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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 柔らかな向かい風にアサザは目を細めた。暖かな春の風は草原を駈け抜け、遥か彼方までも新緑の波を立てている。

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「ようやく見えた……」
 アサザが立った丘から、その壁はよく見渡すことができた。陽光を受け白く輝くそれは長く広く、円を描いて包み込んだ街を守っている。かなりの距離を隔てたここからもその城壁が巨大なものであることは見て取れた。
「あの中のどこかに国王がいる……」
 アサザの背筋がぞくりと震えた。神々しささえ感じるその街——王都に不敵な笑みを投げ、アサザは目線を落とした。
「キキョウ、もう少しだ。行くぞ」
 低い嘶きで応えたのは見事な栗毛の馬だった。アサザの足が横腹に当たると同時、4本の力強い脚が地を蹴る。
 一気に丘を下る。アサザの短い黒髪が一斉に吹き付けてきた風で乱れた。髪の状態などまったく意に介さず、アサザはまっすぐ前を向いていた。
 巨大な城壁はなかなか近づかない。流れていく周りの景色の速さと比べて何と遅いことか。
 太陽は天頂を少し過ぎたところだ。特に急がなくても夕暮れまでには城壁に辿り着くことはできるだろう。しかしアサザは逸る気持ちを抑えることなく残された道程を急いだ。キキョウもそんな主人の思いを知ってか、長旅の疲れなど感じさせない蹄音を響かせながら街道を駆ける。
「……?」
 城壁の中央に門が見え始めた頃だった。アサザたちの少し前を、大きな木箱を背負った男が歩いている。アサザは手綱を緩めた。
「高いところから悪いが……おっちゃん、行商人?」
 いきなり前に回り込んで来た人馬にその中年男は相当驚いたらしく、ひゃあと奇声をあげて飛び上がった。
「あ、怪しい者じゃないぜ。ちょっと聞きたいことがあってな。王都の門番のことなんだが……」
 言いかけてアサザは男の視線が腰の剣から動かないことに気づき苦笑した。
「これか? これはただの護身用の剣だ。あんたに使う気はないから安心してくれ」
「その剣……あんた、戦士だろう?」
 アサザの言葉を聞いていた様子もなく男は呆然と言った。
「なんでこんなところに戦士が。ここは国王領のど真ん中だってのに」
「その国王領見物に来たんだよ」
 アサザは身軽にキキョウの背から飛び下りた。びくっと身体をこわばらせる男に慌てて手を振って見せる。
「だから、あんたに何かするつもりはないってば。おっちゃん、国王領出身?」
 こわごわと男が頷く。
「あ、ああ。生まれも育ちも王都だ」
「そうか! 良かった」
 アサザが破顔する。
「じゃあ馬に乗ってても門番に止められるかどうかなんてことも判るよな? せっかくここまで一緒に来たのにこいつと王都見物ができないんじゃ可哀想だと思ってな。どうなんだ?」
「……馬は大丈夫だ」
「そうか! やったな、キキョウ!!」
 嬉々としてキキョウの首筋を叩くアサザの表情が男の次の言葉で途端に曇った。
「ただ、あんたのその剣は……」
「……そうか。やっぱな」
 しゅんとしてアサザは男を振り返った。
「やっぱ目立つよな、これは。でもそうそう簡単に使い慣れたものを手放すわけにもいかないし」
 ぶつぶつと呟いているアサザを男は上目遣いに見上げた。
「なああんた、なんでこんなところに来たんだ? 貴族と戦士の間じゃお互いの土地には入らないって約束があるんじゃないのか?」
 それを聞いたアサザの顔が困ったような表情を浮かべる。
「不可侵条約のことか? うーん。そうなんだが、俺が個人で見学に来る分にはいいかなぁと……」
 そっぽを向いて頬を掻くアサザに男は驚きを隠せない目を向けた。
「あんた、まさかここまで一人で来たのか!?」
「ああ」
 あっさりとしたアサザの答えに男は信じられないと口の中で呟いた。
「あんた馬鹿か? 戦士とはいえ国王領内で捕まったらただじゃ済まないことくらいわかってるだろう?」
