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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 その手紙を読んで、玄司はわずかに表情を崩した。他に誰もいない私室でのことであり、すぐに元の無表情に戻りはしたが、この男にしては珍しいことである。

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 手紙の内容は突拍子もないものだった。最初の一行からして尋常ではない。しかしそもそも差出人が普通でないのだから、この文面と内容の非常識さも当然のことなのかもしれない。
 玄司の記憶に間違いがなければ、この手紙の主は玄司と現在一触即発の状態にある同業者の統領のはずだ。あれ程の大打撃をつい先日に食らわせた憎むべき敵、あるいは膝を屈して和解を申し込む相手としか見られない筈の自分にこのような提案をしてくるとは。
 玄司は月下に一度だけ見えた女の姿を思い起こした。あの不敵な笑顔、返り血を浴びた立ち姿。聞けば、北の負傷者の大半はあの女が作り出したのだという。
 そこまで考えて、玄司は手紙の主——朱里をかなり気に入っている自分に気づいた。苦笑したくなる時というのはこういう時だろうか、と無表情に考える。味方の筈の老人の言葉より、敵の筈の朱里の言に自分と近いものを感じる。
「統領」
 部屋の障子が開かれた。文机の前に座ったままの玄司の背中に低い声がかかる。玄司は記憶の片隅から、その男の顔と情報を掘り起こした。確か、あの屋敷の老人の古い部下の一人だ。
「南の鼠どもの隠れ家が判りました。いかがなされますか?」
「放っておけ」
 手紙を元の巻物の形に巻き戻しながら玄司は即答した。
「しかし……」
「隠れ家といっても、そこに南の全員が集結しているわけでもあるまい。奴らの一部を叩いたところで北に利はない」
「……わかりました。ところで」
 不満を包んだ声が露骨な興味を含んで心持ち大きくなった。
「その手紙……どちらから来られたものですかな?」
 留紐を巻きつける玄司の指が止まる。
「……艶書だ」
 咄嗟に口に出してみてから、玄司はそれが悪くない口実であることに気づいた。しかも、あながち嘘でもない。
「統領になった者は、受け取った恋文の詳細まで申告せねばならんのか?」
「……それは失礼しました」
 形ばかり丁重な礼をして、男は障子を閉じた。廊下を渡る足音が遠ざかっていく。
 その足が数刻後には老人の屋敷の廊下を踏むだろうことが玄司には分かっていた。今の会話は一語洩らさず老人に伝えられるのだろう。
 玄司は巻き戻した手紙を見やった。これに記された提案は、成功すれば玄司にとっても悪くはない結果が出るということになっている。
 かつての統領——老人の権勢の排除。
 これから玄司が統領として力を振るうためには、これはどうしても通らねばならない道だった。先程のような詮索は毎度のこと、策の妨害もこれまでにも数え切れないほどあった。玄司にはこのまま黙っているような被虐趣味はない。別に統領の座に執着はないが、やられたことにはやり返して今日まで生きてきたのだ。それは他でもないあの老人が徹底して玄司に教えてきたことでもある。
 玄司は心を決めた。決めた以上は急がなければならない。この事を他の北の連中に感づかれてはならない。
 『艶書』への返事を認めるため、玄司は文机の上の筆を取った。


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