書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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夢を見ていた。友達とケーキを食べ、お茶をしている夢。何気ない日常の風景、他愛ないおしゃべり。楽しかった。
身体を起こしたミミィは泣いた。哀しかった。また、あの人の夢を見ることができなかった。
この二年間で、何回こうして涙を流したことだろう。あと何回涙を流せば、あの人は夢に出てきてくれるのだろう。夢でもいい、逢いたかった。多分もう、夢でしか逢えないのだろうと思っているから。
「ハルカ……」
ひびの入った鈴のような声で想い人の名を呟き、ミミィは抱きしめた枕に顔を埋めた。涙が止まるまで、呪文のようにその名を繰り返す。
ふと、柔らかな気配を感じてミミィは顔を上げた。闇に慣れた目に最初に入ったのは、買ったばかりの置時計だった。かちり、と小さな音を立ててそれが時刻と日付の表示を変える。12月25日、0時ちょうど。
「よかった、間に合ったぁ」
いきなり、部屋の中で声がした。
「誰!?」
「あ、びっくりさせちゃったようだね」
身をすくませたミミィの耳に、再び声が届く。どうやらまだ若い男のようだ。
「当たり前です! まったくあなたという人は、なぜそう不用意に声を上げたりするんですか」
また違う声がした。こちらも若い——おそらくミミィと同じくらいの——娘の声だ。
「だ……誰なのあなたたち!? け、警察を呼ぶわよ!」
震えかける声を励まして、ミミィは叫んだ。玄関の鍵はかけたはずだ。窓だって季節は冬、開けることはほとんどないから閉まっているはず。とっさにそこまで考えをめぐらせたミミィの精一杯の虚勢も、侵入者たちの次の言葉でたちまちしぼんでしまった。
「警察?それは困るなぁ。僕らは怪しい者じゃないよ」
「……全然説得力がありませんよ。とりあえず姿だけでも見せませんか?」
「それもそうだね」
男の言葉に合わせるように、淡い燐光が決して広くはない部屋の中、思いがけないほど近くに浮かび上がった。そこに立つ声の主を見たとたんミミィは大きく目を見開いた。
「サンタ……クロース……?」
「うん」
微笑を浮かべた赤い服の男が頷いた。白いふわふわの縁取りのある帽子からはぼさぼさの髪がのぞいている。
「怪しい者じゃなかったでしょ?」
「その衣装だけで怪しい者ではないとは決められないでしょう」
呆れたような娘の声はサンタ服の男の背後からした。そちらに目を向けたミミィの口がぽかんと開かれた。
「とっ……トナカイがしゃべってる……?」
ミミィは混乱した。しかしそんなことはお構いなしにサンタ服の男はトナカイを顧みて言う。
「うん。トーンは僕のトナカイだから」
理屈にもならない理屈。自称サンタクロースとそのトナカイを前にしてミミィの混乱は最高潮に達した。
そして次の瞬間ミミィは悟った。そうだ、これは夢だ。夢の中にちょっと変なサンタとトナカイが出てきて何やらたわごとを言っているだけなのだ。うん、夢ならこんな展開も何の問題もない。そういうことで納得しておこう。
どうせ夢なら、とミミィは思う。どうせ夢なら、少しくらいわがままを言ってみてもいいんじゃないだろうか。なぜってこれは夢、相手はサンタクロース。プレゼントを待つ子供たちの夢を叶えてあげる人物ではないか。
「じゃあ本当に、あなたは本物のサンタクロースだと言うのね?」
男はあっさりと頷いた。
「そうだよ。僕はサンタのニコル、あっちはトナカイのトーン。よろしくね」
「あたしはミミィよ」
早口で名乗ってから、ミミィはぐっとニコルに顔を近づけた。
「ねえニコル、サンタのあなたがここに来たって事は、当然プレゼントを期待してもいいのよね?」
「うん」
ミミィの心臓が高鳴った。
「どんなものでもいいの?」
「ううん。『もの』はだめ」
「……どういうこと?」
にっこりとニコルが笑う。
「僕は普通のサンタクロースとはちょっと違うんだ。『もの』では満たされない人のためのサンタだから、『もの』はあげられない」
