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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 闇に浮かぶ紅い月を、朱里は見上げていた。

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 静かな夜である。虫の音が耳に心地良かった。座敷と縁側の境界の柱に凭れて風を受けていると、まるで昨夜の悪夢が嘘のように感じる。
「——お目覚めになられましたか」
 後ろから掛けられた声で朱里は現に引き戻された。振り返らず、そのまま答える。
「ああ、今起きたところだ」
「それはようございました。夕餉の支度が整っておりますが、いかがいたしますか?」
「食う」
 寝乱れたままの髪をかき上げて朱里が振り返ると、座敷には赤い小袖を着た小さな老婆が座っていた。
「そう仰ると思っておりました」
 にっこり笑って老婆は立ち上がった。てきぱきと敷かれたままの布団を片付け、廊下に置いてあった膳を運び入れる。その様子を朱里はぼんやりと眺めていた。勧められるまま、膳の前に座り箸を取る。料理はどれも質素だが、温かかった。
 ここは朱里が確保している隠れ家のひとつだった。南の街の中でも静かな北寄りの区画にあり、繁華街に近かった本拠の屋敷とは離れている。壊滅した南の一党に点在する隠れ家を振り分けて、朱里自身がこの家へ辿り着いたのは夜が明けてからのことだった。
「大分、お疲れのようですね」
 一瞬、朱里の手が止まる。
「ああ、流石にな」
 止まった手が再び動き出して汁椀を取った。昼の間中眠っていたおかげで体力は戻っていたが、気力まではそうはいかない。わずかに残ったそれをかき集めて、朱里は口を開いた。
「——今動けそうなのは、どれくらいだ?」
「全体の四割ほどでしょうか。意趣返しをお望みなら、現時点で三割ほどが戦力になります」
「そうか」
 意外な数字ではなかったが、改めて聞くとやはり苦い。汁を一口啜って、朱里は椀を戻した。
「では、当分は南の領域を守ることに主眼を置こう。北にこれ以上調子づかれては困る。とは言え人員が足りんな。一月以内に動けそうなのは?」
「怪我人全体の半分ほどかと」
 きり、と朱里の奥歯が鳴る。
「足りんな。何とかするための策を考えねばならんか……」
 箸を持った手を顎に当て、朱里は膳に目を落とした。ふと、目に入った汁椀の中に月が揺れている。思い起こしたのは、昨夜の黒衣の男だった。朱里は顔を上げた。
「ばあ、北の新しい統領について何か知っているか?」
「……十年前に先代の統領を害した男でございましょう。ああ、では朱里様が統領になられてからもう十年が経つのですね」
「そんなことは私も知っている。他にはないのか」
「我ら南との大きな争いには大抵絡んでおります。しかもそのほとんどで——不本意ではありますが——何かしかの成果を挙げておりますね。その功を買われて、数ヶ月前に先代の古狐から統領を任されたとか。素性は調べても判りませんでしたねぇ。大方、古狐めが手回しして隠したのでございましょう」
 老婆は小さく首を傾げた。
「そうそう、古狐といえば。あの爺、隠居した今でも統領や幹部たちに何やかんやと口出ししているようですねぇ」
「それは本当か?」
 老婆が頷く。
「はい。あの爺などから見れば、今の統領は若すぎて頼りにはならないということなのでございましょうか。でもこれでは新しい統領はまるで傀儡。何をするにもやりずらいことでしょうねぇ」
「……そうか」
 朱里の目にちらりと光が走った。
「よし、ばあ、墨と紙を用意しろ。手紙を書く」
「わかりました」
「それと布だ。特上の赤絹を仕入れてくれ」
「はぁ、赤絹……ですか?」
 訝しげな老婆に向けて朱里はにやりと笑った。
「ああ。それを使って作ってほしいものがあるのだ」
「はぁ……」
「いい策を思いついた。成功するかはわからんが……」
 言いかけて朱里は首を振った。
「否、必ず成功させる。北の奴らに一矢報いるのだ。やられたままでは終わらん。それが南の不文律だ」
 朱里の顔に凄艶な笑みが戻る。老婆は思わず頭を下げた。
 言いつけられた物の用意をするため老婆が部屋を出ていく時には、朱里は手早く膳の上を片付け始めていた。


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