書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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今宵はクリスマス・イブ。
なのにパパは手ぶらで帰って来た。頼まれていた悲しい物語は探したけれど見つからなかった。パパはそう言った。さらに何かを言いかけたけれど、わたしは続きなんて聞かずにリビングを飛び出した。
クリスマスなんて大嫌いだ。
わたしは真っ暗な部屋のベッドの上で、枕へ強く顔を押し付けた。
去年のクリスマスにママは死んでしまった。あまりにも突然のことで、わたしはどうすることもできなかった。呆然とするわたしの隣でパパは泣いていた。パパが泣くのを、その時初めて見た。
それから、何もかもが変わってしまった。わたしはすっかり泣き虫になって、パパも笑わなくなって。周りはいつまでも悲しんでいるのは良くないって言うけれど、そんなのは大事な誰かを失ったことのない人だから言えること。わたしとパパはいつでも深い悲しみの中にいた。
クリスマスなんて大嫌いだ。
去年はママを奪われた。今年はパパの今にも泣きそうな顔を見た。みんながお祝いをしているこの日に、わたしは一体どれほど悲しい思いをしなければならないのだろうか。
泣き疲れたわたしは、そっとリビングに向かった。涙を流した後にはどうしてこんなに喉が渇くのだろう。細くドアを開けて、パパの背中がソファに見えないことを確認する。そのままキッチンに向かいかけた足がふと止まる。ママがアイボリーのカバーをかけたソファの上に、見慣れない包みが転がっている。
近づいてみて、わたしは息を呑んだ。緑のチェックの包装紙で丁寧にくるまれて赤いリボンをかけられた、それはどこからどう見てもクリスマスのプレゼントだった。
「見つからなかったって言ってたのに……」
丁度本一冊くらいの大きさの包み。あんな嘘を言って、渡しづらいなら素直にそう言えば良かったのに。
心の中でパパに文句を言いながら、包みに手を伸ばす。腕に伝わるずっしりとした重さは、やはり本のようだった。溜息を落としながらリボンを解く。こんな形でプレゼントを受け取ることになるなんて思ってもいなかった。
指からリボンが抜け落ちた。一瞬そちらに気をとられた瞬間、包装紙の端に爪の先が引っかかる。
——クリスマスをそんなに嫌わないで。ハッピークリスマス、悲しい物語の受取主。
見知らぬ声が耳元で響いた。同時に包みからこぼれる眩しい光。それが誰なのか、何が光っているのか確かめる間もなく、柔らかな眠気があっという間にわたしの全身を包み込む。それはあまりにも心地よくて、わたしは逆らうことも忘れてソファへと倒れ込んだ。目を閉じる前に見えた光が頭の中で虹色にくるくる回る。綺麗だなと思ったのを最後に、わたしは眠りへと落ちていった。
——この世で一番、悲しい話を聞かせましょう。
まどろみの中、優しい女の人の声が聞こえた。懐かしいその声。誰だっけ、と思ったけれど、すぐにどうでも良くなって温かな眠りの縁を行ったり来たりし始める。この声を聞いていると安心できる。それだけは確かだった。
声はまるで赤ちゃんに話しかけるように穏やかに続いている。
——あるところに、ママをなくした女の子がいました。
その女の子はとても悲しんで、毎日泣いて、楽しむことなど忘れてしまったようでした。少しずつ時が経って、女の子は少しだけ笑えるようになりましたが、それでも夜ごとの涙は止まりませんでした。楽しんでしまうと、ママをなくした悲しみまでもが嘘になってしまうような気がして。笑ってしまうと、もう見ることのできないママの笑顔を思い出して。
そんな女の子を周りはみんな心配しました。特にパパは、いつも女の子を気遣ってくれました。忙しい仕事を終わらせて早く家に帰ってきてくれたり、滅多に行かなかったレストランでの食事に連れて行ってくれたり。
けれど女の子の気持ちはふさいでいく一方でした。街に銀杏の葉っぱが舞い、クリスマスソングが流れる頃にはもう、女の子の心の中は悲しみでいっぱいでした。