ミミィはしばらく考え込んだ。
「……じゃあ、『人』ならOK?」
きょとんとするニコル。一気にミミィは続けた。
「ハルカって男をラッピングにリボンつきであたしにちょうだい。歳はあたしより二つ上、顔はいまいち冴えない眼鏡顔。中身も外見と同じで、要領悪くて気が利かなくて、あたしの気持ちなんてちっともわかっちゃいない朴念仁。しかも筋金入りの歴史ばか」
そこまで言って、ミミィはふいに声を落とした。
「そうよ……あたしの気持ちなんて全然わかっちゃいないわ……あたしを放って外国の遺跡に行っちゃったくせに、そのまんま消息不明だなんて……本当、ばかよ……」
うつむいたミミィにトーンが気の毒そうに目を向けた。
「うーん……悪いけど、それもだめだなぁ」
頭をかいた拍子にずれてしまった帽子を直しながらニコルが言う。
「『男の人』は実体があるし、『ハルカ』って人じゃなきゃならないっていう限定もあるから。僕の袋からは出せないんだ。ごめん」
「ううん、いいの」
失望を振り払うようにミミィは顔を上げた。
「もともと、サンタクロースなんかには期待なんてしてなかったしね。ははっ、ただもう一度、逢えたらいいなって思っただけだから」
見ているほうが痛々しい、ミミィの笑顔。
「そう。もう一度逢えたら、言いたいことがいっぱいあるのよ。面と向かって、顔を見て、言ってやりたいことが……」
ミミィの言葉に、ニコルが首を傾げる。
「なんだ。会えればいいの?」
「……え?」
ミミィの笑顔が凍りつく。
「それならできるよ。ハルカって人をプレゼントすることはできないけど、会わせてあげることはできる」
ミミィとは対照的に、見る者の力を抜くような笑みをニコルは浮かべた。
「会いたい?」
「——うん」
ためらいなく、ミミィは頷いていた。
「わかった。でも、それにはひとつだけ条件がある」
「条件?」
「そ」
ニコルは橇に積み込んだ袋の上に手を置いた。
「僕のプレゼントで君が倖せになれたら、その倖せを少しだけこの袋に分けてほしいんだ」
よくわからないという表情のミミィにトーンが説明を付け加える。
「ニコルの袋は人の倖せの中にある『希望』を糧にしてプレゼントを創るんです。去年のお客様の『希望』からあなたへのプレゼントが創られ、あなたの『希望』から来年のお客様へのプレゼントが創り出される……そういうわけなので、こんな条件をつけているのですよ」
「……じゃあもしプレゼントを受け取ってもあたしが倖せにはなれなくて、『希望』も持てなかったら?」
「その時は何もいらない」
きっぱりと言うニコルの表情をほんの少しの間だけじっと見つめて、ミミィは首を縦に振った。
「わかったわ」
満足げな表情でニコルはミミィの顔を見返す。
「契約成立、だね」
ニコルは橇へ向き直る。絵に描いたような、サンタクロースの橇。枠組には小さなベルがつけられている。きっと橇が走るとちりちりと鳴るのだろう。小ぢんまりとした座席部分はスペースの半ば以上を袋で占領されていた。汚れひとつない純白の大きな袋。それの口を縛っていた細い紐を解いて、ニコルは中を探りはじめた。
「あった」
ニコルはすぐに目あてのものを見つけたらしい。袋の口を閉じてミミィに歩み寄り、小さな四角い包みを差し出す。
「……これは?」
「開けてみればわかるよ」
素直にミミィは包みを受け取った。手のひらにすっぽり包めてしまうほどに小さな、淡い赤色の箱だった。一瞬ためらった後、一気に緑色のリボンをほどく。
「そうだ、さっき初めて会った時から思ってたんだけど」
箱のふたを開く直前、ニコルが言った。
「ミミィって綺麗な声してるよね。僕の橇のベルみたいだ」
綺麗な声。その言葉にミミィは目を上げた。かつて同じ言葉でミミィの声を褒めてくれた人がいた。ずっと想い続けていた人。今これから、逢いにいく人。
「あ——」
言いかけた台詞はふいに途切れた。開きかけた薄紅色のふた、それがまるで意思あるもののように押し開けられたのだ。いや、意思があるのはふたではない。邪魔ものを押し開けた箱の中身、きらきらした光の粒子が一瞬にしてミミィを包み込んだ。同時に、優しい眠りの手がミミィの瞼をなでる。
