書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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ミルク色の霧が辺りを覆っている。景色など何も見えない。もちろん、ミミィ以外の人影もなかった。
ミミィは少しがっかりした。あのサンタの言うことを信じて、今度こそはと思っていたのだけれども。やっぱり所詮は夢、そう都合よく願いは叶うことはないらしい。
溜息をついて、ミミィは歩き出した。目的などない。ただ立っているのもばからしいから歩いてみようと思っただけだ。
数歩歩いて、ミミィは何かにつまずいた。体のバランスが崩れる。とっさにミミィは小さな悲鳴を上げた。その腕がいきなり、強い力でぐっと引っ張られた。
「大丈夫ですか?」
思いがけないほど近いところから声がした。ミミィの心臓が跳ね上がる。懐かしい響きの、その声。振り返ったミミィは、一瞬のためらいの後に口を開いた。
「——ハルカ?」
相手の沈黙はミミィよりも長かった。ミミィの腕をつかんだままだった手の力がゆっくりと抜けていく。
「……ミミィ?」
さぁっと、まるでカーテンを引くようにもやが晴れた。ミミィの腕を持った手の続きの腕、肩が見える。そしてその上には、この二年間片時も忘れることのなかった顔がのっていた。
「やっぱり、ミミィだ」
最後に逢った時と変わらない、やぼったい眼鏡の奥の目が驚いたまま固まっている。
「なんで、ここに?」
「それはこっちの台詞よ」
泣き出しそうになるのをこらえて、ミミィはゆっくりと腕を広げた。長かった月日を受け止めるように。
「——ばかっ!」
ぱあん、と乾いたとてもいい音が響いた。
「二年間もあたしを放っておいて、たよりひとつもなくて、生きてるか死んでるかもわからなくて、夢にも出てきてくれなくて、一体何をしてたのよ!」
頬を張り飛ばされた格好のまま固まっているハルカの横顔を思い切りミミィは睨みつけた。
「ばか! ずっと……ずっと、心配してたのに、あなたってば全然あたしの気持ちを分かってないんだから」
つうっ、と瞳から頬に流れ落ちる感触。それと同じように、言葉は自然に零れ落ちた。
「——逢いたかった、ハルカ」
「——ミミィ」
温かい手がミミィの肩にかけられた。
「ごめん。ありがとう」
触れている手より温かい眼差しに、もう堪える必要のなくなった涙が堰を切ったように溢れ出した。不器用な指がその雫を拭う。
「泣かないで、ミミィ。ほら、見てごらんよ」
ハルカの言葉にミミィは周りを見回した。もやはすっかり晴れて、頭の上には青い空が広がっている。
足元は崖っぷちだった。思わず後ずさったミミィは、崖の下の平らな地面に白い石造りの壁を見つけた。よく見るとそれはひとつではなく、たくさんあるようだった。高いもの、低いもの、崩れかけているもの、草に覆われてしまっているもの――こうして高いところから見下ろすと、それらの石壁はきちんとした並び方をしているのに気づく。明らかに人の手になる建物群の跡。
「ここは……」
「うん。俺が調査に来た遺跡」
かつての街跡を一望できる丘の上で、ハルカは目を細めた。
「綺麗だろう?」
「……うん」
素直にミミィは頷いた。素朴な、しかし不思議な美しさのあるこの場所で意地を張る気にはなれなかった。
「良かった」
ゆったりとハルカは微笑んだ。
「ここからこの街をミミィと見てみたいってずっと思ってたんだ。ミミィの歌を聴きながらこの街を見下ろせたら最高だなって」
ふと、その表情が真剣になる。
「ここにいる間も、ミミィのことを気にかけてたよ。俺はこんなだから、きっとミミィを哀しませてるだろうと思ってたし。俺にとって、それがずっと心残りだった」
一瞬淋しげな光がハルカの瞳に灯った。
「忘れられても仕方がないくらいの時間が経ってる。わがままを通した俺のことをミミィが忘れる権利もある。もしミミィが俺のことを忘れていたら、二度とミミィの前に現れない覚悟もあった。でも」
ミミィに向けられる、穏やかな笑みを宿した瞳。