もうすぐ、ママがいなくなってから一年目のクリスマス。
パパは女の子にプレゼントは何がいいかたずねました。何でも好きなものを買ってやる、というパパに女の子はお願いしました。
とても、とても悲しい物語が読みたい、と。
凍てついたクリスマス・イブに、パパは女の子の望んだとおりの本を贈ってくれました。女の子はその本を読みながら何度も何度も泣きました。まるでその本を読むたびに、ママがいなくなった日のことを思い出しているかのようでした。
やがて春が来て、夏が来ても女の子に笑顔は戻りませんでした。女の子を気遣いながらも、忙しいパパの帰りは次第に遅くなっていきました。独りの夜を女の子はいつも悲しい物語と一緒に過ごしました。ずっとずっと、大きくなってからも笑顔を忘れたままで。
——これが、私にとってこの世で一番悲しい物語。
あなたは私が生きた証。パパがいて、私がいて、あなたが生まれた。そんなあなたがいつまでも悲しい顔をしていては、私が生きたことまでもが悲しいことになってしまう。
私は倖せだった。パパと出逢えて、あなたと生きることができて。
だからあなたにも、倖せになってほしい。倖せを誰かに分け与えられるような人であってほしい。
あなたは今日まで一日も欠かさず私を悼んでくれた。そのことが私の心をどれほど慰めたことか。けれどもう、悲しむ時間は終わり。今日からはあなたが、倖せになるために生きて。
「ママ!」
がばりとわたしは体を起こした。途端におでこに何か固いものがぶつかって、思わず悲鳴を上げる。
「……ったー。なに?」
「何と聞きたいのはこっちの方だ。こんなところで寝入っているなんて」
耳に流れ込んできたのは、聞き慣れた低いしゃがれ声。目の前でおでこを押さえているのはパパだった。手にはパパが書斎で使っているブランケット。それが半分、わたしの体にかかっている。
いきさつを伝えようとして、ついでにさっきけんかしたことも思い出す。一気に気まずくなって、わたしはパパから目を逸らした。
「だってプレゼントが落ちてたんだもの。パパ、さっき見つからなかったって言ってたのに」
「プレゼント?」
「そう。緑のチェックの包装紙と赤いリボンの包み」
心当たりがあったのだろうか。パパは驚いた顔でわたしを見つめている。
「そんな、まさか。あれは確かにあの本屋に返したはず」
「返した?」
そういえば、開きかけていたプレゼントが見当たらない。床に落ちたままのはずのリボンも、爪を引っ掛けた分だけ包装紙がはがれているはずの包みも。
気まずさも忘れて、思わずパパと顔を見合わせる。不思議な出来事だと思ったけれど、今はなんだか大騒ぎをする気持ちにはなれなかった。
「……ごめんなさい」
「いいよ、別に。そんなに大したコブじゃない」
パパはさっきぶつかったことを謝ったのだと思ったらしい。自分のおでこをさすっているその姿に、思わず笑いがこみ上げた。
「違うよ。本、探してくれてたんだね。ごめんなさい。ありがとう」
「あ……いや。こちらこそ、お前の欲しがっていたものをあげられなくて悪かった」
お互い、謝り慣れているわけじゃない。またしても流れかけた気まずい沈黙を破るように、わたしはそうだ、と声を上げた。
「一日遅くなったけれど、プレゼントをお願いしてもいい? 今度は悲しい物語じゃないけれど」
「勿論だとも。何が欲しいんだ?」
いつもよりかすれたパパの声。怖い顔のくせに意外と泣き虫なんだと、この一年でよく分かっていた。これから伝える言葉にも、パパは涙を流すのだろうか。
「時間を。これからもパパと過ごせる倖せな思い出を、たくさんちょうだい」
昨夜悲しい物語をくれなかったパパの優しさと、今ここにママが遺してくれたたくさんの倖せ。こんなに大事な宝物に、何故今まで気がつかなかったのだろう。どんなイルミネーションや宝石よりも、きらきらと輝く金色の時間。
リビングに朝日が差した。クリスマス——降誕祭の朝。悲しい物語が終わり、新しい倖せが始まる日。金色と虹色の光の中で、ママの笑顔が見えた気がした。