「ハッピークリスマス、ミミィ」
ニコルの声をひどく遠くに感じながら、ミミィは目を閉じた。
身体を起こしたミミィは泣いた。哀しかった。また、あの人の夢を見ることができなかった。
この二年間で、何回こうして涙を流したことだろう。あと何回涙を流せば、あの人は夢に出てきてくれるのだろう。夢でもいい、逢いたかった。多分もう、夢でしか逢えないのだろうと思っているから。
「ハルカ……」
ひびの入った鈴のような声で想い人の名を呟き、ミミィは抱きしめた枕に顔を埋めた。涙が止まるまで、呪文のようにその名を繰り返す。
ふと、柔らかな気配を感じてミミィは顔を上げた。闇に慣れた目に最初に入ったのは、買ったばかりの置時計だった。かちり、と小さな音を立ててそれが時刻と日付の表示を変える。12月25日、0時ちょうど。
「よかった、間に合ったぁ」
いきなり、部屋の中で声がした。
「誰!?」
「あ、びっくりさせちゃったようだね」
身をすくませたミミィの耳に、再び声が届く。どうやらまだ若い男のようだ。
「当たり前です! まったくあなたという人は、なぜそう不用意に声を上げたりするんですか」
また違う声がした。こちらも若い——おそらくミミィと同じくらいの——娘の声だ。
「だ……誰なのあなたたち!? け、警察を呼ぶわよ!」
震えかける声を励まして、ミミィは叫んだ。玄関の鍵はかけたはずだ。窓だって季節は冬、開けることはほとんどないから閉まっているはず。とっさにそこまで考えをめぐらせたミミィの精一杯の虚勢も、侵入者たちの次の言葉でたちまちしぼんでしまった。
「警察?それは困るなぁ。僕らは怪しい者じゃないよ」
「……全然説得力がありませんよ。とりあえず姿だけでも見せませんか?」
「それもそうだね」
男の言葉に合わせるように、淡い燐光が決して広くはない部屋の中、思いがけないほど近くに浮かび上がった。そこに立つ声の主を見たとたんミミィは大きく目を見開いた。
「サンタ……クロース……?」
「うん」
微笑を浮かべた赤い服の男が頷いた。白いふわふわの縁取りのある帽子からはぼさぼさの髪がのぞいている。
「怪しい者じゃなかったでしょ?」
「その衣装だけで怪しい者ではないとは決められないでしょう」
呆れたような娘の声はサンタ服の男の背後からした。そちらに目を向けたミミィの口がぽかんと開かれた。
「とっ……トナカイがしゃべってる……?」
ミミィは混乱した。しかしそんなことはお構いなしにサンタ服の男はトナカイを顧みて言う。
「うん。トーンは僕のトナカイだから」
理屈にもならない理屈。自称サンタクロースとそのトナカイを前にしてミミィの混乱は最高潮に達した。
そして次の瞬間ミミィは悟った。そうだ、これは夢だ。夢の中にちょっと変なサンタとトナカイが出てきて何やらたわごとを言っているだけなのだ。うん、夢ならこんな展開も何の問題もない。そういうことで納得しておこう。
どうせ夢なら、とミミィは思う。どうせ夢なら、少しくらいわがままを言ってみてもいいんじゃないだろうか。なぜってこれは夢、相手はサンタクロース。プレゼントを待つ子供たちの夢を叶えてあげる人物ではないか。
「じゃあ本当に、あなたは本物のサンタクロースだと言うのね?」
男はあっさりと頷いた。
「そうだよ。僕はサンタのニコル、あっちはトナカイのトーン。よろしくね」
「あたしはミミィよ」
早口で名乗ってから、ミミィはぐっとニコルに顔を近づけた。
「ねえニコル、サンタのあなたがここに来たって事は、当然プレゼントを期待してもいいのよね?」
「うん」
ミミィの心臓が高鳴った。
「どんなものでもいいの?」
「ううん。『もの』はだめ」
「……どういうこと?」
にっこりとニコルが笑う。
「僕は普通のサンタクロースとはちょっと違うんだ。『もの』では満たされない人のためのサンタだから、『もの』はあげられない」
ミミィはしばらく考え込んだ。
「……じゃあ、『人』ならOK?」
きょとんとするニコル。一気にミミィは続けた。