「ミミィは俺のことを憶えててくれた。嬉しかったよ。それだけが、俺には大事だったから」
表情を隠すように、瞳は閉じられた。
「ようやく、覚悟ができた。そろそろ、いかなきゃ」
「待って。行くって、どこに?」
ハルカは答えない。気がつくと、また白いもやが辺りを覆いはじめている。
「ミミィ、俺の最後のわがまま、聞いてくれるかい?」
もやがハルカとミミィの体を包み込む。
「もう一度、もう一度だけ、ミミィの声で俺のために歌ってほしい。ミミィの歌ってる声、ほんとに綺麗だから」
一瞬ごとに濃くなるもやにミミィは首を振った。縦に振りたいのか、横に振りたいのか、自分でもわからなかった。ただ、ハルカの顔が見えなくなるのが悲しかった。
「ミミィ……ありがとう」
ゆっくりとハルカの気配は消えていった。白いもやの中、ミミィはただ一人残された。涙が頬を伝った。
頬を伝う涙の感触でミミィは目覚めた。カーテンからは白い朝日が洩れている。昨夜と変わらない部屋の中、当然ニコルの姿はない。
体を起こしたミミィは涙を拭った。哀しかったが、それ以上にハルカの願いを叶える方が今のミミィにとっては大事だった。
ベッドを降り、カーテンを開ける。外は晴れていた。積もった雪と朝日が景色を白く染めている。まるでさっきまでの夢のもやのように。
ミミィは窓を開けた。澄んだ冷気が部屋のよどんだ空気とミミィの哀しみを吹き流していく。
祈りを込めてミミィは息を吸った。ハルカに捧げる歌は、もう決めていた。
Dashing through the snow,
In a one-horse open sleigh,
紡ぎ出したメロディは、かつて一緒に歌ったクリスマス・ソング。
O'er the fields we go,
Laughing all the way.
そういえばあの変なサンタもあたしの声を褒めてたっけ。
小さく笑ってミミィは続きを歌う。せめてもの礼代わりだ。あのサンタにも聞こえるといい。
Bells on bob-tail ring,
Making spirits bright.
What fun it is to ride and sing
A sleighing song tonight!
ミミィは少しがっかりした。あのサンタの言うことを信じて、今度こそはと思っていたのだけれども。やっぱり所詮は夢、そう都合よく願いは叶うことはないらしい。
溜息をついて、ミミィは歩き出した。目的などない。ただ立っているのもばからしいから歩いてみようと思っただけだ。
数歩歩いて、ミミィは何かにつまずいた。体のバランスが崩れる。とっさにミミィは小さな悲鳴を上げた。その腕がいきなり、強い力でぐっと引っ張られた。
「大丈夫ですか?」
思いがけないほど近いところから声がした。ミミィの心臓が跳ね上がる。懐かしい響きの、その声。振り返ったミミィは、一瞬のためらいの後に口を開いた。
「——ハルカ?」
相手の沈黙はミミィよりも長かった。ミミィの腕をつかんだままだった手の力がゆっくりと抜けていく。
「……ミミィ?」
さぁっと、まるでカーテンを引くようにもやが晴れた。ミミィの腕を持った手の続きの腕、肩が見える。そしてその上には、この二年間片時も忘れることのなかった顔がのっていた。
「やっぱり、ミミィだ」
最後に逢った時と変わらない、やぼったい眼鏡の奥の目が驚いたまま固まっている。
「なんで、ここに?」
「それはこっちの台詞よ」
泣き出しそうになるのをこらえて、ミミィはゆっくりと腕を広げた。長かった月日を受け止めるように。
「——ばかっ!」
ぱあん、と乾いたとてもいい音が響いた。
「二年間もあたしを放っておいて、たよりひとつもなくて、生きてるか死んでるかもわからなくて、夢にも出てきてくれなくて、一体何をしてたのよ!」
頬を張り飛ばされた格好のまま固まっているハルカの横顔を思い切りミミィは睨みつけた。
「ばか! ずっと……ずっと、心配してたのに、あなたってば全然あたしの気持ちを分かってないんだから」
つうっ、と瞳から頬に流れ落ちる感触。それと同じように、言葉は自然に零れ落ちた。
「——逢いたかった、ハルカ」
「——ミミィ」
