書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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降るような星空、見慣れた丘の景色。見回してみたがニコルとトーンの姿は見当たらない。
「——夢、か?」
それにしては妙に現実感があった。手足も長いこと外にいたせいか冷え切っている。随分夜も更けたのだろう、先程は真上にあった星座が西の空に沈みかけていた。
草の上に突っ立ったまま、ビアンカは見たばかりの過去を思い返していた。
何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことだったのに。
ビアンカが思わず溜息をついた、その時。
「よおビアンカ。こんなところにいたのか」
後ろからかかった耳慣れた声にとっさに振り返る。そこには思い浮かべたのと同じ男が白い息を吐いて手を上げていた。
「キャプテン・ポーラスタ」
「途中でいなくなったから探してたんだぜ。ったく、心配かけやがって」
大股で近づいてきた男は、ビアンカの隣に立って呆れたような表情を浮かべた。
「ポールの奴がおろおろしてたぜ。調子に乗りすぎたかも、ビアンカに何かあったら自分のせいだって」
「ははっ、バカですね。別にあいつのせいでパーティー抜けたんじゃないですよ」
ビアンカは笑顔で嘘をついた。そう、別にライバルのせいではない。選ばれなかった自分がいたたまれなかっただけだ。そう己に言い聞かせる。
「にしても、こんなところで何やってたんだ? 寒いだけだろ」
「そうでもありませんよ。星がたくさん見えますし」
言われて、男は頭上を見上げた。たちまち夜空にちりばめられた星々に相好を崩す。
「ああ、こりゃいいな。丘の裏だから学校の明かりも届かないのか。なかなかの穴場だな」
でしょう、とビアンカは微笑む。二人だけの秘密を持てたようでなんだか嬉しかった。
「……昔のことを思い出してました」
「昔?」
「ええ。キャプテンがあたしのジュニアスクールに来て演説してったこと」
「そんなこと、あったっけか?」
「ありましたよ」
ビアンカは星空に目を移す。たとえではなく、本当に降ってきそうな満天の星だった。
「星になぞらえて、それぞれの倖せだと思うことを見つけろって。ふふ、意外とロマンチストですよね、キャプテンって」
「俺、そんなこと言ったか? なんだか照れくさいな。だがロマンチストじゃなきゃこんな商売は務まらんぞ。文字通り星を追う仕事だからな」
「あたし、その講演がきっかけで宇宙飛行士を目指したんですよ。結局、キャプテンと一緒に飛ぶことはできませんでしたけど」
知らず、言葉に悔しさがにじむ。せっかく夢のはじまりを思い出したのに、引き戻された現実の味は苦い。
「ああ、そのことだがな。おまえにひとつ、言っておきたいことがある」
「何ですか?」
「俺が引退する理由だ」
「……寄る年波に勝てなくて、ではないんですか?」
「バカヤロウ。まだ老け込むには早すぎるだろうが」
軽く咳払いをして、男は口を開いた。
「冗談はともかく。早い話が世代交代だよ。いつまでも俺がキャプテンの座にいたら後進が育たないだろう」
「でも、皆キャプテンを目指して訓練してるじゃないですか」
「だからこそだよ。俺が引退すりゃ宇宙への枠がひとつ空く。俺はもう十分行かせてもらったが、後にはたくさんのひよっ子がつかえてるんだ。若い奴らに肌で学んでもらった方がメリットは大きい」
納得しかねる、という表情のビアンカに男は笑って見せた。
「なあ、知ってるか? 北極星は不変のものではないって」
「そりゃあ……」
仮にも宇宙飛行士志望だ。ビアンカが頷いたのを見て、男は空に目を向けた。
