書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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「親父殿!親父殿!!」
朱里は叫びながら屋敷の廊下を駆けていた。
周りはまるで戦場のような有り様だった。座敷から、庭から、刃と刃がぶつかり合う音が間断なく響き、人が倒れていく。床に這った者には、明らかに赤い着物が多い。ともすると泣き出しそうになる自分を叱咤しながら、朱里は唯一人の探し人を求めて走り続けた。
「親父殿ッ!!!」
横手から黒い影が飛び出してきた。ほとんど反射的に朱里の手も動く。右手に着けた鉄爪に重い衝撃。倒れていく黒半纏の男に見向きもせず、朱里はさらに足を速めた。どこかで火の手が上がったのだろうか、黒い煙が空気に混じり始めた。
最早呼ばわることはせず、唇を噛み締めて朱里は走り続けた。進む方向は完全に勘まかせだ。
中庭で、朱里はようやく探し人を見つけた。庭石に背中を預け、地面に座り込んでいる男。紅く染まった左腕を庇ってはいるものの、右手には未だ血刀を握ったまま、眼光も鈍ってはいない。
「親父殿……っ!!!」
裸足のまま朱里は縁側を飛び降りた。植え込みのあちこちに転がる黒衣の男達を無視して素早く父の元に駆け寄った朱里はしかし、一歩の距離を隔てて棒立ちになった。赤い着物をより紅く染め上げた大量の出血。一目でわかる。深手だった。
「……おう、朱里か」
だが、顔を上げた父の声にはいつもと同じ毅さがあった。むせ返るような血の匂いの中、豪胆な笑みを零す。
「ぬかったわ。北の奴ら、今回は妙に小賢しい動きをしおった。気がついたら囲まれておったわ。どうやらあの狐爺、知恵の回る奴を見つけてきたらしい」
可笑しげに父が笑った。次の瞬間、その目が朱里を射竦めるほどに真剣になる。
「恐らくは、そいつがこれから最も警戒せねばならん相手になるだろう。出来ればこんな置き土産、お前に遺したくはなかったが……朱里、お前はこの父の轍を踏まぬよう心せよ」
はっと朱里が父を見つめる。怖いほど真剣な顔で、父もまた朱里を見つめ返す。
「俺の次は、お前が統領だ。お前は強い。体も、心も。お前はきっと、立派な統領になれる」
童女のように、朱里は首を横に振った。否、朱里は未だ成人前の童女だった。精一杯の想いを込めて、紅く染まった父の着物をぎゅっと握り締めた。それでも、涙だけは零すまいと必死に堪える。そんな朱里の心を知ってか知らずか、父は言葉を続ける。
「これからはお前自身が良いと思った道を往け。歩み出したら迷うな。それがひいては、南のためにもなる」
「……いっ」
朱里がようやく出した声は、しかし泣き声以外の何物でもなかった。
「嫌だ!!親父殿、逝かないでくれ!!!」
ふ、と表情を緩めた父は朱里の頭に手を伸ばした。ぽん、と叩いた後、ぐっと胸元に抱き寄せる。
「おっ……親父殿!?」
「我慢することはない。統領だって人なんだ。楽しい時には笑って、悲しい時には泣けばいい」
先程とは打って変わった弱々しい声に朱里の不安は膨れ上がる。頭を押さえられているため、顔を上げて父の様子を窺うことも出来ない。全力で暴れてみたが、父の腕はびくともしなかった。
いつしか朱里は泣いていた。先程より父の呼吸が浅くなったのは気のせいだろうか。何故、父は黙ったままなのだろうか。何より、父の沈黙が怖かった。
どれ位経った頃だろう。修羅場の喧騒は去り、代わりに遠くで朱里を呼ぶ声がする。
ああ、ばあだ。ばあが呼んでいる——
そう思った瞬間、朱里は覚醒した。気遣わしげな顔で老婆が朱里の顔を覗き込んでいる。
夢か——
腕で顔を覆って、朱里は夢の続きを思った。
あれから二日後に、父は意識を取り戻すことなく亡くなった。そして朱里は十代半ばの若さで南の統領になった。あれから十年が経つ。父の言葉通りとはいかないまでも、自分なりに統領を務めてきた自負を朱里は持っていた。
身体を起こし、頭を振って朱里は夢と回想の残滓を追い払った。今日は約束の日だった。昨日のうちにすべての準備は整えてあるとはいえ、さすがに寝ぼけ頭で赴くわけにはいかない。