「ハルカって男をラッピングにリボンつきであたしにちょうだい。歳はあたしより二つ上、顔はいまいち冴えない眼鏡顔。中身も外見と同じで、要領悪くて気が利かなくて、あたしの気持ちなんてちっともわかっちゃいない朴念仁。しかも筋金入りの歴史ばか」
そこまで言って、ミミィはふいに声を落とした。
「そうよ……あたしの気持ちなんて全然わかっちゃいないわ……あたしを放って外国の遺跡に行っちゃったくせに、そのまんま消息不明だなんて……本当、ばかよ……」
うつむいたミミィにトーンが気の毒そうに目を向けた。
「うーん……悪いけど、それもだめだなぁ」
頭をかいた拍子にずれてしまった帽子を直しながらニコルが言う。
「『男の人』は実体があるし、『ハルカ』って人じゃなきゃならないっていう限定もあるから。僕の袋からは出せないんだ。ごめん」
「ううん、いいの」
失望を振り払うようにミミィは顔を上げた。
「もともと、サンタクロースなんかには期待なんてしてなかったしね。ははっ、ただもう一度、逢えたらいいなって思っただけだから」
見ているほうが痛々しい、ミミィの笑顔。
「そう。もう一度逢えたら、言いたいことがいっぱいあるのよ。面と向かって、顔を見て、言ってやりたいことが……」
ミミィの言葉に、ニコルが首を傾げる。
「なんだ。会えればいいの?」
「……え?」
ミミィの笑顔が凍りつく。
「それならできるよ。ハルカって人をプレゼントすることはできないけど、会わせてあげることはできる」
ミミィとは対照的に、見る者の力を抜くような笑みをニコルは浮かべた。
「会いたい?」
「——うん」
ためらいなく、ミミィは頷いていた。
「わかった。でも、それにはひとつだけ条件がある」
「条件?」
「そ」
ニコルは橇に積み込んだ袋の上に手を置いた。
「僕のプレゼントで君が倖せになれたら、その倖せを少しだけこの袋に分けてほしいんだ」
よくわからないという表情のミミィにトーンが説明を付け加える。
「ニコルの袋は人の倖せの中にある『希望』を糧にしてプレゼントを創るんです。去年のお客様の『希望』からあなたへのプレゼントが創られ、あなたの『希望』から来年のお客様へのプレゼントが創り出される……そういうわけなので、こんな条件をつけているのですよ」
「……じゃあもしプレゼントを受け取ってもあたしが倖せにはなれなくて、『希望』も持てなかったら?」
「その時は何もいらない」
きっぱりと言うニコルの表情をほんの少しの間だけじっと見つめて、ミミィは首を縦に振った。
「わかったわ」
満足げな表情でニコルはミミィの顔を見返す。
「契約成立、だね」
ニコルは橇へ向き直る。絵に描いたような、サンタクロースの橇。枠組には小さなベルがつけられている。きっと橇が走るとちりちりと鳴るのだろう。小ぢんまりとした座席部分はスペースの半ば以上を袋で占領されていた。汚れひとつない純白の大きな袋。それの口を縛っていた細い紐を解いて、ニコルは中を探りはじめた。
「あった」
ニコルはすぐに目あてのものを見つけたらしい。袋の口を閉じてミミィに歩み寄り、小さな四角い包みを差し出す。
「……これは?」
「開けてみればわかるよ」
素直にミミィは包みを受け取った。手のひらにすっぽり包めてしまうほどに小さな、淡い赤色の箱だった。一瞬ためらった後、一気に緑色のリボンをほどく。
「そうだ、さっき初めて会った時から思ってたんだけど」
箱のふたを開く直前、ニコルが言った。
「ミミィって綺麗な声してるよね。僕の橇のベルみたいだ」
綺麗な声。その言葉にミミィは目を上げた。かつて同じ言葉でミミィの声を褒めてくれた人がいた。ずっと想い続けていた人。今これから、逢いにいく人。
「あ——」
言いかけた台詞はふいに途切れた。開きかけた薄紅色のふた、それがまるで意思あるもののように押し開けられたのだ。いや、意思があるのはふたではない。邪魔ものを押し開けた箱の中身、きらきらした光の粒子が一瞬にしてミミィを包み込んだ。同時に、優しい眠りの手がミミィの瞼をなでる。
「ハッピークリスマス、ミミィ」
ニコルの声をひどく遠くに感じながら、ミミィは目を閉じた。
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