なのにパパは手ぶらで帰って来た。頼まれていた悲しい物語は探したけれど見つからなかった。パパはそう言った。さらに何かを言いかけたけれど、わたしは続きなんて聞かずにリビングを飛び出した。
クリスマスなんて大嫌いだ。
わたしは真っ暗な部屋のベッドの上で、枕へ強く顔を押し付けた。
去年のクリスマスにママは死んでしまった。あまりにも突然のことで、わたしはどうすることもできなかった。呆然とするわたしの隣でパパは泣いていた。パパが泣くのを、その時初めて見た。
それから、何もかもが変わってしまった。わたしはすっかり泣き虫になって、パパも笑わなくなって。周りはいつまでも悲しんでいるのは良くないって言うけれど、そんなのは大事な誰かを失ったことのない人だから言えること。わたしとパパはいつでも深い悲しみの中にいた。
クリスマスなんて大嫌いだ。
去年はママを奪われた。今年はパパの今にも泣きそうな顔を見た。みんながお祝いをしているこの日に、わたしは一体どれほど悲しい思いをしなければならないのだろうか。
泣き疲れたわたしは、そっとリビングに向かった。涙を流した後にはどうしてこんなに喉が渇くのだろう。細くドアを開けて、パパの背中がソファに見えないことを確認する。そのままキッチンに向かいかけた足がふと止まる。ママがアイボリーのカバーをかけたソファの上に、見慣れない包みが転がっている。
近づいてみて、わたしは息を呑んだ。緑のチェックの包装紙で丁寧にくるまれて赤いリボンをかけられた、それはどこからどう見てもクリスマスのプレゼントだった。
「見つからなかったって言ってたのに……」
丁度本一冊くらいの大きさの包み。あんな嘘を言って、渡しづらいなら素直にそう言えば良かったのに。
心の中でパパに文句を言いながら、包みに手を伸ばす。腕に伝わるずっしりとした重さは、やはり本のようだった。溜息を落としながらリボンを解く。こんな形でプレゼントを受け取ることになるなんて思ってもいなかった。
指からリボンが抜け落ちた。一瞬そちらに気をとられた瞬間、包装紙の端に爪の先が引っかかる。
——クリスマスをそんなに嫌わないで。ハッピークリスマス、悲しい物語の受取主。
見知らぬ声が耳元で響いた。同時に包みからこぼれる眩しい光。それが誰なのか、何が光っているのか確かめる間もなく、柔らかな眠気があっという間にわたしの全身を包み込む。それはあまりにも心地よくて、わたしは逆らうことも忘れてソファへと倒れ込んだ。目を閉じる前に見えた光が頭の中で虹色にくるくる回る。綺麗だなと思ったのを最後に、わたしは眠りへと落ちていった。
——この世で一番、悲しい話を聞かせましょう。
まどろみの中、優しい女の人の声が聞こえた。懐かしいその声。誰だっけ、と思ったけれど、すぐにどうでも良くなって温かな眠りの縁を行ったり来たりし始める。この声を聞いていると安心できる。それだけは確かだった。
声はまるで赤ちゃんに話しかけるように穏やかに続いている。
——あるところに、ママをなくした女の子がいました。
その女の子はとても悲しんで、毎日泣いて、楽しむことなど忘れてしまったようでした。少しずつ時が経って、女の子は少しだけ笑えるようになりましたが、それでも夜ごとの涙は止まりませんでした。楽しんでしまうと、ママをなくした悲しみまでもが嘘になってしまうような気がして。笑ってしまうと、もう見ることのできないママの笑顔を思い出して。
そんな女の子を周りはみんな心配しました。特にパパは、いつも女の子を気遣ってくれました。忙しい仕事を終わらせて早く家に帰ってきてくれたり、滅多に行かなかったレストランでの食事に連れて行ってくれたり。
けれど女の子の気持ちはふさいでいく一方でした。街に銀杏の葉っぱが舞い、クリスマスソングが流れる頃にはもう、女の子の心の中は悲しみでいっぱいでした。
もうすぐ、ママがいなくなってから一年目のクリスマス。
パパは女の子にプレゼントは何がいいかたずねました。何でも好きなものを買ってやる、というパパに女の子はお願いしました。
