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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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 佳い月の、晩だった。

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 白金色に染め上げられたなだらかな芒の丘の上に、男が一人立っている。
 黙然と月を見上げる男の姿は、まるで夜を切り取ったかのように見えた。あるかなしかの風に遊ばれた髪、無造作に着流した薄手の袷、左手を覆う使い込まれた弓懸、すべてが漆黒の色に染まっている。ただ、月光に浮かび上がる顔と首筋、そして黒弓を握る右手の指だけが白かった。
 ふいに、風が吹いた。ざざあ、と芒が揺れる。
 その中に混じる微かな煙と血の匂いを嗅ぎ取って、男はわずかに眉を寄せた。視線を下げ、丘の下を見下ろす。
 眼下には深更の街が広がっていた。丑三時にはまだ早いが、普段ならとうに街全体が寝静まっている頃である。
 今宵は違った。街の南の一角、丘の麓に赤い華が咲いている。火事だ。
 先程男が火矢を放った屋敷が燃えていた。遠くで半鐘が鳴っているのが聞こえる。眠りの淵から引き戻された近隣の住人の無言のざわめきが炎上する屋敷を遠巻きに包んでいた。しかし野次馬の姿は見えない。彼らなりにただの火事にはない、不穏な空気を感じ取っているからだろうか。屋敷の周囲から未だ消火のための声は聞こえない。微かに男の耳にまで届くのは、火事場そのものが持つ独特の喧騒と、繰り広げられている修羅場を示す剣戟の響きだけだ。
 男は憮然と屋敷を見下ろしていた。やりすぎだと感じている。それは、男の本意ではなかった。
 ざ、と芒が揺れる。しかし風が吹いたわけではない。
「——北の、玄司だな」
 芒を薙いだ荒々しさを秘めた静かな声が、男の背にまっすぐ投げられる。同時に炎と鉄錆の匂いがぐっと強まった。
「……そうだ」
 男はゆっくりと振り返った。背後の声、それが含んだ隠し切れない艶から、男は声の主の正体を察していた。
「そういうお前は、南の朱里か」
「ああ」
 月光の中、頷いたのは男とそう歳の変わらない女だった。着崩れた薄紅色の単衣には点々と黒い飛沫が散り、乱れた裾は所々が焼け焦げている。右手に持った抜き身の脇差と左の袖口から覗く鉄爪は黒々と濡れ、先端からは紅い雫が滴り落ちている。風に嬲らせた長い乱れ髪とそう変わらない程に黒く煤けた頬に不敵な笑みを浮かべ、女はすっくと立っていた。
「こうして直に顔を合わせるのは初めてだな」
 男が頷く。
「新しい北の統領が斯様に色男だとはな。これまで知らずにいたのが惜しまれるぞ」
 ぐい、と右手で頬を拭い、女は眼差しを強めた。
「それと、お前の力を見誤っていたことを本心から悔やむよ。先代と私、二代続けて南に煮え湯を飲ませるとは畏れ入った」
 男は無言だった。構わず、女は続ける。
「今宵は、お前の勝ちだ。だが、次は負けん」
「……ああ」
 目を伏せた男に、女はに、と笑いかけた。
「また、逢おうぞ」
 さあっ、と芒がざわめいた。風が吹き抜けた丘に、男は一人立っていた。まるで煙のように、女の姿は消えていた。
 男は月を見上げた。丘の下からは今更のように火消しの水音が聞こえてくる。刃物が触れ合う音は既に聞こえない。男は帯に挟んでいた矢を番え、月に射た。虚空に飛んだ矢はすぐに月光と同じ色の火を吹きはじめる。撤収の合図だ。弓弦の澄んだ残響が消える頃、芒の丘は無人になった。


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