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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 その日の深夜、北の繁華街は暴風のような驚きに襲われた。

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 紅い半纏の集団が橋を渡ってやって来たのだ。通りを駆け抜け、繁華街に乱入したその一団の先頭に立つ赤衣姿の女を見て、人々は息を呑んだ。
「みっ……南の朱里だ!!!!」
 ぞくりとするような笑みを浮かべた朱里は叫び声を上げた男に凄艶な流し目をくれて走り去った。その後を怒涛のように赤い着物の男たちが続く。呆然とその後姿を見送ってしまってから、人々は今の出来事の意味に思い至った。
 ——意趣返し。
 悟った瞬間、人々は我先にと行動を起こした。巻き込まれることを嫌って逃げ出す者。面白がって後を追いかける者。黒い半纏を着た者たちも慌てて朱里たちの後を追う。繁華街は騒然となった。
 騒ぎの元凶たちは通り過ぎた場所の混乱など意に介さず、ひたすら目的地へと走った。繁華街から脇道に入り、目指す屋敷を視界に捉えるとさらに速度を上げる。開け放してあった門を叩き壊す勢いで突入した朱里たちは、繁華街の騒ぎに気づいて集まっていた北の者たちと鉢合わせする。
「んなっ……!?」
 半分寝ぼけている上に、まさかここに南の者が来るとは思っていない黒半纏たちは浮き足立った。その隙を逃さず、朱里が号令を下す。
「皆、やれッ!!!」
 怒号のような鬨の声が応える。笑みと鉄爪を煌かせて朱里は斬り込んだ。疾風の如く庭を突っ切り、屋敷へと一気に駆け込む。さすがに態勢を整えつつある北の者たちと斬り結びながら、朱里は奥へ奥へと進んでいった。
 屋敷の最奥まであと少しというところで、朱里は行く手を阻まれた。黒衣の男たちが三人、刀を抜いて待ち構えている。
「三人がかりか? 面白い」
 むしろ嬉々とした様子で朱里は一人目に突っ込んでいった。ぎぃん、と鋼が鳴る。左の袖口から出した鉄爪で相手の刀を弾き飛ばしそのまま突き出す。紅い飛沫が散った。振り返って、二人目が振り下ろす刃を受け止める。きりきり、と刀と鉄爪が鳴いた。好機と見た三人目が刀を突き出す。
「ふん」
 鼻で笑って、朱里は右手を閃かせた。
「悪いな。爪があるのは左手だけじゃない」
 まだ血塗られていない鉄爪が突き込まれた刃と、勢い余って突っ込んできた男の体を床に叩きつける。刃を合わせた男が目を見開いた。にやりと笑って、朱里は男の力を受け流した。
「力押しだけではなく頭も使うことだ。お前たちの『元』統領の十八番ではないか」
 支えを失って泳いだ男を後ろから蹴り飛ばして、朱里は廊下の奥へと目を向けた。
「——なんだ、いたのか」
「いてはまずかったか」
 廊下の突き当たりの壁がぽっかりと開いていた。その穴を背に、蝋燭を持った玄司が立っている。
「そういうわけではないが。随分早いと思ってな。合流にはもう少しかかると思ってた」
「非常時用の抜け道だ。いざという時脱出に手間取るような造りにはしないだろう」
「なるほど」
 朱里は耳を澄ませた。派手な剣戟の音はかなり遠い。これなら話の邪魔をされることもないだろう。
「では、行くか」
 頷いて、玄司は老人の部屋の襖に手を掛けた。開かれた部屋の中には布団が一組敷いてある。老人はその脇に正座していた。
「——翁」
「玄司、儂はおぬしにそこの小娘を殺せと言ったはずだが」
 顔を上げずに、老人は底冷えのする嗄れ声で言った。むっとして何か言いかけた朱里を制して、玄司は袖に手を入れた。
「それはできない」
「ほう。育ててやった恩義を忘れたか」
 取り出された玄司の手には曼珠沙華の花がある。
「いや。気に入った女と比べた時どちらが俺にとって重いか、という話だ」
 部屋に入り、玄司は老人の前に歩いていった。屈みこんで、老人の前に曼珠沙華の花を置く。
「翁なら、解ると思うが」
 ふん、と老人は鼻を鳴らした。
「小娘」
「……何だ」
 腕組みをして成り行きを見守っていた朱里が応える。
「一体どうやってこの茶番を南の連中に納得させたのだ」
「惚れた男をものにするために協力してくれと言っただけだ」
「……こやつを誑かして、一体何を狙っておる」
「別に。私のものにしたいと思ってる、それだけだが」
「よく言うわ。これを攫われては北の後継がいなくなるではないか。何のかんのでこれ以外に統領を任せられそうな奴はおらんのだからな」
「本懐を遂げられて、しかも北が不利になるのなら私は万万歳だな」
「ふん。それはどうかの」
 老人が顔を上げた。
「後継がおらんのでは仕方がない。老骨に鞭打って、いま少し儂が北の指揮をすることにしよう」
「年寄りの冷や水だぞ」
「うるさい小娘が」
 呆れる朱里に老人が噛み付く。
「とっとと去ねい。次に会った時には容赦せんぞ」
「それはこっちの台詞だ」
 くるり、と朱里は老人に背を向けた。玄司が一度、老人に頭を下げてからその後を追う。
 戦いの喧騒は聞こえなくなっていた。黒半纏がごろごろ倒れている中を二人は進んでいった。
「——そういえばさっき言っていた、爺なら解るというのは何なんだ?」
 思いついたように朱里が問う。珍しく逡巡した後、玄司は諦めたように口を開いた。どうせ今言わなくてもいずれ聞き出される、そう思った。
「昔、翁は南の女に求婚したことがあるらしい」
「ほう。それは興味深い話だな」
「一時は統領の座を投げ打ってもいいとまで思いつめていたらしい。だが、その女は当時の南の統領へ嫁いでしまったのだそうだ」
「ほう。で?」
「それ以来南と女を目の敵にするようになったとのことだ」
 だが、と玄司は言葉を継いだ。
「俺などを拾ったのも実の子供がいなかったからだろう。そう考えると少々、哀れでもあるが……」
「そうだな。だが、あの爺の想いが叶っていたら大変なことになっていたぞ」
 朱里は自分を示した。
「私のじいさまとばあさまが夫婦になっていなければ、私はここにいなかったのだからな」
「……そうだな」
 崩れた表情を隠しながら玄司は答えた。
 周りがぼんやりと明るくなってきた。夜明けが近いのだろう。門に通じる庭に、松明がちらちらと揺れている。廊下から朱里が蝋燭を振ると、松明が慌ただしく動き始めた。
「朱里様!! ご無事で!!!」
「当たり前だ!! もうここには用はない、撤収するぞ!!!」
 勝ち鬨の声を上げて、赤の半纏を着込んだ者たちは意気揚揚と門を出て行く。
「さ、行くぞ」
 朱里の言葉に、玄司は頷いた。その頭上では、黒い夜空が少しずつ朝焼けの色に染まっていた。



<2002年10月23日>



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