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書き散らした小説置き場。剣と魔法のファンタジー他いろいろ。
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※作品の一部に高村光太郎『人に』を引用させていただきました。

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――イヤナンデス
アナタノイツテシマフノガ――


手の中の鋏がぱちん、と音をたてた。
断ち切られた茎が剥き出しの地面に落ちて、彼の足元に転がる。
震える手と声を無理矢理に押し殺して、彼は言う。
「そう、ですか。おめでとう……ございます」

――花ヨリサキニ實ノナルヤウナ

「ありがとう」
湿気と植物の匂いに満ちた温室に、鈴を転がしたような少女の声が響く。
華やいで楽しげな、その声。

――種子ヨリサキニ芽ノ出ルヤウナ


「信じられないわ。こんなに早く、式の日取りが決まるなんて」
夢見るように少女は目を閉じた。白い頬が桜色に染まっていく。
彼はただ、黙々と手を動かし続ける。

――夏カラ春ノスグ来ルヤウナ

「でも、この頃は少し不安にもなるの」
少女は溜息を吐いた。
「私、きちんとあの人にふさわしいお嫁さんになれるかな?」

――ソンナ理窟ニ合ハナイ不自然ヲ


「……心配いりませんよ」
彼の口からはすらすらと言葉が流れる。
心とは裏腹な言葉が。

――ドウカシナイデヰテ下サイ


「お相手は旦那様が選ばれた、申し分のない方だと聞いています。
お嬢様とて、このような良家の令嬢としてお育ちになられたお方。
私のような歯牙ない庭師には、これ以上の縁談はないように思われます」

――ナゼカ私ハ泣カレマス


「そう……そうかな」
にっこりと少女は笑った。
「ありがとう」

――アナタガオ嫁ニユクナンテ


元は、親同士が決めた結婚だった。
相手の顔も名も知らぬうちに、少女は一生を添う相手を定められた。
それを告げられた夜、少女が温室で泣き明かしたことを彼は知っている。

――ナゼサウタヤスク


ところが婚約者と初めて顔を合わせた日から、少女の様子は変わった。
それは屋敷内でも噂に上るほどの変貌で。
皆が喜ぶ中、彼だけは何も言わず温室の世話をし続けた。

――ソノ身ヲ賣ル氣ニナレルンデセウ

彼の元に少女が顔を出す回数は目に見えて減っていった。
たまにやって来ても、語るのは許婚のことばかり。
とても楽しそうに。とても、愛おしそうに。

――アナタハソノ身ヲ賣ルンデス


そんな日々の中、彼は心の中にぽっかり穴が空いていることに気がついた。
少女が変わる前には存在しなかった空白。
そして彼は、少女との思い出を懐かしむようになる。

――アア何トイフ醜惡事デセウ


彼が初めて少女と出会ったのは、見習として屋敷に上がってすぐのことだった。
広い庭の隅にある池のほとりで、散歩に出ていた少女は一輪の花に目を止めた。
「ねえ、あのお花はなあに?」

――私ハ淋シイ カナシイ


問い掛けられて、まだ少年だった彼は作業の手を止めた。
初めて間近で見る『お嬢様』に、彼は目を奪われた。
「あれは……毒があります。危ないですから、あまり近寄らないで下さい」

――大キナ花ノ腐ツテユクノヲ見ル様ナ

「ふうん」
ようやく答えた彼の言葉に納得したのか、少女は彼に向き直った。
「じゃあ、さわってもいいお花はどこにあるの?お部屋に飾りたいの」

――私ヲ棄テテ腐ツテユクノヲ見ル様ナ

それから彼と少女は長い時間を共に過ごした。
少女が特に薔薇を好むことを、彼はいつとはなしに知った。
彼が建てたばかりの温室を任されるようになると、そこは薔薇でいっぱいになった。

――ハカナイ 淋シイ 焼ケツク様ナ


今、彼が手にしているのも薔薇だった。この温室で、彼が丹念に育てた華。
棘に気をつけながら、鋏を使う。
彼の手によって、少女のための花束が少しずつ形づくられてゆく。

――ソレデモ戀トハチガヒマス


最後の薔薇の処理を終え、彼は鋏を置いた。
作業台の隅にあった小さな壜の蓋を開け、花全体に振りかける。
慎重な手つきで、彼は薔薇の花を束ねた。

――チガヒマス チガヒマス

「わあ、綺麗」
差し出された花束を、少女はためらいなく細い腕に抱きしめる。
彼がいつも丁寧に薔薇の棘を取り除いてくれることを、少女は知っていたから――

――何ガドウトハモトヨリ知ラネド


ちくり、と肌を刺す痛みに、少女が眉をしかめた。
「何……?」
思わず目を向けた花束は細かく震えている。否――

――イヤナンデス


震えているのは花束ではなく、それを支える少女の腕。
瞬く間に痺れは全身に広がり、少女は土に膝をつく。
静かに少女を見下ろして、彼は言う。

――アナタノイツテシマフノガ――


「覚えて、ますか?初めて会った時のことを。
あの草から取れる毒はとても強いものなんです。
不用意に触れると、今のお嬢様のようにとても苦しむことになる」

――オマケニオ嫁ニユクナンテ


彼の声が聞こえているのかどうか。少女の肩が激しく震える。
「あなたのお傍にいられるだけで良かった。その成長を見守るだけで――」
彼は小壜を手に取った。中身はまだ残っている。

――ヨソノ男ノココロノママニナルナンテ

「あなたはこの温室で育った最高の華なんです。
私以外の者が手折ることなど、許さない」
口の端に微笑を浮かべて少女を見やり、彼は毒を飲み干した。


 
<2003年7月14日>



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