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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 夕闇の迫る北街を、玄司は歩いていた。

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 昼の終わりと夜の始まりが混じりあった雑踏の中、人々はそれぞれの行き先へと向かう。そのざわめきに、今宵は多分に興奮が入り混じっているようだった。
「……南の……」
「焼き討ち……」
「統領の指図で……」
 囁かれる噂が切れ切れに玄司の耳に入る。この時間、昼から夜へと伝えられる今日一日の話題。その中でも最大のものだろうその噂は、当分の間酒の肴にされるだろうことは間違いなかった。
 この街には、一本の川が流れている。西から東へ流れ街を二分するその川を境に、街の支配者が変わることは子供にも良く知られている事実だった。根拠地が川の北岸か南岸かで、単純に『北』と『南』と呼ばれるこのふたつの一家は、商店の元締めと両替を家業とする商売敵ということもあり伝統的に仲が悪いことでも知られていた。自然、それぞれが抱える強面衆の数も多くなる。真偽の程は定かではないが、昔は今ほど険悪ではなかったが、五十年ほど前に北の統領が南の娘に求婚を断られて以来対立を続けているという噂もある。
 昨夜の事件はこの街に住む者にとって大事件だった。
 南の統領の屋敷が焼き討ち。しかも指図は新しくなったばかりの北の統領。
 北に住む者が興奮するのも無理のないことだった。勝負などつかなくとも別に構わない喧嘩のはずだが、どちらに肩入れするかと問われれば地元意識の方が強く出る。ここ数年は目立った動きがなかったせいもあり、北の街はまるでお祭りのような雰囲気だった。
「新しい統領はまだ若いんだろ?」
「ああ、あんまり表には出てこないが南の朱里と同じくらいのはずだ」
「そりゃすごい。あの小娘と渡り合える奴が北にいたとはなぁ」
 擦れ違った二人連れの男の声を背中で聞いて、玄司は脇道に逸れた。繁華街の喧騒がすっと遠くなる。
 程なく、玄司の足が止まった。その正面には古びた屋敷が門を開けている。玄司の姿を認めた若い門番が慌てて飛び出してきた。
「翁は、いるか」
 門番が頷くのを横目に玄司は門を潜った。聞くまでもないことである。あの老人がこの屋敷から動けるはずがない。
 案内も乞わずに庭を通り抜けた玄司は屋敷へ入った。板張りの薄暗い廊下を慣れた様子で渡っていく。しばらく歩いて、玄司は目指す部屋に着いた。屋敷の最奥にあるその部屋の襖を玄司は無造作に開けた。
 中には黒い寝巻きを纏った老人がいた。座敷の中央に敷いた布団に横たわり、目を閉じている。
「——玄司か」
 老人は瞑目したまま嗄れ声を発した。軽く会釈をしてから玄司は座敷へ入った。足音を立てずに老人の枕元まで行き、座る。
「南の小娘に一泡吹かせたそうだな」
 玄司は軽く頷く。
「詳しく話せい」
「屋敷の裏手の丘から火矢を放ち、南の逃げ道を絶った。火傷または負傷で現在戦力外にある者は南で六割、北が一割。ここまでする気はなかったのだが、指示が徹底していなかったようだ。少々やりすぎた」
「ふん。だが小娘は無事であろう?」
 再び玄司は頷く。不敵な笑顔が脳裏に蘇った。
「遭ったのか?」
 沈黙する玄司に構わず、老人は続ける。
「あやつは小娘といえど油断できん。たとえ手足の半ばを失おうとも悪あがきはするであろう。昨日の今日ゆえ、あの小娘もそう簡単に尻尾を掴ませたりはせぬだろうが——」
 すうっ、と老人が目を開いた。どこか狐を思わせる、鋭く射抜くような眼光が玄司に向けられる。
「玄司、再び見える機会があれば必ず潰せ。それが我ら北の者の悲願であり、北を預かるおぬしの責務じゃ」
 玄司は無言で頭を下げた。伏せられた顔からその表情を読み取ることは老人にはできなかった。


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