書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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玄司は無言のまま、手にした杯を口元に運んだ。酒気のせいで体温が上がったのか、頬に当たる夜風が涼しかった。
二度目の手紙にあった約束の期日まで、玄司のすべきことはそう多くはない。気をつけねばならないのはただ、この謀が洩れないよう気をつけることだけだった。
——謀。
玄司は自分の思いついた言葉に考え込んだ。南の統領と密約を結ぶなど、あの老人などから見れば裏切り以外の何物でもないのだろう。しかし。
——これは裏切りなのか?
玄司にとって、統領の座などは押しつけられたものでしかなかった。
元々、玄司は北の生まれではない。そもそも、この街の人間でもないのだ。まだほんの子供の頃、あちこちを放浪していた根無し草の親とはぐれ、当時の統領だったあの老人に拾われたのが今の玄司の始まりだった。生きるためにとりあえず選んだ場所にしか過ぎないこの街で得た庇護者があの老人だった、それだけの話だった。
無口な子供だった。必要なこと以外は喋らず、暇があれば覚えたての弓を引いているか書物を読んでいた。そんな玄司に老人は却って興味を覚えたようだった。ある日、玄司は老人から兵法書を与えられ、数日後それについての意見を求められた。玄司の答えに老人は満足したようだった。しばらくして、玄司は南との小競り合いのための手順を考えさせられた。老人にしてみれば遊びのつもりだったのだろう。しかしそれを実行してみた結果、南に予想以上の大打撃を与えてしまったのだ。当時の南の統領はこのとき受けた傷が元で死に、代わって未だ十代半ばだった娘が統領になった。老人は狂喜した。
以後も玄司は特に老人に逆らわず、請われれば案を出してそれを成功させたため、次第に懐刀として恃まれるようになっていった。数ヶ月前に老人が病を理由に隠居した時、玄司が後継として指名されたことに表立って不満を述べる者がいなかったのも、それまでの玄司の功績があまりにも大きかったからだろう。
しかしその功績ゆえに老人が警戒心をも併せ持っていることに玄司は気づいていた。また、腹の中では玄司を認めていない幹部も多い。たとえ北の者でも油断は出来なかった。だが、いつ足元を掬われるか、それを心配するほど玄司は統領という立場にこだわりを持ってはいなかった。
だからこそ朱里の提案に乗った。望みもしない統領の座の束縛と面従腹反の身内より、あの剄い目を持つ女と組んだ方が面白そうだとも思ったからだ。その期待は、今のところ裏切られてはいない。
玄司は文机の上の手紙を思った。先程届いたそれは一通目と違って巻物ではなく三つ折の和紙を別の紙で包んだものだった。薄紅色の紙には流れるような、しかしどこか豪快な字で決行の日時、場所などの連絡事項が書かれていた。しかし何より見るべきは、最後に付け加えられた数文だった。それを見た時、再び玄司の表情は微かに綻びたのだった。
”追伸 貴殿の要望に合わせられるよう努力した。感想は後日、直接聞く”
確かに、中身さえ見なければ立派に恋文として通る体裁である。包み紙など、透かしの入った高級品だ。このような朱里の反応を楽しみ始めていることに玄司は気づいていた。同時に、楽しさなど感じたのは何年ぶりのことだろうか、と思う。
しかしすぐに玄司は考えることをやめた。楽しいのなら、それでいいではないか。
早く月が欠けるといい。
玄司は杯に残った酒を干した。初めて、酒が美味いと思った。
二度目の手紙にあった約束の期日まで、玄司のすべきことはそう多くはない。気をつけねばならないのはただ、この謀が洩れないよう気をつけることだけだった。
——謀。
玄司は自分の思いついた言葉に考え込んだ。南の統領と密約を結ぶなど、あの老人などから見れば裏切り以外の何物でもないのだろう。しかし。
——これは裏切りなのか?
玄司にとって、統領の座などは押しつけられたものでしかなかった。
元々、玄司は北の生まれではない。そもそも、この街の人間でもないのだ。まだほんの子供の頃、あちこちを放浪していた根無し草の親とはぐれ、当時の統領だったあの老人に拾われたのが今の玄司の始まりだった。生きるためにとりあえず選んだ場所にしか過ぎないこの街で得た庇護者があの老人だった、それだけの話だった。
無口な子供だった。必要なこと以外は喋らず、暇があれば覚えたての弓を引いているか書物を読んでいた。そんな玄司に老人は却って興味を覚えたようだった。ある日、玄司は老人から兵法書を与えられ、数日後それについての意見を求められた。玄司の答えに老人は満足したようだった。しばらくして、玄司は南との小競り合いのための手順を考えさせられた。老人にしてみれば遊びのつもりだったのだろう。しかしそれを実行してみた結果、南に予想以上の大打撃を与えてしまったのだ。当時の南の統領はこのとき受けた傷が元で死に、代わって未だ十代半ばだった娘が統領になった。老人は狂喜した。
以後も玄司は特に老人に逆らわず、請われれば案を出してそれを成功させたため、次第に懐刀として恃まれるようになっていった。数ヶ月前に老人が病を理由に隠居した時、玄司が後継として指名されたことに表立って不満を述べる者がいなかったのも、それまでの玄司の功績があまりにも大きかったからだろう。
しかしその功績ゆえに老人が警戒心をも併せ持っていることに玄司は気づいていた。また、腹の中では玄司を認めていない幹部も多い。たとえ北の者でも油断は出来なかった。だが、いつ足元を掬われるか、それを心配するほど玄司は統領という立場にこだわりを持ってはいなかった。
だからこそ朱里の提案に乗った。望みもしない統領の座の束縛と面従腹反の身内より、あの剄い目を持つ女と組んだ方が面白そうだとも思ったからだ。その期待は、今のところ裏切られてはいない。
玄司は文机の上の手紙を思った。先程届いたそれは一通目と違って巻物ではなく三つ折の和紙を別の紙で包んだものだった。薄紅色の紙には流れるような、しかしどこか豪快な字で決行の日時、場所などの連絡事項が書かれていた。しかし何より見るべきは、最後に付け加えられた数文だった。それを見た時、再び玄司の表情は微かに綻びたのだった。
”追伸 貴殿の要望に合わせられるよう努力した。感想は後日、直接聞く”
確かに、中身さえ見なければ立派に恋文として通る体裁である。包み紙など、透かしの入った高級品だ。このような朱里の反応を楽しみ始めていることに玄司は気づいていた。同時に、楽しさなど感じたのは何年ぶりのことだろうか、と思う。
しかしすぐに玄司は考えることをやめた。楽しいのなら、それでいいではないか。
早く月が欠けるといい。
玄司は杯に残った酒を干した。初めて、酒が美味いと思った。
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