とても、とても悲しい物語が読みたい、と。
凍てついたクリスマス・イブに、パパは女の子の望んだとおりの本を贈ってくれました。女の子はその本を読みながら何度も何度も泣きました。まるでその本を読むたびに、ママがいなくなった日のことを思い出しているかのようでした。
やがて春が来て、夏が来ても女の子に笑顔は戻りませんでした。女の子を気遣いながらも、忙しいパパの帰りは次第に遅くなっていきました。独りの夜を女の子はいつも悲しい物語と一緒に過ごしました。ずっとずっと、大きくなってからも笑顔を忘れたままで。
——これが、私にとってこの世で一番悲しい物語。
あなたは私が生きた証。パパがいて、私がいて、あなたが生まれた。そんなあなたがいつまでも悲しい顔をしていては、私が生きたことまでもが悲しいことになってしまう。
私は倖せだった。パパと出逢えて、あなたと生きることができて。
だからあなたにも、倖せになってほしい。倖せを誰かに分け与えられるような人であってほしい。
あなたは今日まで一日も欠かさず私を悼んでくれた。そのことが私の心をどれほど慰めたことか。けれどもう、悲しむ時間は終わり。今日からはあなたが、倖せになるために生きて。
「ママ!」
がばりとわたしは体を起こした。途端におでこに何か固いものがぶつかって、思わず悲鳴を上げる。
「……ったー。なに?」
「何と聞きたいのはこっちの方だ。こんなところで寝入っているなんて」
耳に流れ込んできたのは、聞き慣れた低いしゃがれ声。目の前でおでこを押さえているのはパパだった。手にはパパが書斎で使っているブランケット。それが半分、わたしの体にかかっている。
いきさつを伝えようとして、ついでにさっきけんかしたことも思い出す。一気に気まずくなって、わたしはパパから目を逸らした。
「だってプレゼントが落ちてたんだもの。パパ、さっき見つからなかったって言ってたのに」
「プレゼント?」
「そう。緑のチェックの包装紙と赤いリボンの包み」
心当たりがあったのだろうか。パパは驚いた顔でわたしを見つめている。
「そんな、まさか。あれは確かにあの本屋に返したはず」
「返した?」
そういえば、開きかけていたプレゼントが見当たらない。床に落ちたままのはずのリボンも、爪を引っ掛けた分だけ包装紙がはがれているはずの包みも。
気まずさも忘れて、思わずパパと顔を見合わせる。不思議な出来事だと思ったけれど、今はなんだか大騒ぎをする気持ちにはなれなかった。
「……ごめんなさい」
「いいよ、別に。そんなに大したコブじゃない」
パパはさっきぶつかったことを謝ったのだと思ったらしい。自分のおでこをさすっているその姿に、思わず笑いがこみ上げた。
「違うよ。本、探してくれてたんだね。ごめんなさい。ありがとう」
「あ……いや。こちらこそ、お前の欲しがっていたものをあげられなくて悪かった」
お互い、謝り慣れているわけじゃない。またしても流れかけた気まずい沈黙を破るように、わたしはそうだ、と声を上げた。
「一日遅くなったけれど、プレゼントをお願いしてもいい? 今度は悲しい物語じゃないけれど」
「勿論だとも。何が欲しいんだ?」
いつもよりかすれたパパの声。怖い顔のくせに意外と泣き虫なんだと、この一年でよく分かっていた。これから伝える言葉にも、パパは涙を流すのだろうか。
「時間を。これからもパパと過ごせる倖せな思い出を、たくさんちょうだい」
昨夜悲しい物語をくれなかったパパの優しさと、今ここにママが遺してくれたたくさんの倖せ。こんなに大事な宝物に、何故今まで気がつかなかったのだろう。どんなイルミネーションや宝石よりも、きらきらと輝く金色の時間。
リビングに朝日が差した。クリスマス——降誕祭の朝。悲しい物語が終わり、新しい倖せが始まる日。金色と虹色の光の中で、ママの笑顔が見えた気がした。
<2008年12月22日>
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