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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 その手紙を読んで、朱里は会心の笑みを洩らした。すぐさま控えていた老婆に声をかける。

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「ばあ、布は仕入れたか?」
「はい。既に指示のあったものの仕立てを始めております」
 低頭する老婆に朱里は頷く。
「例のものはどれ位で仕立てあがる?」
「先程見た様子ではあと十日ほどかと」
「できるだけ急いでくれ。向こうにもあまり時間はないようだ」
 朱里は再び手紙に目を落とした。無造作に綴られた文字からは朱里が最低限必要とする情報しか読み取れない。だがそれで充分だと朱里は思っている。無謀ともいえる朱里の手紙にこうして返信を寄越した、それだけでこの手紙の主——玄司は信用できる、と朱里は考えていた。
「そうだな、こちらの根回しに少々時間が必要だから……やはり実行は次の新月か」
「……と言いますと十二日後になりますか」
「ああ」
 崩した膝の上に手紙を置き、朱里は顎に手を当てた。
「問題はこれをどうやって向こうに伝えるかだな。そう何度も手紙をやりとりする隙があるとも思えんが……っと」
 朱里が身じろぎした拍子に膝から手紙が滑り落ちた。畳の上に書面を広げながら巻物はころころと転がっていく。
「やれやれ」
 立ち上がりかけた老婆を制して朱里は腰を上げた。巻きつけた紙がすべて解けてしまった軸を取り上げ、巻き直そうとした朱里の手が、ふと止まった。ぷるぷるとその肩が細かく震え始める。
「くっ……くくくっ……」
「朱里様?」
「ははははははっ!!!」
 腹を抱えて笑い出した朱里に老婆が慌てて近寄る。その老婆の腕を掴んだ朱里は未だ笑いを含んだ目を上げる。
「ばあ、艶書とはどう書けばいいのだ?」
「は?」
 忍び笑いを洩らしながら朱里は畳に広がったままだった書面を引き寄せた。
「ここに、追伸がある。分かりづらいところにあったからさっきは気づかなかったのだが」
 確かに、朱里が示した文章は本文の終わりからかなりの空白を隔てた軸寄りの場所に書かれている。巻物をすべて広げてみないと気づかない書き方だ。
「北の身内にバレんように、私からの手紙は艶書ということで通しているのだそうだ。以後そのつもりで頼む、とな」
 再び笑い出した朱里は涙さえ浮かべた目で手紙を見やった。
「あの男、一体どんな顔でこれを書いたのやら。ますます気に入ったぞ」
 朱里が返信の用意を指示できるほどに笑いから立ち直ったのは、それからさらにしばらくしてのことだった。


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