「現在の北極星はポラリス。だが何千年か後には別な星が北極星になる。エライ、デネブ、ベガ……北極星もいずれは変わるんだ。それと同じように俺の場所も次の奴らに譲り渡していかなきゃならん」
「でも」
「変化を怖がるなよ、ビアンカ。変わらないものなど何もない。むしろ変化をより良い方向へ捉えてこそ、発展はあるもんだ」
それに、と男は言葉を継いだ。
「ビアンカ、お前の名前は白という意味だったな。純白という色の定義がベガの光から採られてるって知ってたか?」
「いいえ、そうなんですか?」
「ああ。ベガ、未来の北極星だ」
遥かな星空から視線を戻して、男はビアンカに笑いかけた。
「おまえが俺の存在をきっかけに宇宙を目指したというなら、おまえも次に育つ奴から指針にされるような宇宙飛行士になれ。そうなれると思っているからこそ、おまえにこの話をしたんだ」
「あたしが……?」
思いがけない言葉にビアンカの思考が止まる。男が頷く。表情は笑ったまま、しかし目だけは真剣な光をたたえて。
「宇宙に行くチャンスは今回だけじゃない。確かに一緒に飛ぶことはできなかったが、これからは俺が全力でおまえたちをバックアップする」
ぽかんとした様子のビアンカに男は人の悪い笑みを頬に浮かべた。
「おまえ、俺が完全に隠居すると思ってやがったな? そうはいかん。まだまだ俺にはおまえたちに教えなきゃならんことがたくさんあるんだ。それにだな、期待もしてないひよっ子に居場所を譲るほど俺は無責任じゃないさ」
からからと笑う男の声が、じわりとビアンカの心に沁み入っていく。胸が熱くなった。
見ていてくれた。認めてくれていた。その事実が誇らしかった。
ビアンカの頬に熱いものが伝った。ふと目を留めた男が慌てた声を上げる。
「おいおい、泣くなよ」
「だって……」
一度溢れた涙は簡単には止まってくれない。ビアンカは泣きながら笑った。
「あたしがキャプテン・ベガなんて呼ばれてるところ、想像できませんよ」
丘の向こうからゆっくりと朝がやって来る。北の空では白く輝く北極星が丘と天文台を見下ろしていた。
「——夢、か?」
それにしては妙に現実感があった。手足も長いこと外にいたせいか冷え切っている。随分夜も更けたのだろう、先程は真上にあった星座が西の空に沈みかけていた。
草の上に突っ立ったまま、ビアンカは見たばかりの過去を思い返していた。
何故忘れていたのだろう。こんなに大事なことだったのに。
ビアンカが思わず溜息をついた、その時。
「よおビアンカ。こんなところにいたのか」
後ろからかかった耳慣れた声にとっさに振り返る。そこには思い浮かべたのと同じ男が白い息を吐いて手を上げていた。
「キャプテン・ポーラスタ」
「途中でいなくなったから探してたんだぜ。ったく、心配かけやがって」
大股で近づいてきた男は、ビアンカの隣に立って呆れたような表情を浮かべた。
「ポールの奴がおろおろしてたぜ。調子に乗りすぎたかも、ビアンカに何かあったら自分のせいだって」
「ははっ、バカですね。別にあいつのせいでパーティー抜けたんじゃないですよ」
ビアンカは笑顔で嘘をついた。そう、別にライバルのせいではない。選ばれなかった自分がいたたまれなかっただけだ。そう己に言い聞かせる。
「にしても、こんなところで何やってたんだ? 寒いだけだろ」
「そうでもありませんよ。星がたくさん見えますし」
言われて、男は頭上を見上げた。たちまち夜空にちりばめられた星々に相好を崩す。
「ああ、こりゃいいな。丘の裏だから学校の明かりも届かないのか。なかなかの穴場だな」
でしょう、とビアンカは微笑む。二人だけの秘密を持てたようでなんだか嬉しかった。
「……昔のことを思い出してました」
「昔?」
「ええ。キャプテンがあたしのジュニアスクールに来て演説してったこと」
「そんなこと、あったっけか?」