温かい手がミミィの肩にかけられた。
「ごめん。ありがとう」
触れている手より温かい眼差しに、もう堪える必要のなくなった涙が堰を切ったように溢れ出した。不器用な指がその雫を拭う。
「泣かないで、ミミィ。ほら、見てごらんよ」
ハルカの言葉にミミィは周りを見回した。もやはすっかり晴れて、頭の上には青い空が広がっている。
足元は崖っぷちだった。思わず後ずさったミミィは、崖の下の平らな地面に白い石造りの壁を見つけた。よく見るとそれはひとつではなく、たくさんあるようだった。高いもの、低いもの、崩れかけているもの、草に覆われてしまっているもの――こうして高いところから見下ろすと、それらの石壁はきちんとした並び方をしているのに気づく。明らかに人の手になる建物群の跡。
「ここは……」
「うん。俺が調査に来た遺跡」
かつての街跡を一望できる丘の上で、ハルカは目を細めた。
「綺麗だろう?」
「……うん」
素直にミミィは頷いた。素朴な、しかし不思議な美しさのあるこの場所で意地を張る気にはなれなかった。
「良かった」
ゆったりとハルカは微笑んだ。
「ここからこの街をミミィと見てみたいってずっと思ってたんだ。ミミィの歌を聴きながらこの街を見下ろせたら最高だなって」
ふと、その表情が真剣になる。
「ここにいる間も、ミミィのことを気にかけてたよ。俺はこんなだから、きっとミミィを哀しませてるだろうと思ってたし。俺にとって、それがずっと心残りだった」
一瞬淋しげな光がハルカの瞳に灯った。
「忘れられても仕方がないくらいの時間が経ってる。わがままを通した俺のことをミミィが忘れる権利もある。もしミミィが俺のことを忘れていたら、二度とミミィの前に現れない覚悟もあった。でも」
ミミィに向けられる、穏やかな笑みを宿した瞳。
「ミミィは俺のことを憶えててくれた。嬉しかったよ。それだけが、俺には大事だったから」
表情を隠すように、瞳は閉じられた。
「ようやく、覚悟ができた。そろそろ、いかなきゃ」
「待って。行くって、どこに?」
ハルカは答えない。気がつくと、また白いもやが辺りを覆いはじめている。
「ミミィ、俺の最後のわがまま、聞いてくれるかい?」
もやがハルカとミミィの体を包み込む。
「もう一度、もう一度だけ、ミミィの声で俺のために歌ってほしい。ミミィの歌ってる声、ほんとに綺麗だから」
一瞬ごとに濃くなるもやにミミィは首を振った。縦に振りたいのか、横に振りたいのか、自分でもわからなかった。ただ、ハルカの顔が見えなくなるのが悲しかった。
「ミミィ……ありがとう」
ゆっくりとハルカの気配は消えていった。白いもやの中、ミミィはただ一人残された。涙が頬を伝った。
頬を伝う涙の感触でミミィは目覚めた。カーテンからは白い朝日が洩れている。昨夜と変わらない部屋の中、当然ニコルの姿はない。
体を起こしたミミィは涙を拭った。哀しかったが、それ以上にハルカの願いを叶える方が今のミミィにとっては大事だった。
ベッドを降り、カーテンを開ける。外は晴れていた。積もった雪と朝日が景色を白く染めている。まるでさっきまでの夢のもやのように。
ミミィは窓を開けた。澄んだ冷気が部屋のよどんだ空気とミミィの哀しみを吹き流していく。
祈りを込めてミミィは息を吸った。ハルカに捧げる歌は、もう決めていた。
Dashing through the snow,
In a one-horse open sleigh,
紡ぎ出したメロディは、かつて一緒に歌ったクリスマス・ソング。
O'er the fields we go,
Laughing all the way.
そういえばあの変なサンタもあたしの声を褒めてたっけ。
小さく笑ってミミィは続きを歌う。せめてもの礼代わりだ。あのサンタにも聞こえるといい。
Bells on bob-tail ring,
Making spirits bright.
What fun it is to ride and sing
A sleighing song tonight!
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