「貴族の使う魔法のことか? その時はその時考えればいいさ。機会があれば貴族とも手合わせしてみたいと思ってたしな」
 言って、にっと笑うアサザを男は見上げ——同じくにっと笑った。
「すごい度胸だな。気に入ったよ」
「そりゃどーも」
 男は道の脇に背負っていた木箱を下ろした。
「おれは休憩させてもらうが、あんたも一緒にどうだ?」
「俺? 俺は……」
「ここからなら急がなくても十分閉門までには間に合う。茶の一杯くらい付き合ってけよ。もちろん奢りだ」
 商人の言葉にアサザは苦笑した。
「おっちゃんも度胸あるな。さっきまでビビって小さくなってたとは思えないぜ」
「ははは。こうでもなきゃ王都と皇都を行き来する行商人なんぞやってられんよ」
 木箱を開きながらの商人の言葉にアサザは少し驚いたように目を大きくした。
「皇都に行ったことがあるのか?」
「ああ、何度も行ったさ。今も皇都から中立地帯を抜けてようやく故郷に帰ってきたところだ」
「……」
 男は取り出した木製のコップに注いだ水出しの茶を差し出した。
「色々な街に行ったが、やっぱりここが一番だな。あんたに言うのも何だが……皇都の空気は重苦しくていけない」
「空気が重い……か。確かにそうかもな」
「皇帝が民を顧みないせいかねぇ。住んでる人々の顔にも精気がないように見えるんだ。それに比べて王都はいいぞ。何せ聖王様が治めておられるからな」
「……聖王?」
 商人はアサザを信じられないものを見るような目つきで眺めた。
「聖王様をご存じないのか?」
「……ああ」
 少しきまり悪げにアサザが答えた。呆れの色を隠そうともせずに商人は首を振った。
「王の通り名を知らずに王都に来る奴がいるとは思わなかったよ。下々からも広く意見を取り入れられ、よく王都を守っていらっしゃる。まだお若いのに大したものだよ」
「若い?」
 商人はわが事のように胸を張った。
「御歳十七歳。即位されて八年になる。親政を始められたのが二年前だな」
「ふぅん……ひとつ違いか」
 アサザはぬるい茶を一気に喉に流し込んだ。
「ところで、おっちゃんの持ってる品の中に保存のきく食い物とかってあるか?」
「ああ。どうしたんだ?」
「保存食が切れてたから買い足そうかと思ってな。ちょっと見せてくれるか?」
 出された数種類のものの中からアサザは砂糖漬けの果物と木の実を選んだ。代金を払いながら問う。
「ここまで来たからには俺も王宮見物をしてみたいんだが……おっちゃん、俺でも入れそうな穴場とか知らないか?」
 商人が考え込んだ。
「うーむ。王宮の前庭までなら誰でも入れるようになっているが……あんたの場合そこまで行く前に捕まっちまうだろうからなぁ」
「そうか……」
 心なしか沈んだ声で答えたアサザの前で商人は頭を掻いた。
「すまんな、役に立てなくて。その剣さえどうにかすれば何とかなるとは思うんだが」
「ああ。これとこいつだけは手放すわけにはいかないんだ」
 剣とキキョウを示してアサザは肩をすくめた。
「命を預ける相手だからな。そう簡単に離れるわけにはいかない」
「戦士ってやつはそういうところが強情だからな」
 商人は理解できない、というように頭を振った。
「では、ここでお別れかな。おれにも一応待ってる家族がいるんでな。厄介事は起こしたくない」
「ああ。迷惑は掛けない」
 アサザはコップを地面に置き、立ち上がった。
「ごちそうさん。面白い話を聞かせてもらった」
「いやいや。今度また会うことがあればその時もどうかご贔屓に」
 愛想よく言う商人に苦笑しながらアサザはキキョウの手綱を取った。
「……そうそう」
 ひらりと鞍に飛び乗ったアサザに商人の思い出したような声が掛かる。
「王宮の裏の方に非常用の抜け道があると聞いたことがある。見つけた奴は誰もいないがな」
「……そうか」
 にやりと笑ってアサザはキキョウの首をめぐらせた。その視線の向こうには白い城壁。
「ありがとよ、おっちゃん。今度会うときはもっといい買い物をしてやるからな」
「期待はしないでおくよ」
 笑いを含んだその声を背にキキョウは駆け出した。中天を過ぎた太陽は赤味を増した光を投げて傾きはじめていた。


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