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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 黄昏の風の中、毒々しいほどに紅い花が揺れている。堤防には、今を盛りとばかりに曼珠沙華が咲き乱れていた。

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 その花と同じ色の半纏を着た男たちが、街を分かつ川を渡る大橋の南のたもとに群れていた。顔見知り同士でわらわらと固まって話しているその数は貫禄のある幹部から若い衆まで三十人ほど。包帯を巻いた者も多い。
 彼らは今日、統領である朱里からここに集まるように言われていた。何やら重大発表と、場合によっては荒事が起きるかもしれないとのことだったので、怪我をしている者を除く全員がここに集まっている。もっとも、改めて言われるまでもなく彼らは朱里の一声があれば即座にその指示に従う者ばかりだった。幹部や古株の連中には、朱里が統領になったばかりの頃から支えてきたという自負もある。その中の一人が、ふと浮かんだ疑問を口に出した。
「それにしても、何で統領はこんなところに集まれなんて言ったんだ?」
 本拠焼き討ちは未だ生々しい記憶だった。ましてや、北の縄張りを川越しに目にしている南の者の復讐心が燻り始めても無理のない話だった。それが炎に変わるのを辛うじて抑えているのは朱里から特に強く言い渡された一言があるからだった。曰く、もし北の者を見かけても、許可あるまで決して私闘を交えないこと。そのため、ぎりぎりと歯噛みしながらも彼らは対岸を睨みつけることしかできなかったのだ。
 そんな彼らの無言の圧力が効いたのか、北側から橋を渡ってくる者はいなかった。当然、入り口を塞がれている形になっている南側からも渡る者はいない。しかしやがて、北の街から一つの影が姿を現した。何気なく視線を向けた南の者が、それの正体を認めた瞬間大きく目を見開く。
 男が一人、橋を渡ってくる。黒い着流しと羽織に身を包んだ黒髪の男。
「北の頭……」
「玄司だ……」
 低い囁きが南の者の口から洩れる。見るのは初めてだったが、一目でそれと判る。
 玄司は泰然として歩を進めていた。弓も矢も、武器らしいものは何一つ帯びていないくせに何故か無防備には見えない。
 無言で、南の者たちは北の統領を見つめた。今襲えば簡単に殺れる、頭ではそう分かってはいても足が動かなかった。橋の中央で玄司が足を止めても、誰一人身じろぎすらしない。ごくり、と誰かの喉が鳴った。
 ふいに背後に現れた気配に、南の者たちは我に返った。呪縛が解けたようにぎくしゃくと足を動かして振り返る。
 橋に続いている道の向こうに、大小ふたつの人影が見えた。何やら布を被った大きな影を、半歩先を歩く小さな影が先導しているように見える。夕暮れ時の濃い陰影の中、目を凝らした赤い半纏の一人が素っ頓狂な声を上げる。
「とっ……統領!!?」
 その声に応えるように、大きい方の影が左腕を上げた。傾いだ太陽の朱い光よりなお紅い、絹の袖が翻る。
 爆発的に南の者は反応した。今の今まで玄司に気圧されていた分、腕を高く上げ、朱里の名を大声で呼ぶ。その真ん中を朱里は堂々と歩んでいった。熱狂の中、朱里は橋の一歩前で足を止めた。
 興奮が、潮が引くように静まっていく。先程とは打って変わった静けさの中、朱里にその場にいるすべての者の視線が集まる。
 朱里は頭から緋色の小袖を被っていた。目深に下ろされ、肩から裾まですっぽり覆うそれが、朱里の表情も仕草もすべてを隠している。その顔がここまで先導してきた小さな影——老婆に向けられる。何事か囁かれた老婆は心得顔で頷き、道から出た。手近に咲いていた曼珠沙華を一輪手折って、朱里に渡す。受け取った花を顔の前でくるりと回し、朱里は独り橋の上へ踏み出した。
 数刻とも感じられる数瞬の後、南北の統領は橋の中央で向かい合った。
「——また、逢えたな」
 朱里の言葉に、玄司が小さく頷く。その手が朱里の顔と体を覆う小袖に掛けられる。それだけであっけなく小袖は落ちた。橋の板と被り物の立てた微かな衣擦れの音は南岸から上がった驚きの声にかき消された。
 小袖の下から現れたのは、深紅の花嫁衣裳だった。花嫁にしては淡い化粧を施した朱里が嫣然と笑みを浮かべ、紅い組紐で結い上げた黒髪をわずかに傾げる。
「どうだ? 私の晴れ姿は」
「……驚いた」
 言葉ほどには感情を浮かべていない玄司の表情だったが、朱里は頷いた。嘘でないことは何となく判る。
 す、と朱里は玄司に曼珠沙華を差し出した。
「南では重大な誓いを交わす時、相手に紅いものを贈るしきたりがある。受け取ってくれるか」
 頷いて、玄司は花を受け取った。それを見届けてから、朱里は再び口を開いた。
「では聞く。お互いの利害が一致する間だけで構わない、共に戦ってくれるか」
「ああ」
「……恐らく二度と北には戻れんぞ」
「構わん。今日までの働きで育ててもらった恩は充分返せているはずだ」
 玄司が花を袖にしまう。
「そちらの方こそどうなんだ?元とはいえ北の者と手を組むなど言語道断の暴挙ではないのか?」
 朱里が小さく肩を竦めた。
「先日の襲撃で何処かの誰かに手ひどくやられたものでな。情けないことだが守りに徹するには戦力が足りん。ならば攻められる前に誰かを巻き込んで当面の敵と思われる奴を攻めようと考えただけのことだ。攻撃は最大の防御、と言うだろう」
「俺一人増えたところでどうにかなるわけではあるまい」
「お前は人を動かすことができる。量より質だ」
「だが既に一度古巣を裏切った身だ。何時また南を裏切るか知れんぞ」
「それは問題ない」
 朱里は玄司を見上げてにやりと笑った。
「私がお前を誑し込んでしまえば、な」
「……正気か」
「当然だ。一番最初の手紙にも書いただろう」
 朱里はぐっと玄司を見上げた。
「あれの返事を聞かせてもらおう。私と、夫婦にならないか」
「……あれを読んだ時にも思ったが、ほとんど狂気の沙汰だな」
「うるさい。惚れた男に言い寄るのに形振り構っていられるか」
 照れるでもなくあっさり言ってのける朱里に、玄司の表情が微かに緩む。
「俺はお前の父の仇だ」
「それがどうした。殺った殺られたのこの世界じゃ誰に殺されても文句は言えん。その代わり、誰を殺しても文句は言わせんがな」
 玄司は頷いた。
「……お前の『艶書』は気に入っている」
「……そうか」
 朱里は笑った。
「ならば明日から本物の艶書を山のように送ってやろう。楽しみにしていろ」
 言って、朱里は橋の南岸を振り返った。そこには固唾を呑んで成り行きを見守っている南の者たちがいる。足元に落ちていた小袖を拾い上げ、朱里は玄司に被せた。
「似合わんな」
 苦笑交じりに言って、朱里は橋を戻り始めた。小袖を肩に羽織り直した玄司がその半歩後を追う。
 すっかり暮れた宵の空気が四度目の驚愕の声で震えたのは、そのしばらく後のことだった。


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