「ばあ、『赤衣』の用意だ」
短く告げる朱里の目に、既に感傷の色はなかった。
朱里は叫びながら屋敷の廊下を駆けていた。
周りはまるで戦場のような有り様だった。座敷から、庭から、刃と刃がぶつかり合う音が間断なく響き、人が倒れていく。床に這った者には、明らかに赤い着物が多い。ともすると泣き出しそうになる自分を叱咤しながら、朱里は唯一人の探し人を求めて走り続けた。
「親父殿ッ!!!」
横手から黒い影が飛び出してきた。ほとんど反射的に朱里の手も動く。右手に着けた鉄爪に重い衝撃。倒れていく黒半纏の男に見向きもせず、朱里はさらに足を速めた。どこかで火の手が上がったのだろうか、黒い煙が空気に混じり始めた。
最早呼ばわることはせず、唇を噛み締めて朱里は走り続けた。進む方向は完全に勘まかせだ。
中庭で、朱里はようやく探し人を見つけた。庭石に背中を預け、地面に座り込んでいる男。紅く染まった左腕を庇ってはいるものの、右手には未だ血刀を握ったまま、眼光も鈍ってはいない。
「親父殿……っ!!!」
裸足のまま朱里は縁側を飛び降りた。植え込みのあちこちに転がる黒衣の男達を無視して素早く父の元に駆け寄った朱里はしかし、一歩の距離を隔てて棒立ちになった。赤い着物をより紅く染め上げた大量の出血。一目でわかる。深手だった。
「……おう、朱里か」
だが、顔を上げた父の声にはいつもと同じ毅さがあった。むせ返るような血の匂いの中、豪胆な笑みを零す。
「ぬかったわ。北の奴ら、今回は妙に小賢しい動きをしおった。気がついたら囲まれておったわ。どうやらあの狐爺、知恵の回る奴を見つけてきたらしい」
可笑しげに父が笑った。次の瞬間、その目が朱里を射竦めるほどに真剣になる。
「恐らくは、そいつがこれから最も警戒せねばならん相手になるだろう。出来ればこんな置き土産、お前に遺したくはなかったが……朱里、お前はこの父の轍を踏まぬよう心せよ」
はっと朱里が父を見つめる。怖いほど真剣な顔で、父もまた朱里を見つめ返す。
「俺の次は、お前が統領だ。お前は強い。体も、心も。お前はきっと、立派な統領になれる」
童女のように、朱里は首を横に振った。否、朱里は未だ成人前の童女だった。精一杯の想いを込めて、紅く染まった父の着物をぎゅっと握り締めた。それでも、涙だけは零すまいと必死に堪える。そんな朱里の心を知ってか知らずか、父は言葉を続ける。
「これからはお前自身が良いと思った道を往け。歩み出したら迷うな。それがひいては、南のためにもなる」
「……いっ」
朱里がようやく出した声は、しかし泣き声以外の何物でもなかった。
「嫌だ!!親父殿、逝かないでくれ!!!」
ふ、と表情を緩めた父は朱里の頭に手を伸ばした。ぽん、と叩いた後、ぐっと胸元に抱き寄せる。
「おっ……親父殿!?」
「我慢することはない。統領だって人なんだ。楽しい時には笑って、悲しい時には泣けばいい」
先程とは打って変わった弱々しい声に朱里の不安は膨れ上がる。頭を押さえられているため、顔を上げて父の様子を窺うことも出来ない。全力で暴れてみたが、父の腕はびくともしなかった。
いつしか朱里は泣いていた。先程より父の呼吸が浅くなったのは気のせいだろうか。何故、父は黙ったままなのだろうか。何より、父の沈黙が怖かった。
どれ位経った頃だろう。修羅場の喧騒は去り、代わりに遠くで朱里を呼ぶ声がする。
ああ、ばあだ。ばあが呼んでいる——
そう思った瞬間、朱里は覚醒した。気遣わしげな顔で老婆が朱里の顔を覗き込んでいる。
夢か——
腕で顔を覆って、朱里は夢の続きを思った。
あれから二日後に、父は意識を取り戻すことなく亡くなった。そして朱里は十代半ばの若さで南の統領になった。あれから十年が経つ。父の言葉通りとはいかないまでも、自分なりに統領を務めてきた自負を朱里は持っていた。
身体を起こし、頭を振って朱里は夢と回想の残滓を追い払った。今日は約束の日だった。昨日のうちにすべての準備は整えてあるとはいえ、さすがに寝ぼけ頭で赴くわけにはいかない。
「ばあ、『赤衣』の用意だ」
短く告げる朱里の目に、既に感傷の色はなかった。
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