」
 リンゴにかぶりつきながらアサザはレンギョウを見た。その瞳に炎が揺れている。
「私にも……いつか親友と呼べる者ができるだろうか?」
「……さあな。そればっかりは、俺にもわからん」
「そうだな……すまない。妙なことを訊いたな」
「気にするな。それよりそのリンゴ、早く食わんと俺が頂くぞ」
「それは困る」
 伸ばされたアサザの手をかわして、レンギョウは果物に噛み付いた。



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