私は、愚かになりたい。

[1回]

他人より少しばかり学問ができるとて、
少しばかり未来が見えるとて、
人の心が読めるとて、
それに何の意味があろう。

知識を得るほどに、
思慮を深めるほどに、
分別を弁えるほどに、
己に出来ないことの多さを知る。
己の及ばぬ領域を知る。
己は至らぬ人間だと思い知る。
いっそ何も知らぬ方がどれほど楽なことか。
いっそ何もできない方がどれほど心安まることか。

人間は他人を変えることは出来ない。
どんな偉大な傑物も、
どんな賢き老人も、
どんな慈しみ深き隣人も、
影響を与えることはあれど
人の本質を根本から変えることはできない。
人は自ら変わろうとするときにのみ変わるもの。
どんなに深き信頼も
薄氷のごときすれ違いで簡単に裏切りに変わる。
血の繋がりも友愛の絆も、
今日の関わりが明日も変わらず続くとは限らない。
何故、人は裏切るのか。
何故、それでも人は他人を信じるのか。
何故、傷つきながらも人は他人と共に歩もうとするのか。
何故、何故、何故。

昔、或る国の若者が
己の歩けることを不思議に思ったそうな。
どうやって歩いていたのか、
頭で考え出した途端に
若者は歩くことができなくなった。
きっと、信じることもこれと同じ。
考えてしまうと、できなくなる。

だから私は、愚かになりたい。
ただまっすぐに他人を信じることのできる、
素直で正直な愚か者になりたい。
小賢しき頭を持つより、
その方が余程幸福だ。

私は、愚かになりたい。
幸福な、愚か者になりたい。