「ありましたよ」
ビアンカは星空に目を移す。たとえではなく、本当に降ってきそうな満天の星だった。
「星になぞらえて、それぞれの倖せだと思うことを見つけろって。ふふ、意外とロマンチストですよね、キャプテンって」
「俺、そんなこと言ったか? なんだか照れくさいな。だがロマンチストじゃなきゃこんな商売は務まらんぞ。文字通り星を追う仕事だからな」
「あたし、その講演がきっかけで宇宙飛行士を目指したんですよ。結局、キャプテンと一緒に飛ぶことはできませんでしたけど」
知らず、言葉に悔しさがにじむ。せっかく夢のはじまりを思い出したのに、引き戻された現実の味は苦い。
「ああ、そのことだがな。おまえにひとつ、言っておきたいことがある」
「何ですか?」
「俺が引退する理由だ」
「……寄る年波に勝てなくて、ではないんですか?」
「バカヤロウ。まだ老け込むには早すぎるだろうが」
軽く咳払いをして、男は口を開いた。
「冗談はともかく。早い話が世代交代だよ。いつまでも俺がキャプテンの座にいたら後進が育たないだろう」
「でも、皆キャプテンを目指して訓練してるじゃないですか」
「だからこそだよ。俺が引退すりゃ宇宙への枠がひとつ空く。俺はもう十分行かせてもらったが、後にはたくさんのひよっ子がつかえてるんだ。若い奴らに肌で学んでもらった方がメリットは大きい」
納得しかねる、という表情のビアンカに男は笑って見せた。
「なあ、知ってるか? 北極星は不変のものではないって」
「そりゃあ……」
仮にも宇宙飛行士志望だ。ビアンカが頷いたのを見て、男は空に目を向けた。
「現在の北極星はポラリス。だが何千年か後には別な星が北極星になる。エライ、デネブ、ベガ……北極星もいずれは変わるんだ。それと同じように俺の場所も次の奴らに譲り渡していかなきゃならん」
「でも」
「変化を怖がるなよ、ビアンカ。変わらないものなど何もない。むしろ変化をより良い方向へ捉えてこそ、発展はあるもんだ」
それに、と男は言葉を継いだ。
「ビアンカ、お前の名前は白という意味だったな。純白という色の定義がベガの光から採られてるって知ってたか?」
「いいえ、そうなんですか?」
「ああ。ベガ、未来の北極星だ」
遥かな星空から視線を戻して、男はビアンカに笑いかけた。
「おまえが俺の存在をきっかけに宇宙を目指したというなら、おまえも次に育つ奴から指針にされるような宇宙飛行士になれ。そうなれると思っているからこそ、おまえにこの話をしたんだ」
「あたしが……?」
思いがけない言葉にビアンカの思考が止まる。男が頷く。表情は笑ったまま、しかし目だけは真剣な光をたたえて。
「宇宙に行くチャンスは今回だけじゃない。確かに一緒に飛ぶことはできなかったが、これからは俺が全力でおまえたちをバックアップする」
ぽかんとした様子のビアンカに男は人の悪い笑みを頬に浮かべた。
「おまえ、俺が完全に隠居すると思ってやがったな? そうはいかん。まだまだ俺にはおまえたちに教えなきゃならんことがたくさんあるんだ。それにだな、期待もしてないひよっ子に居場所を譲るほど俺は無責任じゃないさ」
からからと笑う男の声が、じわりとビアンカの心に沁み入っていく。胸が熱くなった。
見ていてくれた。認めてくれていた。その事実が誇らしかった。
ビアンカの頬に熱いものが伝った。ふと目を留めた男が慌てた声を上げる。
「おいおい、泣くなよ」
「だって……」
一度溢れた涙は簡単には止まってくれない。ビアンカは泣きながら笑った。
「あたしがキャプテン・ベガなんて呼ばれてるところ、想像できませんよ」
丘の向こうからゆっくりと朝がやって来る。北の空では白く輝く北極星が丘と天文台を見下ろしていた。
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